45。戸惑いの夜
辻馬車はガタゴトと音をたてて煉瓦敷の王都の道を行く。
「さて。ガラタナ君の出生からお話しましょうか」
私とガラタナは街頭や月の光が届く様、窓のカーテンを開けて座り、ドア側にいるお父さんに注目した。
「ガラタナ君の生まれはこの国の東、カノイ王国です」
「カノイ……ですか」
「はい。ケイシィ伯爵家の次男として産まれました。
とても美しくて気のよいご両親、お兄さんの元で半年間すくすくと育ちましたが、伯爵家に仕えるメイドに連れ去られたんです」
「「──どうして」」
ガラタナと同じタイミングで同じ言葉が出た。
目が合うと苦笑いされ、少し気が緩む。
ジエンタさんを見れば、脚を組み、完全に体重を背中にある簡単なクッションに預けて聞いている。
「彼女は40歳手前で、夫との間に子が出来ませんでした。誘拐に計画性は無いようでしたし、出来心……だったのでしょう。
夫は当然驚きました。でも拐ってしまった以上、“はいどうぞ”と戻せば、もう普通には暮らせないことは目に見えています。
2、3日……迷いながら共に暮らしましたがこれ以上、情が湧く前にと、彼女の夫がカノイの南の国、つまりガラタナ君の育った国に捨てました。
ガラタナ君の国は他の国との国交がほぼ無い上に孤児も多いですから…足がつかないと考えたんでしょう」
「そんな勝手な……」
「彼女の夫にもやはり罪悪感はあったので、ガラタナ君の名前や経歴等は紙に書いて、ガラタナ君を入れた籠に添えたのですが、ガラタナ君を拾ったリーダーは文字が読めず、捨てられたガラタナ君だけを住み処に連れ帰ったんです」
「伯爵家はどうしたんです?」
「僕はガラタナ君の見てきた記憶を眺めただけなので、実際にはわかりません……が、カルロの手を借りて少し調べたところ、かなり大掛かりな捜索が行われましたが成果は獲られませんでした。
ですが、メイド夫婦の部屋から赤子の声が聞こえたという証言がありメイドが自白し、夫婦は牢へ入れられ、責任をとって家令が伯爵家を辞しています」
「その家令が……あの老年の男性ですか」
「多分───ん?」
馬車がゆっくりと停車し、御者の男性が降りてくる音がした。
まだ王都からは出ていない。お父さんの家に歩いて戻れる距離だ。何かあったんだろうか……
──コンコンとノック音が鳴り、お父さんがドアを開けた。
「お客さんすみません」
「どうかしましたか?」
「紋章入りの馬車がこの馬車の前に付いて、止めて欲しいと言ってきまして、お知り合いの方ですかね?」
「───っ」
御者の後ろに人が要るのに気付いた。
昼過ぎに会った老年の男性その人だった。
「私、アッカリー伯爵家にて家令をしておりますジーギスと申します。少しをお話よろしいでしょうか」
私たち4人を見たジーギスさんは少し驚いた顔をしてそう言う。
まぁ同じ顔が2組あったら驚くだろうな……。
「こちらには話すことはありませんので……失礼します」
お父さんの顔には黒い笑みが張り付いていて、この人が伯爵家を辞めた家令で間違いなさそうだ。
「少しだけでいいのです!! お願い致します!!」
閉まる扉にジーギスさんは手をかけたが、お父さんはジーギスさんが指を挟むのを気にすることなく、力一杯扉を閉めようとした。
「っ!!危ないからやめて!」
小さい悲鳴が漏れ、咄嗟にお父さんを止めると、お父さんは左頬に空気を入れて拗ねた顔をした。
大変可愛くない。
「うちの可愛い娘に免じて少しだけ話を聞きましょう」
「……む、娘?───ありがとうございます」
「はい! 少し話しました!! それでは!!」
「ちょっとお父さん。恥ずかしいからやめて」
いた。こういう男子、小等科にいた。
眉間に手を当てるとジエンタさんがこちらに向いた。
「どうする? セノオ、ガラタナ。アレ殺す?」
「「は!?」」
ジエンタさんはスッと手をジーギスさんの方にかざし、何かを呟いた。
「ぶっぶぶぶっ物騒!!!!」
慌てて2人でジエンタさんを羽交い締めにすると、手が反れた瞬間、馬車のドアの上がへこんだ。
「────っ!!!」
何で味方の方が怖いんだ!!
「記憶操作とか無いの??」
「この体ではそんな細かい作業無理よ廃人まっしぐら。それでもいいならやるけど。意外と酷いことするわねセノオ」
「ちょっ!! ダメダメダメダメ!!」
「おっ俺が話します!」
ガラタナが立ちあがりドアに向かう。
「ガラタナ!」
「大丈夫。セノオもおいで」
ガラタナがそう言うとジーギスさんはホッとした顔を見せた。
身内が申し訳ない……。
馬車から降り、ジーギスさんと少し距離を置いて向かい合った。
「どうしてここがわかったのですか?」
「大変失礼かとも思いましたが、下の者に後を付けさせました」
「俺がテオドールという人ではないかと思われたわけですよね?」
「はい。少しですが貴方様を調べさせて頂き……テオという名で大学にお勤めだとか…」
「いえ。テオはあの彼で、勤めているのも彼です」
ガラタナは馬車の中にいるお父さんを肩越しに見た。
「そう……なのですか。しかし、テオドール様の髪色などの色彩は貴方様と同じなのです。そちらの方は貴方様とよく似ていますが私が捜すテオドール様とは別人です。
その……貴方様の左耳を確認させて頂いてもよろしいでしょうか」
「耳?」
「はい。テオドール様には生まれつき左耳の上のところに耳瘻孔という小さく浅い穴があるのです。この大陸では大変珍しいものです」
「────っ」
ガラタナは左耳を触った。
ある……のか。そりゃあ、あるよね……本人だし……
ガラタナの反応を見たジーギスさんは泣きそうな顔をし、下を向いた。
「……貴方様はカノイ王国にて伯爵位を賜るケイシィ家次子テオドール様です。生後半年で拐かされ……ずっとお捜ししておりました」
ジーギスさんは地面に膝をつきガラタナに頭を下げた。
「ちょっ! やめてください!! 貴方に責任は無い筈──」
「……ご自身を知っておられるのですね───私があの者を雇わなければあなた様が拐かされることもありませんでした。職を辞し、頭を下げただけでは気がすみません」
「……」
「私がこんなことを言う資格は無いのかもしれませんが、どうか……ケイシィ伯爵家に次子としてお戻りくださいませ」
ドクッと心臓が大きく動き、気付くとガラタナの着ているベストの後ろを掴んでいた。
振り向いたガラタナと目が合う。
「……行かないで」
私は首を少し振った。
私の言葉を聞いてジーギスさんが頭をあげ、寂しいような表情でこちらを見た。ジーギスさんの気持ちもわかる。伯爵家は望んでガラタナを手離したわけじゃない。
ベストを掴んだ手をガラタナが握り、ジーギスさんに目を向ける。
「俺の名前はガラタナと言います。俺には大切な人が居るので戻ることは出来ません」
ゆっくりとした優しい口調に合わないハッキリとした拒絶。
繋いだ手が温かくて張り詰めていた気持ちが和らいだ。
ジーギスさんは目を瞑り再び頭を下げた。
「────ガラタナ様。一度、一度でいいのです。
旦那様と奥様に一目会っては頂けませんでしょうか。ご無事な姿を……ご立派にお育ちなられた姿を、一目」
「それは……」
「御二人とも大変お優しい方で、ガラタナ様の意思に反した無理強いはなさらないかと思います。そちらのお嬢様が気がかりなのでしたらご一緒でも一向にかまいません。勘考して頂けませんでしょうか」
まだ見ぬ両親に会ってみたいという気持ちはあるんだろう。
ガラタナの手に力が入る。
そして答えに困ったのか場に沈黙が流れた。
「少しいいですか?」
沈黙を破ったのはお父さんだった。
お父さんは馬車から軽快に降り、男性の腕を掴んで立たせて男性の服についた汚れをパンパンと、雑に落としてあげた。
「勝手に話を進められては困ります。ガラタナ君の身柄は、トルネオ王国ヴァントレイン子爵長子であるカルロ・ヴァントレインが保護しています。ガラタナ君の意思も勿論大事ですが、会う会わない以前に出国には彼を通して頂きたい」
真剣な顔でお父さんは語るが、保護なんてそんなこと聞いたことがない。
大体、教授が貴族……あ。そういえば教授には名字があったなと今更ながらハッとした。
「……わかりました。今日はこれにて下がらせて頂きます。よい返事を期待しております」
ジーギスさんはガラタナに笑みを見せて場を後にした。
読んでいただきありがとうございます。
誤字脱字ありましたら申し訳ありません。
また読みに来ていただけたら嬉しいです(*^^*)
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