40。雨降り
前半ガラタナ視点
後半セノオ視点です。
まさかケルトさんから体の入れ替えのタイミングを促されるとは思わず、俺は呆然としてしまった。
「5年もの間お借りしてしまって本当にすみません。それと……ずっと離れていた僕がこんなことを言うのも烏滸がましいのですが……セノオさんのことを、よろしくお願いします」
そこにいつもの笑顔はなく、ケルトさんは頭を下げた。
「────っ必ず! 幸せにします!」
フッと笑い声が聞こえ、ケルトさんが頭を上げたときにはもういつもの笑顔に戻っていた。
「あまり力まないで下さい。ガラタナ君も一緒に幸せにならなければダメですよ。僕の息子なんですから」
そうケルトさんは言い、俺の肩を軽く殴って「おやすみなさい」とドアを閉めた。
夢じゃないだろうかと、ドアに頭をガンと打ち付けてみた。
「────っ~~~~~!!よっし!」
胸の前で小さく拳を握った。
興奮した頭を冷まそうと、少し間を置いてベッドに戻った。
この国は比較的雨が多い国だけれど今は乾期だから降っても長続きしないことが多い。
あまり期待は出来ないけれど……やはりどこかで期待してしまう。
「─────……眠れない」
ベッドで寝返りを量産していると、ふと、ヴァントレイン教授のことを思い出した。
教授はケルトさんの新しい体をどうにか出来たのだろうか。
もう一度ベッドから出て、セノオの部屋に繋がる階段まで来た。
「ジエンタさん居ますか?」
セノオが起きないように小声で呼ぶと、白い透明の球体がフヨフヨと扉を抜けて出てきた。
昼は目を凝らしても微妙にわかる程度だったが、夜は見えやすくなるらしく、セノオのように不透明の白には見えないが、ちゃんと確認することができる。
確かにこれは知識無しで夜に出会ったら悲鳴あげて逃げるな。と、少し前の自分を思い出して苦笑いがでた。
「俺の言ってることわかりますか?」
声だけは聞こえない。
「少し聞きたいことがあります。『はい』なら縦に、『いいえ』なら横に揺れてください」
そう言うと、ジエンタさんは縦に揺れた。
───────────
ザァーと屋根を鳴らす雨の音で目が覚めた。
屋根裏って結構響くな…と思いながらベッドから身を起こし、灯っているランプを消す。
『おはようセノオ。今日は雨よ』
「おはよう。結構降ってるみたいだね。音が凄い」
昨日のうちに荷ほどきはしておいたので、ワードローブを開けると見慣れた服がかかっている。
雨の日だから気が滅入るし、服だけでもちょっと気に入ったのを着ようと水色に紺で小花が描いてあるものを選んだ。
髪の毛をセットしてガラタナにもらったコームをつける。
「ん?雨??」
雨の日に何か……あったような。
「────っ!! 雨!!」
完全に目が覚めた。
出窓まで走ると空にはグレーの厚い雲がかかり、風は無いらしく雨は真下向けて強く降っていた。
急いでガラタナの部屋に向かい、ノックしたけれど返事がない。1階まで階段を駆け降りる。
「あ。セノオさんおはようございます。コーヒーで良いですか?」
「おはようセノオ。バケットどれくらい食べる?」
当事者2人は、のんびり仲良くエプロンをしてキッチンにいた。何この幸せな若夫婦。
「あ。コーヒーお願いします。バケットは2切れで──って! 違う! 雨だよ!!!」
「そうだね。雨足も強いし、今日は家で本でも読もう」
「あぁ。では最近流行っている本を出しておきますね」
「ありがとうございますケルトさん」
返事もそこそこに、お父さんはコーヒーをカップに注ぎ、ガラタナはナイフでバケットを切り始めた。
え? 何で?? 私が騒ぎ過ぎ???
『ガラタナとケルトは今日雨が降ることわかっていたみたいよ?』
「どっどうやって???」
『さあ』
ジエンタさんと話しているうちに朝食の準備は着々と進んでいた。
「セノオさん、今日の夜の事について話ながら食べましょう」
テーブルにはガラタナが作ったであろう、マッシュポテト、スクランブルエッグ、キャベツとベーコンのトマトスープ、人参のマリネが並んでいる。
相変わらず男性が作ったとは思えないメニューの数々。素敵すぎる。
「はい、バケット。セノオは2枚、ケルトさんは3枚です」
「ありがとうございます」
「ありがとう」
ガラタナは自分のところにもバケットを起き、席に座った。
「「「いただきます」」」
スープを飲んで寝起きの体を起こす。
「美味しい……ありがとうねガラタナ」
「本当ですね。カフェのメニューをグループの子達に食べさせてあげたくてガラタナ君は頑張って覚えたんですよ」
「……ケルトさん。そういうのはいらないです」
ガラタナの顔は心なしか赤い。
「──今日のスケジュールなんですが、僕はこれから大学に普通に行って、夕刻の鐘がなる頃には帰ってこれると思います。それから日が落ちるのを待って、この体の入れ替わりをしましょう」
「教授とは仲直りしたの? 連れてくるんだよね?」
「カルロにですか? 何故です? 論文のまとめを今日で終わらせる為に大学に行くんですよ……どうかしました?」
お父さんは本当に教授のことは気にしてませんという顔でバケットにスクランブルエッグを乗せて食べている。
この調子では仲直りもしていないんだろう…
「……鬼畜」
「はっ! えっ!? 何故ですかセノオさん!!」
ガラタナも私に同意し、かなり渋い顔をした。
「とにかく、教授にはちゃんといいなよ」
「俺もその方がいいと思います」
「二人がそういうなら」とブツブツ言いながらも、お父さんは教授にきちんと話をすることを約束し、傘をさして大学へ向かった。
行く前に、今流行っている色んなジャンルの本を出していってくれたけど、なんとなく読む気になれないので、ジエンタさんと窓辺で雨を見ながらお喋りしていた。
ガラタナはお母さんが使っていたらしい揺り椅子に座って熱心に経営学の本を読んでいる。
「ガラタナは元の姿に戻ったらどうするの?」
「え? 俺はセノオの傍にいるよ」
「─────っちがくて!」
当たり前でしょ。って声が聞こえるくらい堂々と言ってくれた。嬉しいけどそういうことではない。
「村に帰ったら、今まで通り理髪店で働く?」
「あ~……いや、俺は」
珍しくガラタナが言葉を濁した。
ガラタナは器用だし、私とお母さんのように、私が教えながら理髪店で何年か働いて技術をつけてもらって一緒に理容師としてやっていっても良いなと思っていた。
「その……本当に小さくていいから村でカフェを開きたいんだ。」
「カフェ……」
「体の入れ替わりが起こった日、転職についてオーナーと話してたって言ったろ?」
「うん」
「オーナーの下について1つ店舗を任してもらって経営の勉強をするはずだったんだ。そしてゆくゆくは独立して店を持ちたかった」
ガラタナはガシガシと雑に頭を掻き、少し照れくさそうにしている。
「いいと思う!!」
「え?」
「うちの隣のエレナさん! バーのオーナーなの。まだ30代でガラタナの師匠さんよりは場数がないかもだけど、頼りになる人だから色々聞くと良いよ! 楽しみだね!」
そう言うと、ガラタナは揺り椅子から立ち、優しく抱き締めてきた。
ガラタナの夢を聞いたのは初めてで、嬉しくて私もガラタナの背中に手を回したら、一瞬ビクッと揺れて更に腕がキツくなった。
「ふふっ」
「どうしたのセノオ?」
思わず笑ってしまうと、体が離れて顔を覗き込まれた。
「幸せで」
「────っ」
ガラタナの右手が左頬に振れ、左手が繋がれた。
顔が近づいてきたので、ドキドキしながら目を閉じる。
「──────?」
何も起こらない。キスするときって小説とかではこういう感じだよね?? 違った?
そっと片目を薄く開けてみると悔しそうな顔のガラタナが見えた。
「……元の体でしたい」
「ぷっ!! あははは!!」
地鳴りのような重低音で響く我慢の声に大笑いしてしまった。
雰囲気を察して違うところに行っていてくれたジエンタさんが笑い声を聞いて戻ってきた。
それからは夜まで雨音を聴きながら穏やかな時間を過ごした。
夕刻の鐘がなった。
「只今戻りました」と帰ってきたお父さんの手には、かなりの量の黒い布があった。
「大学の暗室のカーテン……とも思ったのですが、そんな洗ってるんだか何だかわからない物をセノオさんに被せるのは嫌だったので、薄いものしか置いていなくて完全には光を遮断出来ませんが無いよりはマシかと買ってきました」
その布を受け取り、揃って夕飯を食べる。
段々と緊張してきて折角のガラタナの料理の味がイマイチわからなかった。
2人も同じようで、いつもよりも少し口数が少ない。
食べ終わると、二人は窓に黒い布を窓にビッチリと貼り始めた。
私は肩に黒い布を掛けてそれを見ていた。
布を貼るのはすぐに終わり、そんなことしなくても暗いのにと思っていたのだけど、更に部屋は暗くなりその効果がはっきりわかった。ランプ無しではとても居られない。
「では、始めましょうか」
「うん」
「はい」
いよいよかと歯を噛み締めた時、玄関のドアノッカーが、ガンガンガン!と、せっかちに大きな音を立てた。
何事かと3人で玄関へ行くと、大荷物を持ったずぶ濡れのヴァントレイン教授がいた。
読んでいただきありがとうございました。
誤字脱字ありましたら申し訳ありません。
セノオが自然にイチャイチャに対応出来るようになってきたのが嬉しく…
入れ替えまでいきませんでした(汗)
次回は…次回こそは!
また読みに来ていただければ嬉しいです(*^^*)
評価、ブックマークしていただけるのも嬉しいです。




