38。ストレス発散対象
『……今日はナイトが2人なのね、オヒメサマって……』
ガラタナとお父さんが私を守るように立っている現状から、オヒメサマっていうのは今の私を皮肉った事なんだろう。
どうしたらいいのか、喧嘩を売られたことなんてないし言葉も話せない……。
悩む間もディアナさんは尚話し続ける。
『セノオ、どうする訳す?』
ジエンタさんが遠慮気味に聞いてきた。
嫌だな……聞きたくない。
ディアナさんは今日もガラタナに会いに来た。
きっと元の姿に戻ったら国に連れて帰りたいんだと思う。
私とガラタナとは想い合っていると思うけれど、体が戻ってからの話しは何もしていない。
お父さんとお母さんが別居していたように、国に大切なモノがあれば……行ってしまうかもしれない。
昨日、私はガラタナに腕を引かれて逃げるようにディアナさんの前から去った。私に残ったのは悔しさだけ。
──そんなのは嫌だ。悔しい思いをしてガラタナまでいなくなったら、私は何一つ残らない。
ジエンタさんを見つめて頷くと、『わかったわ』と了承してくれた。
『ガラタナから簡単に経緯を聞いたの。彼を助けてくれたようで私からもお礼を言うわ』
「────っ」
何その、ガラタナは自分の物です的な物言いは──
「お父さん。彼女に通訳を頼める?」
「え──は……い」
振り向いたお父さんは目を見開いた。
自分でも怖い顔をしている自覚がある。明日は筋肉痛になるかもしれない。そしてジエンタさんモノマネ上手いな! 意外な特技だ。
のんびりとした村時間になっている頭をフルに動かす。
「ガラタナを助けたなんて思ったこともないですから、ルナさんにお礼なんて言って頂く筋合いはありません。ガラタナがこの国で笑顔で過ごしていてルナさんも安心されたんじゃないですか?」
妖艷なディアナさんのようにはどうしてもなれない。
私に残された道はディアナさんと正反対の清純派しかない!!!これでも村でも美人と言われていたお母さんの娘だ!
確実に劣るけど頑張れ私!
出来るだけ綺麗に笑うように心掛け、牽制をかける。
ディアナさんの眉間にシワが寄った。
『ルナって……呼ばないで。呼んで良いのはガラタナだけよ』
「すみません。誰も呼ばなくなった愛称が可哀想でつい……」
ガラタナが意外な一面を発見した!みたいに、恍惚とした表情でチラチラ見てくるからかなり気が散る。
新しい扉開けるのは今じゃない。
『───っ言わせておけばこのガキ……』
早々にディアナさんは舌戦から離脱した。ガラタナよりは口が回らない人みたいで安心した。
というか気になっていることがある。
ディアナさんの話の長さとジエンタさんの訳、お父さんの訳の長さと私の話比べると、お父さんの訳が長い気がする。
……まさか。
「ガラタナ。お父さんはちゃんと私の言葉を伝えてる?」
お父さんの肩がビクッと動いた。
「す、少し過剰になっているけど、概ね……言いたいことは変わっていない」
どうやら私の話しに加えて何か悪口をいっていたらしい……この大事なときにクソオヤジ。
「すっすみません。セノオさんが頑張ってるから応援したくなりました。ちゃんとやります!」
私は深い溜め息をつき、ディアナさんは雰囲気を察したのかジロリとお父さんを睨んだ。
「ディアナさん、あなたは一体何がしたいのですか?」
『……私はガラタナを国に連れて帰る為に来たのよ』
「ガラタナは人の気持ちを汲んで動くのが得意な人だけど、それで自分のやりたいことを曲げる人ではないです。あなたが来なくても国に帰りたいならきっと自分で帰ると思います」
自分の言葉が自分に帰ってきて苦しくなる。
思わず手を強く握った。
「彼の意思を大切にしてあげて下さい」
『────あんたね!』
ディアナさんの手が私の胸元に伸びてきたけど、ガラタナが寸でで止めてくれた。
でもそれが更に彼女の怒髪天を突いたようだ。
『あんたムカつくのよ! たまたまガラタナを助けて好意を持たれて!! それが当たり前だと思ってるんじゃないの!? たまたま助けたのがあんただったってだけで他の誰か……私が助けていたら! 同じことが言えるの!?』
「──っ」
『私は嫌よ! 今まで誰もガラタナの一番にはならなかった! それならそれで良かったけれど!! そこにあんたが入るのだけは嫌! 偉そうに何様のつもり!?』
ディアナさんはガラタナに何か呟く。そうするとガラタナの手が払われ彼女は私の前に立ち塞がった。
『ガラタナの意思を尊重? それならガラタナは国に帰ってもあんたには問題ないのね。まるで他人事じゃないの! そんな綺麗な言葉で済ませるような人にガラタナは渡したくない』
興奮でディアナさんは発言がぐちゃぐちゃになっている。
ガラタナに執着を示すそれがとても羨ましく感じた。
何も……言い返せない。
昨日、去るもの追わないお父さんを軽蔑の目で睨んだのは私。
私も同じだ。きっとガラタナが元の姿に戻って国に帰ると言っても、追い縋るなんて真似しないだろう……それが一番“私が傷付かなくて済む方法”だからだ。
私は何も変わっていない。
お母さんが死んで、その事に傷付きたくなくて日常を続けた15の頃と……何も変わっていないんだ。
堂々とした立ち姿でディアナさんは私を見据える。
体格差以上に酷く自分が小さく感じた。
身を縮ませて当たり障りなく生きる。きっとこれが私の本性なんだろう。
ディアナさんから目をそらすと心配そうにこちらを見ているガラタナがいた。まだ出会ってからそう日は経ってなくても一番大切な人。
ガラタナと出会って、自分自身の事が浮き彫りになった。
新しい一歩が怖い。欲しいものが手に入らないのが怖い。嫌われるのが怖い。間違いが怖い。傷付け傷付くのが怖い。
涙が出た。
このまま俯き、シクシクと泣けばすべてが終わる。
きっとこの場は興ざめし、舌打ちでもされて、それでお終いだろう。
でもそんなんじゃ胸を張ってガラタナの隣にには居られない。
「わた……しは、ガラタナの側に居たい」
涙目で、ディアナさんの迫力の10分の1も無いだろう。
でも私は変わりたい。
「あなたは邪魔よ。ディアナさん」
切れるくらい唇を噛み締め、ディアナさんを睨め付けた。
それしか言葉は出なかったけど、欲を言い、他人を否定するのが辛くて体全体に力が入った。
しばらくの睨み合いのあと、ディアナさんの手が私にゆっくり伸びてきて、鼻を押し上げて豚っ鼻にした。
「──っ!?」
慌てて距離をとって鼻を押さえる。
『これ以上ガラタナを喜ばせるのも癪だから帰るわ』
「えっ!? そんな急に!?」
昨日からディアナさんのテンポには戸惑ってばかりだ。
『聞いてない? 昨日の夜、私はガラタナに振られてるのよ』
あっけらかんとそう言い切ったディアナさんは清々しい顔をしていた。邪魔と言われたことは気にしていないようだ。
『国民性なのかしら、この国の人って何か言いたそうにしてるくせに言わないわよね。ストレスがたまるったらない。特にあんたはそれが顕著で本当にムカついたわ』
もう一度鼻を潰されそうになったのでサッと手で隠す。
「……あ、あの」
『言っておくけど返却不可だから。腑抜けの変態なんて返されても困る』
「かっ! 返しません!!! 私のです!!!」
売り言葉に買い言葉でサラッと凄いことを言ってしまった。
ガラタナの顔を見たくない。恥ずかしくて死にそうだ。
『ガラタナ』
『ん?』
『国に帰ってくるならアレも連れてきなさい。ホームでボロクソにしてやるのも面白そう』
『お前にホームもアウェイもないだろうけど、オーナーにも会わせたいし、そうするよ』
ディアナさんはガラタナと少し言葉を交わし、踵を返して歩き出した。このまま終わるのは……何か悔しい。
「ジエンタさんちょっと」
『え?』
ガラタナとお父さんの間を抜けて前に出る。
「ディアナさん!次があるなら私の言葉で応戦します!」
片言の外国語。
ディアナさんは聞き取り難かったのか一瞬眉をひそめたが直ぐに、ニヤリと笑った。
読んでいただきありがとうございました。
誤字脱字ありましたら申し訳ありません。
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