33。王都デート
生理痛を和らげる薬を処方してもらい、少し休んでからお父さん、ジエンタさんと共に医務室を出た。
医務室前の廊下は、池と木々が美しく配置された中庭を囲む回廊になっていて、中庭が見えるように座り心地の良さそうな椅子が数脚ずつ壁際に並んでいる。
「セノオ! 大丈夫!?」
その椅子に座っていたガラタナは私を見るなり駆け寄ってきた。
「心配かけてごめんね。薬飲んだからもう大丈夫」
「良かった。今日はもう宿に帰ろう」
私を運んでくれたお父さんは医務室に入った瞬間に医師を質問攻めにしたので、慌てて自ら病状をカミングアウトするハメになった。
でもガラタナは、表情からかなり心配を掛けたことは伺えるけれど、私に病名を聞くことはなかった……ガラタナが更にカッコよく見える。
惚けているとお父さんが手をパチンと鳴らした。
「そうだ。セノオさん、ガラタナ君、明日から僕の家に滞在しませんか?」
「お父さんの家? 今どこに住んでいるの?」
「以前と変わらない家ですよ。僕の死後、蔵書が多いので運び出すのも大変だから、誰か住みたい人は居ないかと、兄がカルロに聞いてきたんです。部屋も余っていますし」
「そうだと助かるけど……いいの?」
「はい。お金は有限ですから無駄遣いする事ないですよ。誘拐事件の件でいつまで王都滞在になるかもわからないですしね。どうでしょうか」
お父さんはガラタナの方を首をかしげながら見た。
「じゃあお言葉に甘えさせて下さい」とガラタナが笑顔で返すと「何も出来ませんが歓迎します」とお父さんもニコニコしている。
中身はまるで違うけれどこの2人は何となく似ている気がする。
「じゃあ明日の朝、鐘が鳴る頃荷物をもって行くね」
「はい。待っていますね。では気をつけて帰ってください。頼みましたよガラタナ君」
「はい。また」
そうしてお父さんと別れ、大学を後にした。
医務室で、生理痛にはとにかく体を温めること。と言われたので、宿に戻る前にハーブティーをあつかっているお店に寄ることにした。
宿から一番近いお茶屋さんは王都の中心を流れる川沿いにあり、総面積6坪ほどの小さなお店だった。
『そうねぇ。生理痛ならジンジャー、ローズヒップ、カモミールあたりが定番よ』
「へぇ。よく知ってるねジエンタさん」
『まぁ薬草とかも使ったりしていたしね』
「私の村にはハーブティーのお店なんて無いからまるで知識がなくて……ジエンタさんが居て助かっちゃった。じゃあ、聞いたことのあるカモミールにしよう」
ここの店番の人は、腰の曲がった小柄なお婆ちゃん。クルクルの白髪で、鼻まで落ちた小さな眼鏡が大変可愛らしい。
初めは、このお婆ちゃんに相談しようと思ったのだけれど、耳が遠いらしく会話にならず「いつもは息子の嫁がやってるんだけどねぇ」と何度も言われてしまった。
「ついでに紅茶も買っていこうかな。お父さんの家に茶葉があるとは思えないし。ガラタナの好きなのにしたいんだけどまだ戻ってこないな……」
『色々露店が出てたから夢中になってるのかもね』
このお茶屋さんの前の川沿いには、軽食や飲み物、似顔絵や雑貨などの露店がかなりの数並んでいて、ガラタナは興味ない素振りをしていたけど、何だかソワソワしていたので笑ってしまった。「体調も悪くないし、お茶屋さんに居るから見てきて良いよ」と言うと、ガラタナが戻ってくるまでお茶屋さんから出ないことを約束させられた。
信用ないなぁと思ったけど、誘拐事件の被害者になった私の信用なんて地を這う程だろうと素直に受け入れた。切ない。
「珍しく少年みたいな顔してたもんね。可愛かった」
『お惚気ごちそうさま』
お婆さんは会計は出来るらしく、スムーズに袋詰めまでしてくれた。
カランカランとドアベルが鳴る。
「セノオ! ごめんお待たせ!」
「今終わったところだよ」
店内まで入ってこないガラタナに近寄ると、その手には2人分のミルクティーとクロワッサンサンドがあった。
「お昼買ってきたから、体調良ければ、そこら辺で座って食べよ」
正直、あまり食欲は無くてお昼は要らないかなと思っていたんだけど、物を見ると胃がちゃんと動き出した。
木陰のベンチに座り、昼食を貰う。
今日は少し暑いくらいなんだけど、ミルクティーはホット。
『良かったじゃないのセノオ。体調悪いときは冷たいものはとらない方が良いわ』
「……そうなんだ」
ホットミルクティーに思わず眉をしかめそうになったけど、ジエンタさんから情報が入り眉間をグリグリと伸ばした。
「何が“そうなんだ”なの?? ジエンタさんは何て?」
「ホットで良かったねって」
顔を見てそう言うと、ばつが悪くなったのかそっぽを向いてしまった。
その様子から、このホットミルクティーはガラタナが気を使ってくれた結果だったことがわかった。
徐々に耳が赤くなっていく。見たい。その顔が見たい。
ガラタナの太股に手を置き、覗き込んでみた。
「ぷっ!!」
もう少しで見えそうだと思ったとき、掌に乗るサイズの水色の箱が顔に押し付けられた。
「これ、付けてみて」
「───え、何?? 私が開けていいの?」
「どうぞ」
そう言ったガラタナはもういつものスマイルに戻っていた。
いつか、いつか絶対正面で照れ顔を見てやる……。
しっかりとした作りの小箱の蓋を、真っ直ぐ引き抜くように持ち上げると、中には銀製のヘアコームが入っていた。
「わぁ……綺麗!」
銀細工で作られた小さなバラと蝶のモチーフ。サイズの違う黄色の小さな石が4つ、左上に弧を描く様に入っている。
「露店で売ってて、気に入ったんだ」
「凄く綺麗。銀細工なんて高かったんじゃない? つけてあげるから後ろ向いて。髪も編み込んじゃおう」
箱を両手に乗せてガラタナの方にスッと出すと、ガラタナの顔がみるみる朱色に染まった。
よくわからないけど意外にも早く照れ顔が拝めた。
「セノオに! 買ったの!!」
「えっ!?」
男の人にアクセサリーを貰ったことなどないので、私にだとは思わなかった。嬉しいけど、大人っぽいデザインだし私に似合うだろうか……ガラタナがつけた方がしっくりくる。
髪飾り関係だと、どうも仕事の方に意識が寄る……色気がない自分にビックリだ。
「セノオは絶対気づかないだろうから言うけど……一応、俺の……色を選んだつもりだから……使ってほしいんだけど」
「────!」
ガラタナの本当の姿が脳裏に浮かんだ。
瞳の色は確かに黄色がかったグレー。
手の中にある、黄色と銀に再び目を向けると体が沸騰するくらい熱くなるのがわかった。
「後ろ向いて?」
「うっあっ! はい!」
大人しく後ろを向くと髪の毛に手が触れた。以前ガラタナには髪を結って貰った事があるけど、比じゃないくらい神経が後頭部に集中している。
私の髪は肩ほどなので難しいのだけど、手際よく編み込まれコームが差し込まれた。
その瞬間、後ろからフワッと抱き締められた。
「──ガッガラッタナッ!?」
「ごめん。何かが……込み上げてきた」
よくわかんない事を耳元で囁かれた。
そして反対側の耳元で……。
『ご馳走さま』
「ジジジジエンタさん!!!!」
慌ててガラタナを振り払い、居ずまいを正す。
『私もそろそろ体を手にいれて恋愛とかしようかな……』
「ジエンタさんもう勘弁してください!!!」
ガラタナに助けを求めれば、両手で顔を覆っていた。
女性慣れしているとは思っていたけど、自分の色を贈るのは初めてだったのか本気で恥ずかしかったらしい。
『いいなぁ』
「ジエンタさん!!!」
その後しばらく、本気なのか、揶揄っているのかわからないジエンタさんと格闘する事になった。
読んでいただきありがとうございました。
誤字脱字ありましたら申し訳ありません。
久しぶりにイチャイチャしてるのを書いた気がします。
次も王都デートの予定です。
また読みに来ていただけると嬉しいです(*^^*)
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