31。お恥ずかしい話
加筆修正をしました。
裏路地への規制線のバリケードテープが風に吹かれパタパタ音を立てる中、ジエンタさんはお父さん達の苦労を覆す問題発言をした。
だけど、私はジエンタさんの言った意味が全く分からなかった。
「石盤が作れなくても問題ないって……どういうことですか?」
「──そうか、セノオ……か」
神妙な顔をして、顎に手を当てているガラタナはわかったらしい。
度々言うが、私の出来が悪いわけではない……と信じたい。
「……単純な話ですがやってみる価値はありそうですね」
『体と魂がピッタリくっついている訳じゃないから出来ると思うわよ』
そう言うと、2人して私を見つめる(ジエンタさんは顔無いけど)。
置いていかれた感がすごい。
お腹がズキズキ痛くなってきた。何でお腹だ。普通頭だろう自分。
「ごめんなさい。私にもわかるように説明お願いしたい、です」
「……影を消すにはどうすればいいと思う?」
「え? ひっかけ??」
「いや。素直に」
そんなの簡単でしょう。
「光を遮断───っ! え!?」
───────
「あ。セノオさんガラタナ君良いところに! 本についたコーヒー染みの落とし方知りませんか?」
ガラタナとジエンタさんと一緒にヴァントレイン教授の研究室を急いで尋ねた。
お父さんは本の染みと格闘していた。
脇にモップがあるので床にこぼれたコーヒーが本に飛んだんだろうか。
この研究室、本が多すぎて床に直置きしてるからな。
「それなら、漂白剤を布につけてポンポン……じゃなくて! ガラタナを今の体から───」
「あら? ケルト先生の娘さん達。こんにちは。教授は今、外に出てますよ」
本棚の影からキャロルさんが出てきた。その奥には若い男の人が座って何やら書いているのが見えた。昨日は夕方だったから誰も居なかったけれど、当然昼は人がいる。
「あ……こんにちは! 昨日は紅茶ごちそうさまでした。今日は──」
「2人は僕に用があったんですよね! キャロルさん、すみませんがちょっと抜けますね」
「はっ!? ちょっとテオさん!? 染み抜きは誰がやるんですか!!」
お父さんは私とガラタナの背中を押してニコニコしながら廊下に出た。研究室からは「あなたが汚したんでしょ~! やってから行きなさい!」とキャロルさんの声が叫ぶ聞こえてくる。お母さんのようだ。
そしてまたこの人は……ジト目でお父さんを見る。
「ち、違いますよ!コーヒー溢したのはカルロです!」
「教授が?? 本当に?」
さらにジト目で睨む。
「喧嘩したんですか?ケルトさん」
「「───え?」」
私とお父さんが目を丸くして振り向くと、ガラタナは喉元の下を人差し指でトントンと叩いた。
「シャツのボタンとれてますし、少し着崩れてます」
本当だ。全く気付かなかった。
「……ガラタナ君には敵いませんね。ちょっと怒らせてしまったようです。ボタンどこ行ったのかな。掃除したとき出てこなかったな……」
「ちゃんと仲直りしなよ? お父さんと付き合っていける心広い人なんてあんまりいないよ?」
「随分な物言いですねセノオさん。大丈夫ですよ。僕のそばに最後まで残った人は皆、面倒見がいいんです」
柔らかい口調だから聞き逃しそうになるけど、随分な物言いはお前だ。
シャツを直しながらニコニコし、悪気なく暴言をはく……一体何人の人が離れていったのか。お父さんは変わる気がないらしい。
あのガラタナでさえ真顔になっている。
『リリアンナは一体この男の何が良かったのかしら……』
「お恥ずかしい話です」
『というか貴女達、呆けてないで、話するんじゃないの?』
「あ! そうだった!」
頭上に浮いているジエンタさんに指摘され返事をしていると、お父さんが不思議そうに見てきた。
「……もしかして、呪術師の方がいらっしゃるんですか?」
「うん。ここに」
掌を向けると上に乗ってきてくれた。何だろう。ペットみたいでちょっと可愛い。
「本当に僕には見えません。不思議ですね……あ。話があるんでしたよね」
「あ。えっと、ガラタナをこの体から出せるかもしれない方法がみつかったの」
─────────
積もる話になりそうなので、私達は大学内のカフェテリアに移動した。今日は日差しが強いので、窓からは離れて柱の隣の席を選び、ガラタナの横、お父さんの向かいに座った。
お昼には少し時間があるから人はあまりいない。
「なるほど。セノオさんに光を当たらなくすればいいと」
「はい。村の殆どの女性は暗くなると家からでませんし、セノオは夜寝るときもずっとランプをつけているので、今まで魂に戻ることはありませんでしたが、セノオを暗闇に置けばこの体は消えるかと」
お父さんはコーヒーカップから手を離し、難しい顔をしながら顎に手を当てた。
「ガラタナ君も消えてしまうという可能性はありませんか?それでは困ってしまうのですが……えぇと、ジエンタさん」
「お父さん、そっちじゃない。こっち」
ジエンタさんのいた空中を見るが、残念。今、彼女はテーブルの上にいる。
『それは無いと思うわ。中身が入っているから立体を保っているだけの不安定なものに見えるし、体と魂は重なっていない』
私しかジエンタさんの言葉は聞こえないので、通訳する。
「それで、実行はいつにする予定ですか?」
「夜だといつでもいいとは思いますが、ケルトさんも色々都合があるでしょうし……少しでも光のない日が良いので念には念を入れて雨の日、もしくは新月の日にしようと思っているんです」
「僕はいつでも大丈……あぁ。でも突然居なくなるとキャロルさんが騒ぐ仕事があるので、少し待ってもらえると助かります」
お父さんとガラタナの話を聞いていると、体が急に寒くなった。
お腹の下……小さく痛みがある。
ツキン……
「───!」
ツキン……
いや、今は大事な話してるし、こんなの気にしてる場合じゃない。
落ち着いて……呼吸を……しなきゃ。
「セノオ? どうした??」
ツキン…………ズキン
「なん……でもないよ」
「いや、でも顔色が悪い」
ズキン! ズキン!!
「いっ……た……」
手が、しびれてきた。体、起こしてられない。
呼吸だけでもちゃんと…しなきゃ。
「セノオさん、過呼吸かもしれない。危ないから椅子から降ろすよ」
お父さんが向かいの席から急いで横に来て、私を横抱きで椅子から降ろしてくれた。
そのままお父さんの膝に座り、背中を支えられた。
「ごめん、なさ……お腹、痛くて」
「謝らないで大丈夫ですよ。落ち着いて。僕が10秒数えるから、7秒かけてゆっくり息を吐いて、3秒で息を吸って」
コクコクと頷くとカウントが始まり、お父さんは私の呼吸が落ち着くまで続けてくれ、ジエンタさんはずっと心配そうに私の回りをクルクル回っていた。
「少し、大丈夫になってきた」
「お腹は?」
「……痛い」
痛いけど……この感じには覚えがある。
「セノオさん、ちょっとごめんね! よっと!」
「わっ!」
お父さんは私を横抱きにしたまま立ちあがり、校舎に向かい歩いていく。
「医務室まで連れていってくるよ」
「あっケルトさん! 俺が!」
「大丈夫ですよ。女性の力よりは僕の方が安定感があるからこのまま連れていきます」
「……じゃあ一緒に」
5年ぶりの痛み
「ガラタナは来ないで! 大丈夫だから!」
「────っ!」
これは……生理痛だ。
ガラタナの顔が崩れたのが見えた。これじゃあカナエ婆さんの宿での二の舞だ。
「ごめっちがうの!……ちがうの」
お父さんに知られるだけでも恥ずかしいのに、ガラタナに知られるなんて無理だ。
何て言っていいのかわからず、ガラタナを直視できずに俯いた。
「……大丈夫。待ってるからね」
ガラタナは微笑んでくれた。
ずっと止まってたのに……
タイミング最悪だけど、少し……嬉しい。
私の時間も動き出したのかもしれない。
読んでいただきありがとうございました。
誤字脱字ありましたら申し訳ありません。
次回はガラタナと教授の話になるかもしれません。
また読みに来ていただけると嬉しいです(*^^*)




