30。良い知らせと悪い知らせ
前半セノオ視点。
後半はケルト視点です。
若干鬱回かもしれません。
身支度をしたガラタナと合流し、宿近くの朝からやっているカフェに入った。
「グッ! ゴホッ!! ゴホッ!! えっ! 呪術師に会ったんですか!?」
お父さんは驚きすぎてコーヒーが気管に入ったのか、咳き込み、身を乗り出して、凄い勢いで食いついてきた。
「うん。昨日、誘拐犯から逃げる時に助けてくれたの。色々聞くことは出来たんだけど、もっとちゃんとした状況下で話を聞きたくて、これから彼女に会いに行くつもり」
「セノオが聞いたことによると、もう石盤は無く、入れ替えの術は使えないようなんですが、新しく石盤を作れないか提案してみるつもりです」
昨日、彼女はガラタナとお父さんの入れ替えが完了していたことに、慰めの言葉も出てこない様子だった。他に似たような術とかは……無いだろうけど、ダメもとで聞いてみようかとは考えていたが新しく石盤を作る……その手があったか!
「……昨日の場所に行って怖くないかい?」
「ガラタナが居るから大丈夫。その……お父さんも一緒にいかない?」
「行きたいのも山々なんですが、カルロの所へ行かなければならないんです。二人で行ってきて貰っても────あ。でも、あの裏路地、今は」
「やっぱり入れないか…」
私とガラタナは昨日の裏路地の入り口に来ていた。
目の前には、規制線がハッキリとわかるように黄色と黒のバリケードテープが行く手を阻んでいて、中には騎士団らしき人達が裏路地を調べている様子だった。
「そりゃそうだよね。犯罪の現場だし」
今朝の新聞には、昨夜、王都よりずっと北方に領地のある子爵の令息が騎士団に連行されたと書いてあった。
王都から誘拐されたとみられる10歳から15歳程の女の子数名が屋敷から発見されたらしい。売り物として扱われていた様で、精神的な被害はあるけれど、怪我など体に異常はないそうだ。
助かって良かった。
10歳から15歳の少女達か……思わず渋い顔をしてしまった。
今朝、ガラタナの体に入ったお父さんと歩いていて、ふとガラスに写った私たちを見た。兄妹感がすごい。
仮にお付き合いが始まったとして、私の見た目がこんな20歳に見えないチンチクリンじゃ……ガラタナの外聞が悪くなりそうだ。
『折角助かったのに酷い顔ね!セノオ!』
耳の脇で声がした。
ガラタナは隣に居るがガラタナの声ではない。思わず身を引きながらガラタナの方に向けた。
「────っ!」
「え、何? どうしたの???」
ガラタナは急に私が動いたのでかなり驚いているが、私にはその顔があまり見えない。
昨夜はっきりとした白い球体だった彼女。
今は透けた白でガラタナの顔の前に浮いていた。
「ここ! ここにいる!」
『ちょっと人を指差さないで頂戴』
「えっ?! 呪術師が!?」
見えない人が見れば、ガラタナの顔を指差しているようにも見えるだろう。
「見えないかな?? ここ」
ガラタナは眉間にシワを寄せ、目を細める。
「なんか……うっすらと……すごく薄いレンズがあるように見える。けど……これがそうなのか自信がない」
球体がフヨッと動けば、ガラタナの顔も動く。
ガラタナは彼女に触れようと手首を上下にヒラヒラと動かすけれど、虚しく空を切っていた。
「なんでだろう……声は?」
「見えるセノオと見えない俺が半々の状態だからかな……声は全く聞こえない」
『セノオ、この人は? 腹違いの姉かなんか?』
「え? ちがうよ。この人が昨日言ったお父さんが今入っている体の持ち主」
『ふーん。この体は?』
「ちょっと色々あって、私の影に入ったの」
『影……』
「セノオ、お話し中申し訳ないけど。紹介と通訳をお願い」
ガラタナが私の腕をツンツンとつついてきた。
「あ。ごめんね。名前は……」
『ジエンタよ。年齢は100を超えたときに数えるのを止めたわ』
「えっ! あっえっと! 名前はジエンタさん。年齢は100歳以上だそうです」
指を揃え、掌を上にして、ジエンタさんの方に向けて紹介した。
「ひゃ……く。まぁそうか。呪術師は6代で終わったらしいし……子孫は農家になって、もう呪術師の家系だったということもわかってなかったようだしな……ジエンタさん。出会ったばかりで申し訳ないのですが、あの入れ替えの石盤を作って貰うことは出来ないでしょうか」
『無理よ』
間髪いれずジエンタさんが答えた。
「無理だって……」
ガラタナの顔が険しくなった。
私はジエンタさんの台詞を続けて伝える。
『昨日、セノオを助けるために術を使ったけど、生きていたときの100分の1も使えなかった。そんな力であれを作るのは無理。大体、そうポンポン作れるものではないの』
「……そう、ですか」
やはり元に戻れる方法はないのだろうか。
『というか、石盤が作れなくても問題ないじゃない』
続くジエンタさんの言葉にガラタナは大きく目を見開き、私は通訳しながら首をかしげた。
────────
「……6代目の術師が現れたってのか」
僕は大学の研究室へ行き、先程セノオさんから聞いたことをカルロと話していた。
昨日掘り出した応接セットは既に元通りの地層と化している。
僕は木製の丸椅子に座り、窓の外を見ながらコーヒーを飲んで神妙な顔をしているカルロに苦笑いする。
「まだざっくりとしか話は聞いていないんだけど、セノオさんが言うには相手の動きを止めるような術を使えたらしい。本人で間違いなさそうだ」
「……俺は元に戻る方法が無いことを祈ってしまってるよ」
「それじゃあ、あまりにも二人が可哀想だよ。それに僕は孫の顔が見たい」
カルロは視線を外から僕に移した。
「……今まではガラタナ君も居なかったし、漠然とガラタナ君を元に戻す方法を考えていたが……ケルト。万一、ガラタナ君が戻ったらお前はどうするつもりだ」
「そうだなぁ~セリナのところに行けたらいいな。あ。それじゃあ孫の顔は見れないか」
「────っ!お前は!!!」
左の頬を引き吊らせて、親友は僕の胸ぐらを掴んできた。
丸椅子が大きな音を立てて転がり、カルロのコーヒーが床に落ちた。
「……苦しいよ」
「200年も前の人物が現れたんだぞ!?よくそんな呑気な事を言ってられるな!!!殆どの国で語り継がれる伝承を忘れたんじゃないだろうな!!」
「……魂は肉体と共にあり、滅ぶときもまた同じ」
カルロの力がより一層込められたのがわかった。
「肉体が無いお前はもう滅ぶことは出来ないだろう!! 幸いセノオちゃんはお前を認識できるだろうし、会話も出来るだろうが、セノオちゃんをいつか見送った後、お前は永久に一人になる! お前はそれでもいいのか!? わかっていてそんなのんびりしているのか!?」
いいのかと問われても仕方がないじゃないか。
誰かの体を奪うわけにもいかない。
僕は苦笑いをするしかなかった。
「カルロ、僕は5年前に既に死んでいるんだ。この体から出されたとしてもカルロに僕を見ることはできない。死んだものとして扱ってくれて一向にかまわないよ」
瞬間、息をするのが楽になった。
「─────もういい」
振り返ることなくカルロは研究室から出ていった。
僕は何か間違えたのだろうか。
床に広がったコーヒーを、ただ眺めていた。
読んでいただきありがとうございました。
誤字脱字ありましたら申し訳ありません。
終わりに向かって近づいてきた感じですがもうまだ少し続くと思われます。
お付き合い頂ければ嬉しいです(*^^*)
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