20。返却依頼
手を伸ばすと届く距離にテオがいる。
「……お久しぶりです。ヴァントレイン教授」
「本当に何年ぶりかな。あのときはまだセノオちゃんは10にも満たなかったかな」
低くもなく高くもない身長で、お腹回りをたっぷりとさせたヴァントレイン教授は、ゆったりとした微笑みを返してきた。
「私達がここに来た理由をご存じでしょうか」
「あぁ。セノオちゃんの隣にいるガラタナ君のことだろう」
やっぱり知られていた……チラリと私の斜め後ろにいるガラタナを見れば、テオだけを睨み付けている。
────あぁ。間違いないんだ。あれがガラタナの体。
ガラタナとテオを見比べる。
お、ぉぉぉ……思った以上にカッコいい。
「セノオ。思考が駄々漏れ」
「ごっごめん!」
ガラタナにそう指摘され、顔を触ると確かに口許が緩んでいた。
顔を引き締め、教授とテオに向き直る。
「テオさん、貴方は誰ですか?」
そう問うと、テオは一歩、また一歩と近づいてきた。
瞬間、ガラタナに手を引かれ背中に隠された。
「テオ……」
「大丈夫だよカルロ」
教授は心配そうにテオを呼び、テオはこちらに視線は外さずに片手を上げながら返事をする。
「久しぶりですね。セノオさん」
この口調で私を『セノオさん』と呼ぶのは一人しかいない。
「……お父さんですよね」
ガラタナの後ろから横に移動し、目の前まで来たテオに再び問うた。
「はい。大きくなりましたねセノオさん」
お父さんはいつも私に会ったときのセリフを言い、穏やかに笑う。
私は右腕を大きく振りかぶった。
大学敷地内に、ゴッという鈍い音が響く。
左上に振り抜かれた右手。
後方に吹っ飛び、少し切れた左の口元をおさえながら驚いている父。
ソレに駆け寄る教授。
隣には目を大きく見開いたガラタナ。
人を殴るのなんて初めてだ。
昨日、お父さんなんじゃないかと思い始めたときから、ずっとぶん殴ってやろうと思っていた。
「人に……余所様に!!! 迷惑かけるなと!!! あれほどお母さんが言ってたでしょう!!!!」
「ごっごごっごめんなさい!!! セリナさん! じゃない! セノオさん!」
お父さんは慌てて正座した。
いつぞや見た夫婦喧嘩でのお父さんの姿と同じだった。
「これには! 致し方の無い理由がちゃんとありまして!!」
「言い訳なんて聞きたくありません! 結果迷惑かけられた人がいるのだから! 自己保身よりも先に謝るべき人にちゃんと謝ってください!!」
いつぞや聞いた夫婦喧嘩のお母さんのセリフがそのまま出てる自分にも驚いたが、一度言われているセリフをそのまま活かせる言動を懲りずにしているお父さんに呆れた。
お父さんは正座のままガラタナに膝を向けた。
「ガラタナ君。この5年間本当に申し訳ありませんでした!!!!」
土下座。見事な土下座。
「ぷっはははっ」
私の怒号、お父さんの謝罪の次に聞こえたのは、ガラタナの笑い声。
「がっガラタナ?」
「ごめっあははっお腹痛っいや、まさか殴って説教するとは……あははっ」
ガラタナは膝から崩れ落ち、お父さんの前で正座した。
私も屈んでガラタナの様子を伺う。
「はっ! ごごごめんっ! ガラタナの体なのに殴っちゃった」
「いや、それはあははっ大丈夫っ俺も抵抗されたら止むを得ないと思ってたし……腹いってぇ……俺はもっとシリアス的な展開になると思っていたから……ククッ予想外すぎた」
私もそうなると思っていたんだけど、お父さんがあまりにも飄々といつも通り挨拶なんてするもんだからつい……
「セノオが一緒で良かった。思った以上に俺、冷静だ」
ニコッと笑い、頭をポンポンと叩いてきた。
それを見ていたお父さんがスススッと内緒話をするように口元に手を当てて私に寄ってきた。
中身はお父さんだが、体はガラタナ。
少しドキッとしてしまった自分が嫌だ。
「セノオさん、ガラタナ君は怒ってないのでしょうか」
何をバカなことを……と思って顔を見ると目がマジだ。
「通り越して呆れてんのよ」
むしろ中身がこんなんでガッカリさせたかもしれない。
「セノオさん、ガラタナ君とは……その、男女のお付き合いを?」
「なっ!! してないよ!!!」
したいけど!!
突然のお父さんの質問に、私はバッと立ち上り挙動不審になった。
チラッとガラタナを見れば不思議そうな顔をし、口を開いた。
「え? してないの?」
「えっしてるの!? というか聞こえてたの!?」
動揺すると、ククッと笑われた。あぁ揶揄われてる。
ガラタナはパンパンとスカートに付いた汚れを払って立ち上がった。
「体は俺で中身はお父さんなのはわかってるけど、5年も経つとやっぱり少し顔も違うし……」
「?」
ガラタナもお父さんと同じくらい私の耳元に顔を寄せてきた。
「このくらい近くなるのは少し焦れる」
カッと顔が熱くなる。
視界の隅でポンと教授がお父さんの肩を叩いた。
「カルロ。娘がイチャつくところはあまり見たくないものだね」
「娘はいつか巣立つんだよケルト」
おじさん二人はなんだか面倒くさい話をしている。
ガラタナが深呼吸する音が聞こえた。
教授とお父さんにも聞こえていたのか、場の空気がピンと張りつめる。
「……お父さん」
ガラタナがそう呼ぶと、お父さんはガラタナをキッと睨み付けた。
「君にお父さんと呼ばれる筋合いはありません!!!」
もう一回殴ってやろうと思った。
「ケルト。違う。今はそういう空気じゃない」
「え?そう??ごめん一度言ってみたくて!一人娘だし!もう無いでしょこんなチャンス!!」
教授がお父さんを諫めるがお父さんには全く効いていない。
さすがのガラタナもちょっとイラッとしたようで拳を握っている。
本当に申し訳ない。
「……ケルトさん」
「あ。お父さんで良いですよ。悪い気はしてませんので」
「ガラタナ、我慢しないで殴っていいよ本当に」
あの人は冗談ではものを言わない。
「ケルトさん!」
もう一度、今度は大きな声でガラタナがお父さんを呼んだ。
「体を返してください」
場が静まる。
お父さんはガラタナを見ていた視線をフッとそらし、数秒後にまた合わせた。
「申し訳ないのですが、それはできません」
読んでいただきありがとうございます。
誤字脱字ありましたら申し訳ありません。
次回は入れ替わりの真相に触れていけたら言いなと思います。
また読みに来て頂けると嬉しいです。
評価などもしていただけると参考になります
_(._.)_




