閑話。トールの恋愛事情
8。ニアミスの裏話です。
「ガラタナ、トール、ちょっと行ってくるね!」
そう言ってセノオはラビと遺跡に行ってしまった。
試着室に残されたのは、俺とガラタナさん。
今さっき、ラビは簡単にセノオに気持ちを伝え、手を繋いでセノオを連れ去った。
ラビは今年で12歳になるんだっけか……(チビだからもう少し下にみえるけど)
なにも考えずに告白できる年齢が羨ましい。
俺だってラビと同じくらいの年齢だったら告白の1つや2つ……と、思ったが、ラビの年齢の時は既にセノオのことが好きだったことを思い出した。そんで今も友人関係が続いている。
それが何を意味しているかは深く考えないでくれ。
「トールさん。手を動かして頂いてもよろしいですか?」
「はっ! すみません!!!」
ラビが羨ましすぎて消えていったドアを凝視していた。
あわててメジャーを持ち、ガラタナさんに向き直る。
ガラタナさんは、セノオが年相応になったらこんな感じなんだろうなという顔をしているが、纏う空気は別人だ。
セノオは一見クールな感じだが、実際は明るく少々ポヤーンとしているし、割りとアホだ。
ガラタナさんは、なんというか……常に笑顔だが、空気が鋭い。怖い。
正直苦手なタイプかもしれない。
「トールさんは何歳でセノオと知り合ったんですか?」
「小等科入学の5歳からですよ。もう15年の付き合いになります」
「15年……で……」
フッと口許が弧を描くのが見えた。
ガラタナさんが言った言葉に続くのが『何も進展なしですか』な気がして自分の頬がひきつったが、そんなはずはない。 今日出会った人にセノオの事を思い続けていることがバレる筈がない。
それにしても……ガラタナさんのこの感じは何度も経験したことある感覚に似ている。
「……腐れ縁ってやつですかね。家族はセノオと結婚したらいいとかいってきますが」
「トールさんはこの家を継がれるのでは? セノオは村を離れる気が無いようですけど」
「いや。俺の上には姉が一人居て、既に姉と婿がこの店をついでいるんです」
俺はにっこり笑った。
入学式で一目惚れし、頑張って話しかけ続け、かれこれ15年。俺の家に泊まりに来る(客間宿泊)くらい、一番仲のいい男に君臨している。
セノオはいまのところ結婚などはする気がないようだが、一番近いのは確実に俺だろう。
俺だって手に職は持っているから、今の村に住み続けたいのなら俺が行っても良いし、この町で店を開いてもいい。
理容師セノオを目的に村へ行く奴もこの町には結構いるから困ることもないだろう。
そんなことを考えていたら、ピリッとした空気を感じ、反射的にバッと顔を上げる。
ガラタナさんはこちらを見ることなく、大人しくウエストを測られている。
気のせいだったか? いや。俺はこの感覚に関しては誰よりも敏感だと自負している。
セノオは可愛い。
学年……いや、小等科全体でも常に可愛い子トップ3のどれか(個人によって変わるが俺にはダントツ1位だ)に入っていた。
俺がセノオと話しているとそういう空気を出す奴がいて、大抵セノオを好きな奴だった。
でも……ガラタナさんは女だ。
同性の婚姻はこの国では認められてはいないが、恋愛対象が同性という人が居ることは知っている。
が、セノオはストレートなはずだ。
実際、俺が中等科に入ってセノオとたまにしか会えなくり、セノオを町の祭りに誘った時、思いきって手を繋いでみたことがある。
そのときは二人で赤くなった。
俺の赤い理由とは違い、単に男と手を繋いだ事実に赤くなっていた風ではあったが、振り払われる事はなかった。
今思い出してもあのときのセノオは可愛いかった……。
──あの頃の俺はラビ程ではないものの、もっとガツガツしていた気がする……いつからこんな平行線になってるんだろう。
頭に浮かんだのはセノオのお母さんの葬式。
朝から小雨が降ったり止んだり、たまにうっすら日が射したりと、傘をさすのも面倒な天気だった。
セノオのお母さんの葬儀には俺も参列した。セノオの父さんに初めて会えるかなと思ったが姿はなかった。
墓石の前に傘もささずに佇むセノオが痛々しい。本当に仲の良い親子だった。
「傘ぐらいさせよ」
「……ごめん」
そう言って俺の傘に二人で入った。
「───なぁ。セノオ俺の家くるか?」
まだ両親には確認とってないけど、セノオを嫁にだなんだと普段から騒いでいるあの人達なら何の問題もなく受け入れるだろう。
俺からの誘いは予期せぬものだったようでセノオは驚いた顔をしていた。
「──私……」
「セノオちゃん。ちょっといいかな」
俺への返事を遮るように男の人の声が響いた。
「伯父さん……」
「これからどうするか決めてはいるかい? ケルトは今国外にいて来ることは出来ないが伝言を預かっているよ。王都で一緒に暮らしたいそうだ」
王都……母親が亡くなって、父親と一緒に住むのは自然なことだけど……。
王都に行ってしまったら、そう簡単には会えなくなる。
「これは伯父としての提案なんだけど、実際のところケルトは仕事が忙しくて、あまり家には帰っていないみたいなんだ。
王都は知らない土地で、ほぼ一人で暮らすのも寂しいだろう。ケルトの家からもそう遠くないし、我が家に住んでみたらどうだろうか。家には17になる娘がいてね。セノオちゃんの従姉妹だ。
……セノオちゃんさえ良ければうちの養女になるという手もある。こんな大切なことをすぐ決めろというのも難しいだろうから、少し考えてみて」
セノオの立場からすればかなり良い話だろう。伯父さんも優しそうだし……でも……
「────私は行けません。お母さんと一緒に居たこの家を日常を守りたいです」
心から喜んだ。セノオが王都に行かなかったことで頭をいっぱいにした。
あぁ。そうか。───俺の誘いも断られていた。
俺は振られていたことに今まで気付かなかった。
いや、気付こうとしていなかった。
一歩前に進めるはずもない。
俺は目の前の女性を見つめる。
変化を望まないセノオが受け入れた人。
「ガラタナさん。俺、も……あなたが嫌いです」
「何をいきなり……まぁどうでもいいですし、俺『も』については否定しませんけど」
「ガラタナさんの何をセノオが気に入ったのかが全くわからないですが、日常を崩してくれたことには感謝……します。俺も自覚したんで。これから頑張ります」
ガラタナさんが本当に嫌そうにこちら見るから思わず笑ってしまった。
諦めたくはない。まだ何も出来ていないから。
せめてセノオにちゃんと好きな人が出来るまで……結婚……するまで……
もうすこし延び延びになるかも知れないけれど、諦められるまでセノオを好きでい続ける。
少しするとセノオと怪我したラビが帰ってきた。
セノオは姉貴面で満足そうに甲斐甲斐しくラビの世話をし、ラビがどんどん赤くなっていくのを、俺とガラタナさんは微妙な面持ちで眺めていた。
読んでいただきありがとうございました。
誤字脱字ありましたら申し訳ありません。
諦めの悪いやつが好きです。
次はテオとの遭遇話です。また読みに来て頂けると嬉しいです。
評価してもらえるのも嬉しいです(*^^*)




