18。もしもの話
朝日が少し顔を出したくらいの早朝。王都行きの馬車に乗るため、乗り合い所のベンチに二人ならんで座っていた。
「はいどうぞ。コーヒーとサンドイッチ」
「ありがとうガラタナ」
朝食もとらずチェックアウトする私達にカナエ婆さんが「頑張ったご褒美だよ」とくれた朝食だ。
ガラタナはそれを聞いて不思議そうにしていた。
私が笑うとカナエ婆さんの顔も少し緩んでいた。
コーヒーを一口飲むと、砂糖1つ入った好みの味が口に広がる。
もう好みは把握されているな……と、カップを口につけたままガラタナをチラッとみれば、通常運転でニコニコしている。
────今朝、昨夜の件でガラタナに平身低頭に謝罪を受けた。そして私もキチンと話をした。
空が白んで来た時間に目が覚めた。
私はしっかりとベットに入っていて、ガラタナは窓の脇に置いてあった椅子に座って寝ていた。
ベッドから出ると、その音に反応してガラタナが起きた。
「「あ……」」
一瞬気まずい雰囲気が流れた。
ガラタナが弾かれる様にガタッと椅子から立ち上がる。
もう酔いは完全に冷めているだろうけど、その勢いについ体がビクッと反応してしまった。
それを見たガラタナはこの世の終わりみたいな顔をした。
「────っ! 本当に!!! すみませんでした!!」
ガバッと床に額が付くほどの土下座。
「えっちょっ!! やめてガラタナ!」
慌てて私も床に座り肩を押して土下座を止めさせようとしたが、ガラタナは頑として動かない。
「そこまでされるようなこと、私されてないから!!」
「……何も? してない??」
キョトンとした顔でガラタナは顔をあげた。
「覚えてない? 私、髪を殆ど拭かずにお風呂から出てきちゃったから頭を拭いてくれて……そのあと……だ、抱きしめられて……ベッドに」
「もういい! もういいよ! セノオ! ──セノオがそれをセーフだと思うなら……ありがたいです」
思い出すとまだ顔が火照る。私の言葉を聞いたガラタナも顔が赤い。
昨夜、ガラタナから言われた言葉は恥ずかしくて言えないけれど、概ね伝わった事に安堵した。
「──じゃあ首筋のは……」
「首?」
そう言われて首を触るが何もない。
あ。でも、確かに昨日首筋にチクッと…
「いや! 何でもない! ……じゃ、じゃあキスしたりなんだりも……」
「無いよ!!!」
そんなことしていたら昨夜は寝られなかった自信がある。
「よ、良かった」
……まぁ。良かったといえば良かったんだけど、そう安堵されるのも微妙な感じがする。
ドキドキさせられて気にしてないかと言われれば嘘になるけど、土下座されて謝るほどのことではない。
なんたって、私の方が土下座をしなければならないくらいの話を抱えている。
「……あのね、ガラタナ。聞いてほしい話があるの」
ガラタナもシラフに戻ったし、話すなら今しかない。
ガラタナを正面に見据え、姿勢を正した。
「────セノオ、ラビはダメだよ?」
「は?」
「いや。ラビは10歳そこらで、セノオは見た目まだ10代半ばだし、あと10年もしたらあんな感じになるだろうし、今現在セノオへの気持ちをちゃんと伝えてるのはラビだけだけど!!
……俺、そんな時間かからないように頑張るから」
ガラタナは一体何を言っているのだろう。あんな感じって何??
「まだ酔ってるの?」
「──いや、ごめんなんでもない。夢が結構強烈で……まだ混乱してる。あの後、トール編、テオ(俺じゃない俺)編を見て……」
突然出てきた“テオ”という名前を聞いて体がビクッとなる。
「……セノオ?どうした?」
グッと手に力が入り、自然と顔は下を向く。
「テオの中に居るのは私のお父さんかもしれない」
一気に話した。
ガラタナの顔を見る勇気がない。けど確実に空気が変わったのがわかる。
「──あり得ない。俺はセノオの父さんには会ったことがない。テオの中にいるのは馬車で俺の事を掴んできた女だと思うよ」
「父は5年前、風俗や習慣などの民俗資料を出版する仕事を頼まれて南の方の国に行っていて……馬車の事故に遭ったらしいの。
ガラタナが見た、馬車で倒れていた男が父だと思う。助手の女の人も同じ事故で亡くなったと、王都にいるお父さんの兄弟から聞いたわ」
少し顔を上げ、ガラタナの顔を見る。
睨むような真剣な表情に、逃げ腰になるのを堪える。
「それにヴァントレイン……という人に会ったことがある。
幼い頃、父に連れられて王都の大学に会いに行ったの。民俗学の第一人者で親友だと言っていたし、ガラタナの体に入った後、教授を頼って行ったんじゃないかと思う」
「でもそれなら、あの女が中にいる可能性もあるだろう。セノオの父さんの助手なら教授と面識があってもおかしくはない」
「私は助手の女の人には会ったことがないの。
ガラタナに流れ込んできた村の風景と私の顔がお父さんの記憶だったとしたら……父とは10歳くらいから会っていなかったから、私の顔が幼かったのも納得できる」
静まり返った部屋にガラタナが大きく息を吸う音だけが響き、次に出てくる言葉を覚悟した。
「一緒に王都に行こう」
吐き出すようにガラタナはそう言った。
「──なに考えて……私はガラタナを苦しめた奴の娘だよ!?本来ガラタナに顔向けなんて出来ない立場──」
「立場? 俺はセノオに苦しめられたことなんてない」
「────っ」
「それで昨日、俺を避けたの?」
ガラタナが私を覗き込む。
コクリと頷くと、ガラタナは安心したような顔をし、大きなため息をついた。
「良かった……嫌われたかと思った」
「嫌うなんてそんな!」
「酒に逃げたくなるくらいにはショックだったよ」
「う……ごめんなさい」
優しい手つきで頭がポンポンと叩かれる。
「……もし、体が取られてなかったらさ、俺はあの国にいて、仕事もしてて……もう24だし、そこそこモテたりもしたから、きっと愛した人と結婚して子どもも居たんじゃないかと思う。
実際、旅してる間にそう考えた事は数えきれないくらい何回もあったよ。
道端の孤児から始まって、やっと人生が軌道に乗り始めた時だったし、幸せになれるはずだった未来を奪われたんだ。今でも俺は体を取った奴を怨んでる」
愛した人という言葉を聞いて胸が痛んだ。
胸を痛める資格すらないだろうに。
「でも、セノオに出会ってさ、出会っちゃって……困ったんだ。俺があの国で幸せになると、セノオは?って考えるようになって」
「……え?」
「もし、もしだよ。他の奴が体を取られてセノオが大事に大事に守ってきた家に、今の俺のポジションで誰かが入ってきたらって考えたら鳥肌がたった。体を取られたのが俺で良かったって、それくらい今幸せなんだ」
膝の上で固く握られた手にガラタナの手が重なる。
「今でも体を奪った奴への怨みは確実にあるよ。でもそれがセノオへの怨みになるかといったらそうじゃない」
ボロボロと涙が落ちて、気持ちがフワッと軽くなるのがわかった。
「……元の体に戻ったら、ちゃんと伝えるから待ってて」
ガラタナがあまりに真剣に言うものだから涙が一瞬で止まった。
その後、昨夜の学者さんとの飲み会の話を聞いたけど、教えてもらえなかった上に、顔を合わせたくないからと早々に宿をチェックアウトした。
一体どんな飲み会だったんだろう。
「セノオ! 馬車来たよ!」
「えっちょっとまって!」
時間より少し早く来た馬車を確認して残りのコーヒーを煽る。
私より少し前に出て馬車を見るガラタナ。
その先にある朝日が眩しくて私は目を細めた。
読んでいただきありがとうございました。
誤字脱字ありましたら申し訳ありません。
やっと話し合いが出来、王都に行くことが出来ました(*^^*)




