15。中の人は
今日は二話投稿です。
カナエ婆さんの宿ならバッチリ案内ができる。宿屋は飲み屋が数件並ぶ賑やかな通りにあった。
カランカランとドアベルが鳴る。
「いらっしゃい」
カウンターには80近い歳のシワシワの看板お婆さんが座っている。
「あの──」
「少し先まで予約客でいっぱいでね。今だと一部屋なら空いてるが……女の子二人なら問題ないね。料金は前払い1人50シェリー。食堂は頼んだものによって変わる別料金。夜は酒も出すから遅くまでやってるよ。ホラ。鍵だ。もっておいき。2階の奥だよ」
ガラタナが100シェリー支払うと、口を挟む隙もなくチェックインが終わった。
「セノオ、荷物を置いて食事にしよう」
「う、うん!」
お婆さんに圧倒されながらも鍵を受け取ったガラタナについていく。
ドアを開けると、ベージュにピンクの小花柄の壁紙。茶色の腰板。小さな出窓。白とベージュのストライプ柄の掛け布団のシングルベッドが2つあり、ベッドの間のサイドテーブルと入り口の棚にはリンゴの形のオイルランプが置いてある。
「婆さんが受付しているとは思えない可愛さの部屋だな」
「ちょっとガラタナ失礼よ」
ポロッと最低なことを溢したガラタナを一瞥し、荷物を置いて食堂に向かう。
「予約客って学者さん達だよね?」
「御者のおじさんが言ってたのが本当ならそうだろうね」
食堂のガラス戸を開くと、4人掛け、または6人掛けのイスとテーブルが並ぶ。
全部で30人ほどは座れるだろうか。
丁度夕飯時だったのでテーブルは埋まっていて、座れる席は相席だけだった。
ガラタナが部屋中を見渡している。席を選んでいる素振りだけど、顔をチェックしてるんだろう。
「……いた?」
「いや。聞いてみる」
厨房前のカウンターで料理を注文し受け取った後、一番近くにいた歳が近そうなインテリ系の青年2人組の席に近づく。
「すみません。相席宜しいですか?」
「──あ。どうぞ」
営業スマイルでそう言うガラタナに少し頬を染める青年達。
ガラタナがこういう顔で男に近づくときは何だか生き生きして見えるのは気のせいだろうか。
4人掛けのテーブルに彼らが対面で座っている為、私もガラタナの向かいに座る。
「随分と日に焼けていらっしゃるんですね?」
「えっはっゲホッゲホッ」
急に話しかけられたガラタナの隣の青年は女慣れしていない感じで顔を赤く染めて咳き込んだ。
「──すっすみません。外の仕事が多いので」
「まぁ。この町にはお仕事で?」
「はい。町外れの森で遺跡調査をしています」
「まぁ! すごい! 学者様なのですね!」
……ガラタナ劇場は絶好調だ。
「それじゃあ知っているかしら……ねぇセノオ?」
「──あ。えっと、あのお兄さんのこと?」
多分この返答で合っている筈だ……それにしても急に振るのは酷い。棒読みはチャラにしてもらおう。
「妹が、先日遺跡の森の側で転んでしまって、偶然居合わせた学者様にハンカチをお借りしたのです。お返ししたくて」
ガラタナがにっこりと頬笑む。
「遺跡調査しているのは、そう多くないのでわかると思います。どのような方でしたか?」
青年2人は親切そうに身を乗り出して聞いてくれた。
大方合っているが騙しているようで少し胸が痛み、自然とうつむいてしまう。
「身長の高い、アッシュグレーの髪で……黄色みの強いグレーの瞳の方なのですが」
え?瞳の色なんて見えなかったんだけど……。
バッと顔を上げガラタナを見るとニコリと笑った。
────食えない。
それを聞いた青年達は、1人は顎に手を当て、もう1人は口に手を当て真剣に考えてくれていた。本当に親切な人たちだ。
「テオじゃないか?」
「テオ?あぁ。ヴァントレイン教授の所の彼か」
「テオさん……今どちらに?」
「3、4日前に王都に帰ったよ」
「────っ」
目眩がした。
今この青年は何と口にした…?
「……彼の所在を教えて貰っても?」
「まさかハンカチ1枚の為に王都に?」
「え? えぇと────その、何と言いますか……」
ガラタナが焦っているのが聞こえるが、私の頭にはひとつの仮定が浮かび、それどころではなかった。
「──素敵な……方、でした。とても……」
「セノオ?」
「また、会いたくて……」
青年二人が、私を見た。
体が震える。咄嗟に俯くと恥ずかしがっていると思われたらしい。
「なるほど。彼は王都のステッラー大学で民俗学を研究しているヴァントレイン教授の下についている人だよ。とても誠実な人だ。お付き合いしている人は居ないようだったよ」
私の外見が幼かった為か、隣に座っていた青年がウインク付きで、あっさり教えてくれた。
「……あ、ありがとうございます」
ガタッと音がした。顔を上げるとガラタナが立ちあがりこちらを見ていた。
出来るだけ隠していたつもりだったのだが。
「すみません。話しかけておいて大変失礼なのですが、妹の体調が少し優れないようなので失礼させて頂きますね」
そう言うと私の後ろにまわり、背中を支えた。
「……残ってちゃんと話を引き出して」
「え?」
「私は少し休めば大丈夫だから」
そう小声言ってガラタナを食堂に残して部屋に戻った。
ドア脇のオイルランプに火を点け、ドアを閉めて、ベッドのサイドテーブルのランプにも火を点け、ベッドに座る。
ギシッという音と共に火が揺れる。
「ヴァン、トレイン教授」
「民俗学」
ポツリ、ポツリと言葉にのせて確認する。
「仕事先での事故」
「5年前」
「幼い頃の私の顔」
「村の風景」
なぜ思い浮かばなかったのだろう。
本当のガラタナの体に入っているのは
私のお父さんかもしれない。
読んでいただきありがとうございました。
誤字脱字ありましたら申し訳ありません。
また読んでいただければ嬉しいです(*^^*)




