11。幻影と一枚のハンカチ
ガラタナ目線です。
カランカランと景気よくお店のドアベルが鳴る。
「いらっしゃいませ!」
「お?──セノオちゃん人入れたのかい!」
入ってきたのは恰幅の良い少し強面の中年男性。
俺をチラッと見て驚いた顔をした後、大きな声でセノオに話しかけた。
その声に反応して、奥で先程帰っていったお客に使ったシェービングクリームの入れ物を洗っていたセノオが衝立の向こうから顔をだした。
「ジークさんいらっしゃい! 髪結いを任せてるガラタナよ! 先週から働いてもらってるの」
「よろしくお願いします」
作業の手を止めてジークさんに頭を下げる。
「一瞬セリナの幽霊かと思って驚いちまったよ」
ガハハと笑いながらジークさんは勝手に2つあるスタイリングチェアの1つに座りセノオを待っていた。
俺はお客に向き直り、再び結婚式参列用のヘアセットを始めた。
「ジークさん私もよ! セリナさんかと思って鳥肌たっちゃったわ! 親戚の子なんですって!」
俺が担当しているお客もジークさんと知り合いのようで、客同士で盛り上がっている。
俺が働き始めてからかなりの確率で“セリナ”さんに一瞬間違えられる。セノオの母親であり師匠だそうだ。
隣町から戻ってきた夜に、セノオから髪をもう一度結ってくれと言われた。
人の髪を結うのは、昔、グループにいたときに覚えた。
髪型が可愛ければ花売りの収入が上がるということに気付いた。花売りをするチビ達の髪を可愛く結うと、自信がつくのか笑顔が増える。可愛い笑顔を向けられれば買ってやろうと思う客も増えるからだ。
まさか、こんなところで役立つとは人生何があるか本当にわからない。
セノオのリクエスト通り、結婚式にしていってもおかしくないような髪型に結うと「見事ね」との言葉を頂き、次の日から店に立つことになった。
髪を結った後、しばらく鏡を見ながらニコニコしていたセノオを思い出すと口許が緩む。
「お待たせしました~」
奥から洗ったばかりの入れ物と泡立て用のブラシをもってセノオが出てきた。ジークさんは何も言ってないのにセノオは勝手に髭反りの準備をしていく。
……いつもならカットが先のはずなんだが…?
「ジークさん、また夫婦喧嘩? いい加減にしないと愛想つかされちゃうわよ?」
「喧嘩じゃねぇよセノオちゃん! 夫婦の愛を確かめ合ってんのよ!」
「まぁそれならいいけどね。確かめ合う度に気分転換に髭反りに来てくれてコチラも嬉しいわ。マイドアリガトウゴザイマスー」
なるほど。
隣の席の会話に耳を傾けながら、複数三つ編みにした最後の束をしっかりとピンで頭にとめ、コサージュを差した。
「はい。完成です。お疲れ様でした」
「わぁ綺麗!ありがとう!」
お客さんは右左と顔を振り、鏡を見て笑顔になって店を後にした。
髪結いのお客さんはあまり多くない。
2、3日に1人くらいだ。
暇になると店の掃除や、時間によってはご飯を作ったりしているが本当にやることがないときはセノオを眺めて過ごす。
セノオは普段あまり口数が多い方ではない。
話さないからと言って無表情というわけではなく、考えていることが顔に出て表情がコロコロ変わるから見ていると楽しい。
母親が亡くなってからずっと一人で過ごしていたみたいだから、口に出さずに納得して終わるんだろう。
だが店に出ると途端に別人のように饒舌になり、口調も……こう言っては何だが中年女性のようになる。
「別人……か」
1週間、この村で暮らし、村の商店街に買い物に行ったりもした。外ではセリナさんに間違えられたことはない。
でもここにいると、来る人来る人、俺を見てセリナさんと見間違える。その違いは何なのだろう。
この店はもう5年もセノオが店主として稼働している。
セノオの使いやすいように変わっているはずだし、まわりもセノオの母親が居ない店に慣れているはずだ。
だんだんと記憶も薄れていく頃だろう。なぜこの理髪店でだけ……。
1つの考えが頭にフッと浮かんだ瞬間、ゾワッと鳥肌がたった。
────慣れていないとしたら?
もし、この理髪店がセノオの母親が生きていた頃からなにも変わっていないなら。
セノオが母親の口調を真似し、この店にいる間だけでもセリナさんの記憶を雰囲気をこの店に居るときにお客に触れさせて刷り込んでいるとしたら。
セノオの容姿は15歳ほど。セリナさんが生きていた時から成長していないように見える。
そこに今の容姿の俺が居れば、一瞬とはいえ間違えられるのは仕方のないことなんじゃないか?
この店は……いや、店だけじゃない。
セノオは母親の遺品整理は一切していないように見えた。キッチンにも二人分の食器が未だにあったし。
────この家は……5年前から時間が止まっている?
「ガラタナ!」
「────っ!何!?」
ハッとして声の方を見ると、セノオとジークさんが心配そうにこちらを見ていた。
「大丈夫?」
「あっ! あぁ! ちょっと考え事してただけだ。何? どうした??」
「裏に行ってタオルとってきてもらえない? 持ってきておくの忘れちゃったのよ」
「わかった!」
──全て俺の空想。
でも当たっているのなら……セリナさんが戻ってくることはもうない。俺がセリナさんになることもできない。
俺がセノオにしてあげられることはないだろうか。
──────────
そんなことを考えながら店奥のドアを開ける。三畳程の物置で、母屋とも繋がっている。
端には理髪店で使う薬剤や使い捨て用品など、在庫が置いてある棚があり、その端にある引き出しの中から白いタオルとガーゼを数枚取った。
「ん?」
一枚だけグレーのハンカチ?が入り込んでおり、タオルを棚に置き引っ張り出してみた。
心臓が激しく鳴る。
あの日、カフェのオーナーのメアリーさんと転職の相談をした日。
カフェをオープンから盛り上げてくれた御礼としてメアリーさんから貰ったものと似ている。
……似たもの……だろうか。
広げてみると、端に小さく生地よりも少し濃いグレーで「G」の刺繍が入っていた。
読んで頂きありがとうございました。
誤字脱字ありましたら申し訳ありません。
また読みに来て頂けたら嬉しいです(*^^*)




