96。終わり
最終話です。
「ついさっきトルネオにセノオが転移するのを見た感覚なんだけど、半年振りか」
記憶操作以降の記憶はガラタナには無いのかと思いきや、忘れさせないという一点で頑張っていた私の術がこの半年の記憶をガラタナに別に植え付けたらしい。
変な感じだ。と、あっけらかんと笑って話すガラタナを私はただ口をポカーンと開けて眺めていた。
もし、もう一度会えたのなら感動と歓喜とか、そういう想像をしていたけど実際は無だった。
「ガラタナ?」
「うん」
「本当にガラタナ?」
「そうだよ」
あまりに突然の事に、ガラタナの太股を跨いで座っているという結構恥ずかしい体勢のことは完全に頭からすっぽりと抜け、かなり近い距離でジッと黄色味がかったグレーの瞳を見つめる。
……本当にガラタナなんだろうか。
「確認いい?」
「どうぞ」
「……私の両親の名前は?」
「ケルトさんとセリナさん」
「お父さんの親友の名前は?」
「カルロ・ヴァントレイン教授。又は子爵子息」
「ガラタナがこの村で内緒で働いていたお店の名前とそのオーナーは?」
「っ何で知って……bar LEGALISS、オーナーはエレナさん。黙っててごめん」
ガラタナは、さっと視線を外して俯いた。何でそんなことをしていたのか聞きたいけれど今はそんな場合じゃない。
「さっき、ガラタナの意識内に居たのはなぜ??」
「意識内……かは、わからないけどセノオに掴まれて一緒に流されたのは俺だよ。記憶操作の陣にヒビが入っていたからそこから小さな光に引摺り出されたんだと思う」
記憶が共通しているから……間違いなくあそこに居たのは、今目の前にいるガラタナなんだろうけど。
執念だな小さな光。自分のガラタナへの執着心に恐怖を感じる。
「でも再会して直ぐに私が覗いたとき居なかったよ?」
「俺があそこに引摺り出されたのは、セノオが店のドアを開けて俺を見て固まった瞬間だったから」
意味がわからない。ジエンタさんは“過去の記憶を引き出すような忘れられないくらいのインパクト”って言っていたのに。固まっている私になんのインパクトがあるのだろう。
「他にもいっぱいあったじゃない。再開したときとか、髪飾り見たときとか、懐中時計とか、キ……スしそうになったときとか!!! それらを差し置いて、何でそのタイミング!!」
私のキュンとしたポイントを全て外しているガラタナに段々と怒りがわき、ドンドンと胸にグーパンを入れると、ガラタナは幸せそうな笑みを浮かべた。何故。
戻ってくるにあたって何処かネジが抜けたんだろうか。
「セノオからの視点じゃわかんなかっただろうけど、俺からすれば本当に同じだったからさ。あの夜、ここで、魂の姿の俺とセノオが出会ったあの時と」
箒は持ってなかったけどね。とヘラヘラするガラタナに言われて思い返す。
確かに。ここは出会いの場所。
白い球体のガラタナを箒で叩き落とし、叫び、ブラックアウトしたそんな場所。
「……忘れてほしい」
居た堪れなくて両手で顔を覆うと、その手首を掴まれる。
左右の手の甲に軽いキスがリップ音と共に落ち、あざとい上目遣いで私を見やる。
19歳のガラタナには無かった艶っぽい視線に、胸が早鐘を打つ。
「────っ」
ガッガラタナ先輩降臨!
約半年前のいかがわしい記憶が我先にと脳内を巡る。私の中でガラタナはかなり慎ましい紳士的な人という印象に化けていた。
そうだ。こういう人だった!!!
みるみる顔が熱くなる。
反射的に手を戻そうとするけれどガッチリ捕まれた手首が離される様子はない。
「忘れないよ。嬉しかったんだ」
ちゅっちゅちゅと、私の指一本ずつに続けて軽いキスをする。その間ガラタナは私から視線を外すことはない。
ゾクゾクッとした奇妙な感覚が体を駆け巡る。
「で、でもガラタナ、どうして光はあんな爆発するほど大きくなったの?? 私が見たときは拳大位の大きさだったんだけど」
雰囲気を健全なものに戻そうと、話をそらしたけれど、コレがまた愚問だったようで、ガラタナの視線が猛禽類のそれに変わり、手首を握るその手に圧が加わる。
「セノオが浮気しそうだったから」
「う!? 浮気なんてしな」
「19歳の俺に絆されてたくせに」
「っ聞いてたの!?」
「全部ね」
つまり、嫉妬が爆発したということか。ていうか自分に嫉妬って……
拗ねるようなその口調をうっかり可愛いと感じてしまう私はもう、重症だ。キューンと心臓を鷲掴みにされたような感覚に酔い、ついついガラタナの胸に額をつける。
「19歳のガラタナは可愛いと思った。余裕ない感じも保護欲が湧いて撫で撫でしたくなったし、告白されてまたずっと一緒にいられると思ったら嬉しくなったよ」
「────」
無言のままガラタナの腕が背中に回り、私の頭に彼の顎が軽く乗った。
「5年経てば彼はガラタナになるってそう思った……けど、想像したら先の未来も彼をガラタナと呼ぶことは出来なかったの。私が愛したガラタナは1人だけ──んっ」
突然顔が持ち上げられ、貪るような激しいキスが振ってきた。角度を変えながら1度で終わらないソレに、私が抵抗する隙は無く、顔に触れるその手は熱を持ち、それが伝わるように私の体も熱くなる。
「……うん。ごめん。ちゃんと聞いてたよ」
数ミリ唇が離れ、思い出したようにガラタナが呟いた。
数か月ぶりの濃厚なキスに完全に頭は当てられてしまい、何で謝罪を受けたのか一瞬わからなくなった。
そしてまた再び始まるキスに怖じ気づきながらも舌に絡むソレに軽く答えると、彼は少し驚いたあとニヤリと笑った。
その悪い笑みで、私の思考が正常に動く。聞いていたのなら私が目の前のガラタナを選んだのは知っていた筈だ。
「────っ!?揶揄ったのね!?」
「だからごめんって」
「~~~~~もう!どうしてそう意地悪なの!?」
「好きだからいじめたくなるんだ」
「小等科で卒業してよそういうの」
これでもかと睨み付けてやったけれどガラタナがあまりにもニコニコと嬉しそうにしているから毒気をぬかれた。
頭は冷静さを取り戻し、ガラタナに腕を支えられその場に立ち、スカートの汚れをパンパンと叩いて落とす。
「ジエンタさんもアーネストも驚くだろうね」
「ジエンタさんが驚くところは想像できないけど、アーネストは驚くだろうな。楽しみだ」
ガラタナからケイシィ家特有の空気を感じ、懐かしさでつい笑ってしまった。
ガラタナの手を取り、母屋の玄関に向かって二人で歩く。
春の風が花びらを舞い上げ、頬を撫でる。
この先、長い年月、私たちは幾度と無く自分を見失いかけることもあるだろう。
しっかりと握られた左手が安心をくれる。きっと大丈夫だ。私の、彼の輪郭はもうブレることはない。
玄関のドアをゆっくり開ける。
「ガラタナ」
「ん?」
名前を呼べば、黄色味がかったグレーが嬉しそうに細められる。
きっと私も似たような顔をしているんだろうな。
「おかえりなさい」
ホントのカラダを探す旅。
これにて閉幕。
お付き合い頂きありがとうございました(*´∇`*)
これで完結と致しますが、本編に乗らなかったものなどポロポロと載せていこうかと思います。
至らない点も数多くあったと思いますが、読んでいただき本当にありがとうございました。




