SAT
木原雅彦は、細心の注意を払いながら集団の先頭を進む。淀みなく動く様は、ありありと彼の実力の高さを知らしめる。警察系対テロ部隊で比較的共通する漆黒の戦闘服を纏い、その上から同色のボディーアーマーと予備弾倉を満載したタクティカルベストを着込んでいる。やはり同色の抗弾ヘルメットを頭に被り、どのような表情をしているかはスモークの施されたタクティカルゴーグルで遮られ伺い知ることはできない。
ドイツの傑作サブマシンガンH&KMP-5を両腕で保持しており、弾倉は装填済みでコッキングレバーを引き弾丸は薬室に送り込まれ、セーフティさえ解除すればいつでも発砲できる状態だ。
木原雅彦に先導される形でその後ろからも同様の武装集団が続いていく。全員が迅速にかつ足音一つ立てずに移動する様は、その部隊の練度の高さを物語っている。敵に見つかるのを避けるためか、言葉を交わさずやりとりは全てハンドサインだ。
彼らの正体は、日本警察の誇る特殊部隊SAT-特殊急襲部隊。過去に共産主義テロリストによるハイジャックを解決できなかった警察の屈辱を晴らすべく創隊された部隊。今彼らはテロリストの制圧及び人質の休日を目的に行動している、くしくもあいては時代遅れ共産主義系のテロリスト。
日本の治安が悪化し、銃火器の入手がしやすくなかったがためにテロを起こすことに成功したインテリ<大学生グループ。>それがテロの主犯で今彼らに占拠されたアウトレットモールを進行しているところだ。
それとは別に密に連絡を取り合いながら、その広さからもう一隊が別の進行路で人質の集められたエリアを目指している。
相手はただの素人、日夜過酷な訓練を積むSATの敵ではない。とはいえ全員に油断はないー理想に燃える若者ほど危険なものはなく、なにより人質を取られた状況だ。アサルトライフルやサブマシンガンの存在も確認されている。油断していい相手ではなかった。
特に戦闘をすすむ木原雅彦の役割は、重要だ。木原雅彦はSATのポイントマン、先行し敵が待ち構えていないかやトラップの有無を確認し、敵が待ち構えていればいの一番に戦う役割だ。そのためゴーグルでかくされているだけで彼の顔は緊張で張り詰めていた。
複雑な構造をしている屋内や市街地では、敵との不意の接近遭遇が予想される。それをさけるためには事前の偵察を欠かしてはならない、それを理解している木原雅彦は、通路の先に敵がいないか確認を行っていた。壁から顔を突き出しはしない、ファイバースコープ、戯画化された歯科医師が頭につけている鏡のようなものを突き出し、進路の安全の確認を行う。
よし、敵はいないし、ブービートラップもない。そう判断した彼は、前進のハンドサインを出し、先頭にたって進んでいく。その後にSAT隊員が進んでいく。
そして次の瞬間には、彼らを爆発が襲っていた。
木原雅彦は、なにが起きたかわからなかった。彼にかろうじてわかったのは、眩いばかりの閃光が視界を襲い、ついで強烈な衝撃が襲ってきたというだけ。
なにすべもなく振り子のように彼の体は、突き飛ばされ、壁に叩き付き蹴られる。堪え難い激痛が全身に走る。そのまま彼の意識は、ブラックアウト。全身を複雑骨折と裂傷に見舞われていた。
だが、彼はまだ幸運だった。先頭にいて爆発に最も至近で巻き込まれながらボディーアーマーのおかげで、彼のひどくとも負った傷はそこまででもなかった。
気絶した彼の付近では、苦悶の声が上がっていた、
破片が内臓に突き刺さったもの、タクティカルゴーグルが砕け、その破片が眼球を直撃したもの、肋骨が衝撃でおれ肺に突き刺さったもの・・・。精鋭であるSATの隊員は、全員行動不能に陥っていた。
この事態を引き起こしたものは、木原雅彦が見逃してしまったブービートラップ。極細のピアノ線とそれに連動した小型爆弾。爆薬の高性能化が進んでいる現代でも小型であるために殺傷力に限界はあったが、それでも数十人を行動不能に陥れる威力を持っていた。
それが炸裂したのだ。
結局のところ、テロの鎮圧は無事に成功した。もう一隊のSATが急襲し、犯人は全員射殺。人質は、無事解放という警察にとってはまずまずの成果を収めた。
だが、その裏で1人の隊員が責任を取らされ、懲戒処分されたことは誰も知らない。