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シャレイドスコロプの街  作者: プリズモリイの箱
第二章 雲菓子職人
7/8

不思議な雲菓子

シャレイドスコロプの中心には、大きな円形の噴水広場がある。

朝の光を受けて噴水の水しぶきがきらきらと輝くさまは、いつ見ても美しく感じるものだ。

私はそばにあったベンチに腰かけ、しばしそのきらめきを眺める。

太陽がシャレイドスコロプの街全体を照らしたちょうどそのとき、私の耳に聞きなれた声が響いてきた。


ふわふわ くるくる とんとんとん 銀河の雲を よくこねて

ふわふわ くるくる とんとんとん 不思議なお菓子を 作りましょう


菓子売りが広場に入ってきたのだ。

自分の背丈以上もあるワゴンをいとも容易くすいすいと押しながら。

いつも私はこの歌が聞こえてくると広場を後にするのだが、今日は最後まで見届けてみたい気分になり、ベンチに座ったまま待つことにした。


菓子売りは噴水前のいつもの場所に到着すると、たたんでいた屋根を起こして作業台を広げ、ケースから器具をがちゃがちゃと取り出して開店準備を手際よく進めていく。


ふわふわ くるくる とんとんとん 甘くて爽やか すうっと溶ける

ふわふわ くるくる とんとんとん 不思議なお菓子の お店だよ


ワゴンの後部に備え付けられている大型の透明なケースには、綿のように柔らかそうな色とりどりの物体がたくさん入っている。

準備を終えた菓子売りはケースの蓋を開け、その物体を一つかみ分だけ取り出した。


「さぁさぁ、雲菓子を作り始めるよ!最初の雲菓子を口にするのは誰かなあ?」

周りを行く人たちに明るい声で呼びかけて、菓子売りはふわふわとした物体を両手でこね始めた。

すると驚いたことに、その物体の色はみるみるうちに変化していく。

最初は薄い黄色だったものが、オレンジ色、朱色、ピンク色へと徐々に変わっていくのだ。


この物体は一体何だろう?

私は急に興味が湧き、菓子売りのもとへ行ってみることにした。


「おはようございまあす!美味しい美味しい雲菓子、いかがですか?」

私がワゴンへ近付くのに気付いた菓子売りが、元気に声をかけてきた。

「おはようございます。それ、雲菓子という名前なんですね。少しずつ色が変わっていくから、不思議に思いまして。」


手を前後に動かしたり、返して円を描くように丸めたり。

菓子売りは器用に雲菓子をこねていく。


「お客さん、雲菓子を初めてご覧になるんですね。雲菓子は作っていくうちに色がどんどん変わっていく、不思議なお菓子なんですよ。」

たくさんこねて空気が含まれると雲菓子の色が変わるんですと、菓子売りは丁寧に説明してくれた。


「今では私くらいしか雲菓子職人はいませんが、雲菓子はシャレイドスコロプの伝統的なお菓子でね、住民たちの間で古くから親しまれてきたんです。」

作る職人が減ってしまったのは時代の流れでしょうと笑って、雲菓子職人は作業台に雲菓子を打ち付けて表面の気泡を潰した。


「それでは、あなたがシャレイドスコロプ唯一の雲菓子職人さんなんですね。」

「ええ。私の家は古くから雲菓子作りをしてきたもので。一昨年親父が引退して、私が跡を継いだんです。小さな頃から雲菓子作りを見てきたはずなんですが、なかなか親父のように上手くいかないものでね。思考錯誤やってますよ。」

あははと朗らかに笑い、雲菓子職人はこねる手を止めた。


「そろそろだろうな……お客さん、見逃しちゃだめですよ!これから一瞬で雲菓子を仕上げまあす!」


そう高らかに宣言し、雲菓子職人は作業台の端に置いてあった細長い竹串を素早く手に持った。


次の瞬間、雲菓子はぷくぷくと膨らんで宙に浮き、霧のように薄く広がったのだ!

雲菓子職人はその霧を操るように竹串ですくい、きれいな球状にまとめ上げた。

緩急をつけて動かすその鮮やかな手捌きは、まるでオーケストラの指揮をしているよう。


とても華麗だったので、思わずぱちぱちと拍手をしてしまった。

「いやいや、どうもどうも!拍手をもらったのなんて久しぶりだなあ。」

雲菓子職人は目を細めて嬉しそうに笑い、出来上がったばかりの雲菓子をワゴンの手前にセットする。


「まん丸な瞳月ひとみづきが出た翌朝が、一番美しいのを作りやすいんですけどね。」

雲菓子職人は作業を続ける手を止めず、楽しそうな微笑みを浮かべながら説明を続けてくれる。


シャレイドスコロプでは、三日月のことを尻尾月と表現している。

では、瞳月とは満月のことだろうか。

「ご明察!意外と単純でしょう?」

からからと明るく笑い、雲菓子職人は出来上がったばかりの雲菓子を1つ手に取った。


「ほら、お客さん、おひとつどうぞ!お客さんが初めて雲菓子と出会った記念ですよ!」

はい、召し上がれと陽気に歌い、ふわふわと揺れる丸い雲菓子をこちらに差し出す。

初めて見る形の食べ物だ。味の想像が全くつかない。

これはご厚意に甘えてちょっと味見してみることにしよう。


「よろしいんですか?では、ありがたく頂戴します。」

私は美味しそうな綿菓子を受け取り、少し口に含んでみる。

まるで本当の雲を食べているかのような不思議な食感だ。

噛む前に舌の上ですっと溶け、爽やかで清涼感のある不思議な味がする。


「オレンジ…?グレープフルーツ…?なんだか不思議な柑橘系の味がしますね。」

「ふふふ、それは雲菓子が持つ独特の味なんです。うちは香料などの添加物を一切入れないレシピが自慢なんで。」

へへっと嬉しそうに口角を上げて笑い、雲菓子職人は腕を組んで頷いた。


「お客さんは今晩どんな夢を見られるかな?楽しみですね!」

「夢?」

お菓子と夢にどんな関係があるというのだろうか。


「雲菓子を食べると、この世界の誰かが見ていた不思議な夢を、追体験のように自分も見られるんですよ。それが雲菓子の大きな特徴で。」

にわかには信じがたい話だ。夢の追体験ができるだと?

「つまり、ほかの誰かが見た夢を、私も同じ内容で見られるってことですか?」

「そういうこと。雲菓子の原材料である夢雲は、この空に漂流しているたくさんの夢が雲みたいに変化したものでね、それを特別な方法で練り上げたお菓子が雲菓子なんです。」


突然現実的でない言葉がぽんぽんと飛び出してきて、私は少し混乱した。

「ええと、眠っているときに見るあの夢…が雲になるんですか?」

「そうとも。あら、お客さん、疑ってるな?ここシャレイドスコロプでは、非現実と思えることでも信じれば現実になるんですよ?」

微笑みを浮かべた雲菓子職人の眼が怪しくギラリと光り、私は思わず背筋を伸ばしてしまう。


「夢雲…というんですね。とても興味深い物体です。」

その場の空気が変わる前に、私は慌てて口を開いた。

すると、雲菓子職人の眼からは怪しい雰囲気がすっと消え、朗らかな目つきに戻った。


「そうでしょうそうでしょう。とても奥深いんです。私も二年前から頑張って研究してるんですが、コツというか…雲菓子作りの芯の部分がなかなか理解できなくて…」

困ったように頭を振り、雲菓子職人は首をすくめて見せた。

「お客さん、よかったら雲菓子作り、手伝ってくれませんか?初めて見る人の意見を取り入れれば、何かヒントを得られるかもしれない!」


拝むように手を合わせながら困った表情を浮かべる菓子職人を見て、助けになりたいという気持ちが湧いてきた。

「素人の私でもよろしいんですか?お菓子なんて作ったことがないんですが。」

「ええ、ええ!もちろんです!お客さん、何だか鋭そうだから…斬新なアイディアとか期待してますよ!」


夢雲を調べるよい機会ができた。

菓子作りについての不安は多少残るが、雲菓子についても細かく観察してみよう。


「おにーさん!雲菓子ちょうだい!」

私たちが日程について話していると、小さな子どもが銅貨を握りしめて次々とこちらへ駆けてきた。

「はいよ!どの雲菓子にするかい?」

雲菓子職人はぱっと明るい笑顔を浮かべ、子どもたちに話しかける。

私は残りの雲菓子を食べながら、てきぱきと接客をする姿を見守った。


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