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シャレイドスコロプの街  作者: プリズモリイの箱
第一章 星くず拾い
5/8

追憶の星くず

夜の公園には空気をぴんと張りつめるような静けさがある。

賑やかな子どもたちの声も聞こえず、遊具で遊ぶ人影もない。

ぽつんと立っている街灯でさえ、なんだか寂しそうに感じられた。


「お兄さんが遊んでいた植え込みは、どの辺りにあったんですか?」

突然少年に尋ねられ、私は朧げな記憶を再び手繰り寄せる。


「たしか…公園の奥の…背の高いカエデの木の近くに…」

記憶と重ね合わせながら公園を見回すと、あの木だ!

思い出の姿そのままに、青々と茂ったカエデの木が生えている!


慌ててきょろきょろと周りを見ると、その近くに秘密基地への入口となる大きな植え込みがあった!

ここはシャレイドスコロプのはずなのに!


混乱しながらも込み上げる懐かしさに背を押され、一歩、また一歩とあの空間を目指す。

そうそう、入口は枝が被さっている上に、子どもしか入れないほど小さいから、最後まで大人に見つからなかったのだ。


手に持っていた星くずをポケットにしまい、こどもの頃いつもやっていた通りに、四つん這いになって進んでいく。

すると……あったあった!

秘密基地だ!


ぽっかりと開いた空間は思い出のとおりで、非情な時の流れから守るように私を包み込んでくれる。

月明かりが葉の影から漏れてきらきらと光が舞い踊り、とても美しい。


しばらく呆けたようにその場にしゃがんでいたが、ふとなぜか足元の地面が気になり、掘り返してみる。

大きな琥珀色の星くずが、ごろんと私の手に収まった。

通常の星くずよりも強い輝きを放ち、色合いが濃くとても深い奥行きがある。

眺めていると、なんだか星くずの中にすうっと吸い込まれてしまいそうだ。


「……さん……お兄さん…ねえ、拾えましたよ!…お兄さん!」

少年が呼びかける声が耳に入り、はっと我に返る。

秘密基地の中でしゃがんでいたはずなのに、私はいつの間にか両足で地面にしっかりと立っていた。


手には琥珀色の大きな星くず。

ポケットにも、あらかじめ持っていた黄色の星くずの重みを感じる。

しかし、今立っている場所は、先ほどまでいたはずの秘密基地ではない。

きれいさっぱり無くなっている!

あの大きな植え込みや、そのそばに立っていたはずのカエデの木さえも。


呆然とする私に理解させようと、少年はゆっくりと話し始めた。

「お兄さんがさっきまで見て、感じたことは、ええと……星くずが見せる幻影、みたいなものです。星くずを握ったまま、思い出に強く心が動かされると起こる不思議な現象なんですよ。その証拠に、ほら、どこも汚れてないでしょう?」

そう言われ、地面に付いたはずの手や膝を見る。

砂粒ひとつついておらず、きれいなままだ。

確かに地面に手と膝をついた感触はあったのだが…


「この現象が起こる原因はまだ解明されていませんが、自分の心や星くず同士の波動が干渉し合って起こるのではないか…と言われているんです。……それにしてもすごいなあ、初めてなのにすぐ見つけちゃうなんて!」

『狐か狸に化かされた』とは、こんな状態のことを言うのだろうか。

何が何だか分からないが、私は無事に隠れた星くずを見つけられたようだ。


「ああ、きみがガイドをしてくれたおかげだよ。とても貴重な体験ができた。」

うんうんと嬉しそうに少年は頷き、話を続けた。

「この方法で探せた星くずはとても貴重で、記憶をきっかけとする意味も込めて『追憶の星くず』と呼ばれています。1つずつ違う輝き方をするんですよ。」


そうなのか。

手の中で輝く星くずを眺めているうちに、私は幼いころ図鑑で見る琥珀の化石に夢中になっていたことも思い出した。

それから、初めて妖怪の図鑑を見たときは少し怖かったこと、空想の世界に浸れる小説や童話も好きだったこと…


まるで噴水のように子どもの頃の懐かしい思い出が次々と湧き出て、心の隅々まで行き渡るように広がり沁みていく。


「追憶の星くず探しはずいぶんと幻想的なんだね。それじゃ、思い出の数だけ星くずを探せるということかな?」

「極端に言うと、そうですね。でも、同じ記憶でも感じ方が違うときがあると、別の星くずが見つかる場合もあるんですよ。」

少年は心から楽しそうに笑い、にっこりと微笑んだ。


「今晩くらいは、記憶の底にしまい込んでいた思い出に浸ってみてはいかがですが?星くずは、まだまだたくさんありますよ。」

誘われるまま、ガラス瓶の中に手を伸ばす。


次は赤い色の星くずだ。

明るく鮮やかに光る様子は、あのとき見た炎星の輝きと同じ。

そう、あれは蒸し暑い夏の夜。

私はなかなか寝られなくてベランダに出た……


ふと気付けばもうすっかり月は沈み、眩しい太陽が顔を覗かせていた。

街の中をあちこち歩いた挙句、私たちはいつもの広場に辿り着いていた。

少年のガラス瓶には最初の頃に見つけた星くずのほかに、色とりどりの『追憶の星くず』がたくさん詰められている。


あれから私は、忘れかけていたさまざまな記憶を思い出した。

父親と一緒に虫取りをして楽しかったこと、アジサイが咲き乱れる小道を見つけて嬉しかったこと、空想小説や童話は最後まで手放したくなかったほど大好きだったこと……


自分でも忘れていた記憶たちが、色鮮やかに蘇った。

こんなに感情があふれそうになったのはいつ以来だろうか。

一晩中星くずを探し歩いた疲労感はあるが、とても充実した気持ちだ。

そして、この胸が張り裂けそうなほど懐かしく感じる気持ちは一体なんなのだろう。


「たくさん見つかりましたねぇ。お兄さん、素晴らしい星くず拾いの才能を持っていますよ。」

たくさん歩いたせいか、頬を淡いピンク色に染めた少年が嬉しそうに話しかけてくる。

「あぁ、まさかこんなに見つけられるなんてね。自分でも驚いているよ。」

美しく輝く大きな星くずを改めてじっくりと見つめる。

どれも蘇った大切な思い出とともに生み出された結晶ばかりだ。


「もしよければ、お兄さん、好きなのをひとつどうぞ。せっかく見つけた星くずなんですから。」

私の顔を見ながら、少年は嬉しそうにガラス瓶を差し出した。

「いいのかい?私がもらっても。」

「ええ。僕もお気に入りの星くずを見つけたときは、自分でとっておくんです。元気を出したいときとかに見ると、まるで生まれ変わったような気持ちになれるんですよ。」

「そうなんだね。それじゃ……この星くずをいただくよ。」

私は、透明感のある褐色の星くずを取り出し、少年に礼を言った。


星くずは朝日に照らされて、淹れたてのコーヒーのようにきらきらと光っている。

いつの日か物書きを辞めたときは、静かで落ち着いた小さな喫茶店を営んでみたいものだ。

独り言のようにそんな夢を呟くと、少年はうんうんと頷いて、お店を開いたらぜひ教えてくださいねと笑った。


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