宝探し
あれから毎朝、私は少年と朝の広場でさまざまな会話を楽しんだ。
私が広場に到着すると、いつも少年は既にベンチで丸まり休んでいる。
声をかけると嬉しそうに飛び起きて、尻尾をぴんと立ててくれるのだ。
そして菓子売りがワゴンを押して広場に入ってくると、急いで広場から走り去る。
私がこの街に来る前にも、少年はそのような生活を送ってきたのだろう。夕方から夜を通して星くずを探し、朝になったら鑑定屋に持っていく。
「たまには子どもらしく、一日中遊びたいと思わないのかい?」
ある日、ふと気になり私は少年に尋ねてみた。
昼間は学校へ行き、帰ったら疲れ果てるまで遊ぶ。
私がイメージする子どもの生活とは、そのようなものだったからだ。
しばしの沈黙。
腕を組み、うーんと首を曲げて少年は感慨深げにぽつぽつと呟く。
「むぅ……僕にとって星くず拾いは遊びみたいなものだし……仕事と思ってやってないからなぁ…」
うーうー唸りながら言葉を探していたが、急にぱっと顔を明るくして嬉しそうに声を張り上げた。
「宝探し!宝探しのような気分なんです!今日はどこに星くずが落ちてるのかなーってわくわくしたり…意外な場所で見つかってドキドキしたり…とっても楽しいんですよ!」
輝くような笑顔を私に向け、少年はふんふんと満足そうに頷いた。
宝探しか……
最後、無邪気に遊んだのはいつだっただろう?
「そうだ!明日、お兄さんも一緒に星くずを拾いませんか?きっとすごく楽しいですよ!」
私が黙ってしまったのが気になったのか、少年はぽんぽんと手を叩いて嬉しそうに言う。
そうだな、遊びに近いのかもしれないが、何か執筆の参考になるかもしれない。
「いいのかい?誘ってくれてありがとう。それじゃお言葉に甘えて。」
そう返事を返すと、少年は勢いよく頷く。
「はい!よければ、さっそく明日にでもいかがですか?僕、いつも夕方から探し始めてるのでよろしくお願いします!」
ぺこっと頭を下げ、笑いながら少年は目を細めた。
翌日、橙の空に紫のベールがかかる頃。
私は駅の入口で少年を待っていた。
シャレイドスコロプの空の色は、まるで水彩画のようだ。
鮮やかな色から深みのある色へと、絵の具が滲むようにじんわりと変わっていく。
端から端まで広がるグラデーションのあちこちで、鳥が縦横無尽に空を駆ける。
待て、あれは本当に鳥なのか?
しばらく眺めていると、ぱたぱたと軽い足音が遠くから聞こえてきた。
「すみません!お待たせしました!」
大きな帽子をふわふわと揺らして、少年が姿を現した。
丸いガラス製の瓶を左腰に身に付け、手に長細い探知棒を持っている。
紺色に染まりつつある空をくるくると見回し、ふんふんと頷いた。
「今日はちょっと多いかなぁ…家が集まっている方から行きましょうか。」
道に視線を落として、少年はゆっくりと歩き出した。
ときどき探知棒でコツコツと地面を叩きながらも、目的地が決まっているかのようにまっすぐ進んで行く。
「落ちている星くずの量や場所は、事前に分かるものなのかい?」
「はい。夜空で光る星の明かりが変わるんです。強く輝いたあと、翌日暗くなれば星くずを拾える可能性が高いんですが…絶対ではなくて…」
少年は恥ずかしそうに笑い、細い路地に入った。
道端には橙色の光を投げかけている街灯がところどころに立っているが、全てを照らすには間に合っていない。
路地の奥の方は街灯の光も届かず、家々の明かりに紛れて漆黒の闇がこちらを誘うように広がっているように見える。
「ほら、あの奥。星くずがあるみたいなんですが、この間呼んだ冒険小説に出てくる洞穴の挿絵にそっくりで…ドキドキしますね!」
えへへと笑い、少年はうきうきとした足取りで歩みを進めた。
本当に本が好きなんだな。いつもこんな空想をしながら星くずを探していたのか。
だんだんと暗さが増していく。
家々の明かりも届かぬほどの奥に来た頃、小さな水色の光がぽつんと地面に見えた。
「あ…ありました!ソーダ星雲の星くずでしょうか…予測通りの場所です。」
少年は星くずに向かってちょこちょこと近づき、手袋をした小さな手でそっと拾い上げた。
「へえ、こんな感じで探していくんだね。少し見せてもらってもいいかい?」
手のひらの上の星くずは、ほんのりと美しく光っている。
駅の床の装飾に使われていた星くずより大きく、深みがあって趣のある色だ。
表面はさらさらとした手触りで、磨りガラスのように少し曇っている。
「加工済みのものも透明感があってきれいですが、僕はこの霞がかかった色合いの方が好きなんです。」
拾った星くずを大事そうにガラス瓶に入れ、少年は再び探知棒でコツコツと地面を叩いた。その動作を私が不思議そうに見ていたのを察してか、丁寧に説明してくれる。
「星くず同士は微弱ながら波動を出しているので、探知棒で衝撃を与えると反応が返ってくるんですよ。その反応は小さな振動になって、探知棒に伝わるんです。」
「夜空の状態である程度場所の把握はできても、文字通り手探り状態で星くずを見つけていくわけだね。」
「そうなんです!大変そうに思われるんですが、星くずたちと会話してるみたいで、とっても面白いんです。」
空と地面の両方を見て、星くずからの声を聴く。
想像を自由に膨らませられる子どもの心を持っているからこそ、空想の産物であるような星くずを見つけられるのかもしれない。
考えにふける私を見ながら、次に落ちている場所はここから近いですよと嬉しそうに笑って少年は歩き出した。
もう何時間経っただろうか。
空高く昇った月は煌々と輝き、人も全くといって見当たらない。
街中を歩き回り、少年の腰に下げたガラス瓶には色とりどりの星くずが詰められている。
星くずが見つかった場所は道路の上やお店の裏庭、ときには民家の屋根の上などさまざまだ。
「ずいぶんとたくさん拾えたね。今のところはスムーズに見つけられているようだけど。」
「はい。今晩は調子がいいみたいです。でも、『宝探し』の本番はこれからですよ!」
キラリと目を輝かせて、少年は説明を続ける。
「予兆も出ず探知棒を使っても発見できない場所にも、星くずは存在しているんです。その星くずを見つけるには、特別な方法で探す必要があって…」
言葉を切り、おもむろにガラス瓶の蓋を開けて、小ぶりな桃色の星くずを1つ手に取った。
「星くずを握りながら、思い付いた場所を探すんです!」
胸を張って得意気な顔をする少年とは真逆に、私はひどく困惑した。
そんな勘に頼るような方法で、隠れた星くずは本当に見つかるのだろうか?
先ほどまでの探知方法はまあまあ理解できたが、これは現実的な方法ではない。
「あ、お兄さん、疑ってますね。ほら、一緒に探してみましょうよ。」
どうぞとガラス瓶を勢いよく差し出し、少年は大きな目で私を見つめる。
せっかくの少年の誘いを断るのも申し訳なく、私はしぶしぶ黄色の星くずを摘まみ上げた。
「私がやっても慣れてないから…全く見つからないかも……」
まるで言い訳のようにぶつぶつと呟いていると、少年の元気よい声にかき消された。
「そんなことありません!星くずを握りながら、子どもの頃のことを思い出してみてください!」
物は試しだ。
珍しい体験をするいい機会だと考え直し、言われた通りに試みる。
子どものときの思い出…
片手で数えるほどしか思い出せないが、必死に記憶の断片を掴んで手繰り寄せる。
部屋いっぱいに集められた本、図書館での読書、友達とのふざけ合い…
そうだ、みんなで秘密基地を作ったときはとても楽しかったな。
公園で遊んでいたときだ。
大きな植え込みの中にぽっかりと開けた空間があって、誰かがその場所を秘密基地として使おうと提案したのだ。
成長して幼稚な遊びを卒業するまで、小さな子どもの頃は時間が許す限り友人たちとその場所でたくさんの時間を過ごしていた。
「…何か大切な場所を思い出したみたいですね?では、その場所へ行きましょう!」
くいくいと私の袖を引っ張り、少年が嬉しそうに促した。
「でも、私が思い出した場所はこの街にある場所ではないよ。」
一体どこへ向かうというのだろう。私は面食らった。
「いいえ、そのまま星くずを握りながら、思い出の場所に似たところへ行くんです。行ったら全てが分かりますよ!」
身体を揺らしながら、少年は愉快そうに話す。
まるでこれから楽しい遊びを始めるかのようにわくわくとしている少年の態度につられ、つい思い出したことを口に出してしまった。
「よく遊んでいた公園に大きな植え込みがあって…その植え込みの中を、友人たちと秘密基地として遊んでいたんだ。」
「わあ!面白そうですね!それじゃ、とりあえずシャレイドスコロプにある公園に行ってみましょうよ!」
弾けるような笑顔の少年に手を引かれ、言われるまま私は星くずをぎゅっと握りしめて足を踏み出した。