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Automata:2018/06/03 - 02:02:17

作者: 志室幸太郎

 深夜二時を回った頃。静まり返った埠頭には海からの生ぬるい風が吹きつけていた。

 コンテナに背を預けた男は背広を脱いで脇に抱えており、肌は暑さと緊張による汗でびっしょりと濡れている。

 約束の時間からもう一時間以上経っていた。それでもこうして待ち続けるのは、“命が懸かっているから”に他ならない。


「どうも」


 突然上から声をかけられて、男は年甲斐もなく身体を震わせた。

 背にしていたコンテナの上を見上げると、いつの間にかそこには人影があった。黒いパーカーを着た男はフードを深く被っており、その表情はよく見えない。


「お、遅いじゃないか……! もう来ないのかと……」

「約束の時間には来てましたよ。でも周囲で誰か仲間が見張っていないかとか、本物を持ってきたのかとか、色々なことを確認してたんです」


 フードの男はコンテナから飛び降りて男の前に立つ。


「君が、折紙ヒノテ……なのか……」

「ええ。僕のことはいいですから、早く“異端書”を出してください」

「あ、ああ」


 言われて、男は足元に置いていたアタッシュケースを抱え上げ、慎重にロックを解除してそれを開いた。独特な甘い匂いが溢れ出る。ゆっくりと回転させて、折紙ヒノテの方へと向けた。

 一見それは人形だった。焦げ茶色の人型が、大の字を描いて横たわっている。しかし折紙はその上に手を置くと、右手のあたりをつまんで“めくった”。


「……確かに」


 それは本だった。鳩尾のあたりを中心に、地球上には存在しない文字が幾何学模様のように描かれている。パラパラとめくっていくと、それはアニメーションのように立体感を伴って蠢く。


「苦労したんだ……。さあ、“エトセトラ”へ連れていってくれ」

「それはできませんね」


 即答され、男の頬に汗が伝う。


「な、なぜだ……! 話が違う、“カヤの書”を渡せば――」

「いいや、話した通りです。あなたはカヤの書を“誰にも悟られず一人で”持っては来れなかった」


 ヒノテはコンテナによってできた路地の入口の方を指差す。示す先を見て、男は目を見開いた。

 そこにはいつのまにか、二つの人影があった。

 一人は三十代と思われる無精髭を生やした優男。そしてもう一人は、ゴシックなデザインのワンピースを着た赤縁眼鏡の少女。この時間この場所に偶然通りかかることはまずない組み合わせだった。

 それはつまり、二人が男を追跡してきたということを示している。


「まさか……執行部――」

「や、どうも。情報部の林田さん。カシワギです。その本返してもらいに来ましたよ」


 林田と呼ばれた男はアタッシュケースを閉じ、その場に置いて後ずさる。


「か、返す! すまない、出来心だったんだ」

「あー、林田さん逆です逆。出来心じゃ済まないんですよ。だから我々が来たわけで――と言いたいところですが、今回は少し特別かもしれませんねえ」


 そう言って、カシワギと名乗る男は折紙ヒノテを見た。


「エトセトラの人間を引きずり出してくれたわけなんで、もしかしたらチャラになるかもですけど」

「――けど?」

「その人は許してくれないんじゃないかなあ、と」


 言われて林田がヒノテを見ると、ヒノテが伸ばした手がその顔を鷲掴みにした。それはプロレスの技であるアイアンクローのようだったが、ヒノテは特に力を入れたわけではなかった。

 しかし、林田の顔はみるみる苦痛に歪んでいく。


「あ、熱い……!? なんだ、やめろ……!」


 ヒノテが触れている部分から、白い煙が立ち上り始める。林田はすぐにその手を振り払った。ヒノテが触れていた部分は焦げたように黒くなっており、その領域はじわじわと広がり始めている。


「ああああ!! 熱い!! 助けてくれ!!」

「どちらに転んだとしても、あなたを助ける人はもういない」


 ヒノテがそう言い捨てると、ついに林田の顔面が発火した。火のついた紙のように一気に燃え広がり、その姿は跡形もなく消え去った。

 そして何事もなかったかのように、足元のアタッシュケースを拾い上げる。


「……触れた物質をイデア側から燃え上がらせる能力、と言ったところかな。それで名前がヒノテとは、ちょっと安直すぎないかい?」

「文句は名付け親に言ってください。さて、このまま帰してはくれないんでしょうね」

「まぁ、そういう仕事で来たのでね。ミマサカ」


 呼ばれて、カシワギの傍らに隠れていた少女が前に出る。


「意味もなく女の子を連れてくるわけがないとは思っていましたけど、やはりそういうことですか」

「そういうことですね。俺はただの――“ねじ巻き”おじさんさ」


 そう言うと、カシワギは背後からミマサカの首に腕を回す。そして力を込め、頸動脈を圧迫し始めた。血流が阻害され、ミマサカの意識が遠のいていく。


「っ……!」


 その意図に気づいたヒノテは、地面に手をつく。そして能動的に意識レベルを低下させ、アスファルトに含まれる油分の心に“干渉”した。

 それは燃え上がり、ヒノテの意思に応じて真っすぐにミマサカへと伸びていく。

 それとほぼ同時に、ミマサカの意識が失われた。

 瞬間。

 ミマサカの身体がなにかに弾き飛ばされたかのように宙を舞った。迫り来る炎を飛び越え、放物線を描いてヒノテの方へと落下していき、空中で捻りを加えた蹴りを放つ。

 ヒノテは能力の行使を止め、ギリギリのところで横に転がってそれを回避した。


「“トランス状態”……!」


 それは“入神状態”とも呼ばれ、催眠などによって表層的な意識が消失し、心が持つ衝動が表面化する精神状態のことを指す。荒っぽいやり方ではあったが、現象としては似たものだった。

 だがそれだけでは、ミマサカの超常的な跳躍を説明するには至らない。

 考えている間にも、明らかに意識を失っているミマサカはヒノテを方を向き、不自然な予備動作から飛び上がって、鋭い回転蹴りを繰り出す。

 ヒノテはアタッシュケースを盾にしてなんとかそれを防ぐが、小柄な少女の力とは思えない衝撃を受けて地面に叩きつけられた。

 五メートルほど転がったところで体勢を立て直し、ミマサカの方へ向き直る。額の裂傷から流れた血が頬を伝い落ちた。


「ねじ巻き――まさか」


 蹴りを放った右足の先が不自然な方向にねじ曲がっているのを見て、ヒノテは納得した。再度意識レベルを低下させ、“イデア”を見る。

 ミマサカの背後には、ミマサカの身体を離れた心が立っていた。


「自分の身体を、イデアから操作しているのか……!」


 足を骨折しているにも関わらず、ミマサカは操り人形のようにヒノテの方へと歩き出す。

 おそらくミマサカは、身体が壊れようとも自分を捕らえるだろう。そう考えたヒノテは退却することを選択するが、それすら難しいこともよくわかっていた。

 逃げようとしたところで、ミマサカは折れた足で理想的な走りを見せ、すぐに追いつかれる。

 ならば――。


「虎穴に入らずんば虎子を得ず……」


 ヒノテはそう呟いてアタッシュケースを開いた。カヤの書を取り出し、ケースを投げ捨てる。そしてすぐに顔の血を拭って、表紙にそれを吸わせた。

 ミマサカが徐々に歩幅を広げ、距離を詰めてくる。だがその間に、カヤの書がみるみる“巨大化”していった。

 そしてそれは最終的にヒノテよりも大きな人の形となり、ミマサカが助走をつけて放った拳を易々と受け止めた。


「まずいな……」


 戦況を見守っていたカシワギは、困ったように頬を掻いた。

 ミマサカはその四肢を鞭のように振って打撃を浴びせるが、人の姿となったカヤの書は一切ダメージを受けた様子を見せない。一方で、ミマサカはその身体の酷使によって限界が近かった。


「同じ操り人形同士なら、肉体を持たない書物の方が優位。やれ」


 防御に徹していたカヤの書は、ヒノテの命令を受けて掌底を放った。それはミマサカの胸に直撃し、はるか後方へ押し飛ばされる。その先には漆黒の海が。


「くそっ……!」


 カシワギは即座に走り出し、ミマサカの身体を受け止めてアスファルトを転がった。肺を損傷したのか、少女は苦しげに喘いでいる。


「僕の目的は達しました。大人しく見逃して、その子をちゃんと治療してあげてください」


 そう語るヒノテをカヤの書が抱え上げ、重力などまるでないかのような跳躍で内陸の方へと逃げ去っていく。

 カシワギは満身創痍の少女を抱きかかえ、それを見送ることしかできなかった。


「……こりゃ始末書だな」


    ・・


 五良南高校の屋上で、一人の男が煙草を咥えて空を見上げていた。

 背後では生徒たちが体育の授業に励む声が響いている。フェンスに背を預けてぼうっとしていると、階段を上ってくる音が不規則なリズムで聞こえてきた。


「煙草、身体に悪いですよ氷室先生」

「お前にゃ心配されたくないね」


 屋上に現れた松葉杖をついた少女、天野ミマサカは、折れた右足を気遣いながらゆっくりと歩く。たっぷりと時間をかけて教師である氷室カシワギの隣へたどり着き、腰を下ろした。


「もう大丈夫か?」

「ええ。先生が綺麗に“繋いで”くれましたから」


 言いながら、ミマサカは四肢に残る傷の痕を撫でる。


「……悪いな、こんなことをさせて」


 カシワギは天を仰いだまま呟く。そんなカシワギの横顔をミマサカは微笑んで見つめた。


「怖くないと言えば嘘になります。でも私に役割を与えてくれたのは先生ですし、居場所をくれたのも先生です。それに傷ついても、先生が癒してくれますから」


 ミマサカは少し躊躇ったが、カシワギの肩に頬を寄せる。


「私は傍にいますよ、先生」

■記録対象

・天野ミマサカ(偽名)

特殊能力:オートマタ

暦史書管理機構執行部所属。

意識を失い、イデアから直接自身の身体を操作することで驚異的な身体能力を発揮する。

ただし肉体の耐久性を意識しない動きも可能になってしまうため、激しい戦闘のあとは例え攻撃を受けていなくても行動不能になる場合がある。


・氷室カシワギ(偽名)

特殊能力:心の接合

暦史書管理機構執行部所属。

ミマサカの能力と身体の管理を行う。

人体を単純な物質としか見ていないため、そのイデアを分解したり接合したりできる。

当然その個体の心身の構造を熟知している必要がある。


・折紙ヒノテ

イデアから物質を燃焼させる能力を持つ。

折紙カナエの次男。


・カヤの書

生きている書。血を吸うことで一定時間起動する。

それはオリジナルジーンを持つアダムの元となった人間の理想を再現したものであり、エーフェスへと近づく鍵にもなる。

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