百十話目 勇者と対になる者
6月1日の更新です。
本日も宜しくお願い致します
《side:裕翔》
《タタタ、タタタタタ、タタタ》
リズミカルな音をたてながら、俺達はアジトへ向けて走っていた。屋根の上を。
王様へ謁見するまでの時間が、こんなに苦痛だった事は今まで無い。
俺達の為に、王様は仕事を一時中断されてまで話を聞きに来てくださったんだから、いつもよりも待たされた記憶は無い。けど、それでも時間はかかってしまった訳で…。
屋根から飛び移る際にチラリと太陽の方角を見る。
太陽は西の空で真っ赤に燃えていた。それに伴って街灯が灯り、辺りは薄暗くなり始めていた。
まぁ、そのお蔭でこうして屋根の上なんか通ってショートカットしても目立たない訳だけど、その分アジトへ帰るのが遅くなってしまっているとも言えた。
《シュタタタタン》
屋根からアジトの裏庭へと降りる。
大分時間が経ってしまった事と、スー君の事情を考えるだけで足が重くなる。
「……」
「…」
どうやら他の2人も俺と同じらしく、道中も含め、彼らと言葉を交わしたのは2~3度程だ。
《カチャ、キーー》
いつもよりも明らかに静かなアジトの扉を、俺は、緊張からか動かしづらくなっている指を無理矢理動かして、ゆっくりと開ける。
渇いた喉がヒリヒリと痛んだ。
◇◆◇◆◇◆
《side:???》
「そうだ、イチ。ガルネクはどうなった?」
《はい。ご命令通り、跡形も無く燃やしました。一応【核】は火をつける際に回収致しましたので、奴めが勝手に研究していた【強化戦士】の詳細と成果が分かるかと…》
「そう。ご苦労様♪正直ガルネクなんかどうでも良いけど、強化戦士は気になるからね?ありがとう、イチ」
薄暗い部屋の中、何か紫色のポワポワした光が浮いているお蔭で、辛うじてその場にいる人物の輪郭が見えるくらいの部屋に、人影が1つ、動いていた。
フカフカのソファーに腰を下ろし、側に置かれた小さなテーブルの上、そこにちょこんと置いてある、ワイヤレスのスピーカーの様な機械から聞こえてくる声に向かって、その影は楽しそうに会話をしている様だ。
ゆらゆらと影の周りを漂う光に照らされて、目深に被っているフードが揺らめく。
《勿体なきお言葉、ありがたき幸せにございます》
「フフフ、やだなぁ。そんなに固くならないでよ。イチ」
《はい、魔王様》
「むっ。イチ、その呼び方止めてよね?僕、そう呼ばれるの嫌~い」
《もっ、申し訳ございません》
フードの男…魔王がムッとした声をあげると、スピーカー越しにイチの慌てた様な声が聞こえてきた。
「フフフ、冗談だよ。今、僕は凄く気分が良いからね♪そんな事じゃ怒らないさ☆」
《しっ、失礼致しました》
「フフフ、本当にイチは真面目だよねぇ?あっ、そうそう。生き残りのスペアはどれくらいいるの?」
《はい…。9人回収させて頂きました》
イチの答えを聞いて、魔王は楽しそうにテーブルの上のスピーカーに良く似た機械を持ち上げて、
「あれ~?イチ、その研究所にはスペアが何体残っていたんだっけぇ?」
と、意地の悪い笑みを浮かべた。
《…………9人です》
暫しの沈黙の後、イチは答えづらそうに、小さな声でそれに答える。
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!イチは優しいなぁ。良いよ?僕が皆助けてあげる。さぁ、早く帰っておいで?」
《ありがとうございます》
「うん。それじゃあ、後でね?」
《プチッ》
軽い音をたてて通信が途切れる。
魔王は通信が途切れたスピーカーらしき装置をそっとテーブルに戻すと、
「フフフ、楽しいなぁ。愉快だなぁ。フフフフフフ、今日は良い事が盛り沢山だ♪」
と、笑いながら部屋の奥へと歩き出した。
どういう仕組みなのか、紫色の明かりはフヨフヨと魔王の後をついていく。
「フフフ、フフフフフ」
やがて魔王が部屋の奥へと辿り着くと、魔王の目の前に大きな円筒形のガラスの筒が姿を現した。
周囲など殆どよく見えない程薄暗い部屋の中で、ガラスの筒の中の様子だけはよく見える。
それはまるで、水族館の水槽の様だった。青白い光が更にそう見せてくれるのだろうか?
そして、それはカベルネのスペアが培養されていたものよりも大きく、ガラスの筒に繋がれている機械らしきものの数も桁違いに多い。
「はぁ、ようやく、会えましたね♪」
恍惚とした表情の魔王がガラスの筒に手をそっと這わせ、愛おしそうに見つめる先には、一糸纏わぬ姿の、首の無い女性が浮かんでいた。
「貴女の顔はどんな顔だったのです?あぁ、早く貴女の顔が見てみたい…」
ガラスの筒を撫で回しながら、魔王はウットリと首の無い女性を見上げている。
「あぁ、邪神様」
《コポリッ》
水槽の中の泡が、音をたてて割れた。
本日も此処までお読み頂き、ありがとうございました。
明日もまた18時頃更新致しますので、宜しくお願い致します。




