守護獣
あれから4時間くらいが経った。
と言っても、辺りの景色がさっきより暗くなったからそれくらいかなって感じただけで、時間の概念も同じかどうかわからないから多分そのくらいだと思う。
それでも、体感的にはしっかりと休むことができたおかげで体力もだいぶ回復したので今は火山の方向へ進んでいるところだ。
途中あったことといえば、さっきいたところよりも随分と温度が上がって暑くなってきたことと、スライムを真っ赤に染めてもっとプリンみたいにしたのが出てきたりした。
アイシャに聞くと、あれはこの辺りに生息してるレッドプリンっていうらしい。見た目のまますぎて笑ってしまったけど、今の俺が挑むと能力差があり過ぎて瞬殺って事らしいからこっそりと進むことにする。
でも、さっきのスライムとの戦闘が効いたかなと思う瞬間もあった。例えば毛に炎を纏ったエンネズミが出てきた時には、黒双剣だけで倒すことができたし、これならどんどん召喚して欲しいんだけど、スライムは一体どこから来ているんだろうか。まあ後で聞けばいいかな。
あ、これは後でわかった話なんだけどエンネズミはこの辺で一番弱いらしくて、7歳くらいの子で戦闘経験なくても倒せるレベルらしかった。
しばらくはあそこで経験値稼ぎかな〜。
そんな考え事をしていると、目の前の景色がだんだんとはっきりしてきた。
アイシャがさっき言っていた火山が見えてきて、その下には煙を吐く5本の柱。
そのさらに下に、何かの建物がたくさん並んでいることが見て取れた。
「蒼真くんあれが見える?」
「大きい火山と柱と建物が見えてるけど、あれがアイシャの言ってたところ?」
「細かくありがと。あそこが私たちが行こうとしてるところ、ラトシュ。火山と炭鉱の街だよ。」
火山と炭鉱の街。あの大きな火山とその麓でとれる炭鉱がシンボルになっているというか……。
他には、火山灰を肥料にした野菜や、聞くところによるとそばに近いものも置いてあるらしいから是非食べて見たい。
それと、身につけると身体能力が上がる──かもしれない──アクセサリーがあるらしい。
そしてしばらく進み、あと十数分ほどで到着するというところでアイシャが急に立ち止まる。
「どうし──」
「静かに。」
俺の言葉を遮ったアイシャを見ると、なにやら神経を尖らせているのがわかった。
何かがいるのか俺には見当もつかなかったが、油断は禁物だと思いいつでも戦闘に入れるように警戒する。一応、黒双剣も出しておいた。
そのままゆっくりと進み始め、あと数分のところでアイシャの予感は間違っていなかったことがわかる。
激しい地鳴りとともに、正面に見えている火山の火口付近が赤く光りを浴び始めた。
「あれは……。」
アイシャのその声が聞こえたとき、火口付近の光が徐々に大きくなっていく。
そして、その光は限界まで達したのか一瞬強く光り、一瞬で消えてしまった。
「なんだったんだよ、あれは。」
「まだだよ。」
そんな言葉が自然と口から漏れるほど、気を抜いてしまうが、アイシャがそれを止める。
その直後だった。
突然、アイシャの前方およそ200メートル先に火の玉が湧き上がってくる。
なんだあれは!
多分直径1メートルもないくらいの大きさの火の玉には、悪魔と呼んでも遜色ないほどの不気味な3つの顔があった。
そのどれもが、不気味にこちらを見ている。
「あれは守護獣だよ。炎岩獣って言って普段は街の人を守る役割があるから街の中で暴れない限りおとなしいはずなんだけど……。」
火山から降ってきたのではなく、地面を突き破る形で現れた炎岩獣見たアイシャは俺の方を見て「ちよっと頑張るね」と言葉にしてまた前に向き直す。
それを聞いた俺は黒双剣をしまい少しアイシャと距離を取る。
5メートルほど離れた頃、アイシャの戦闘が始まった。
この状況に普通に対応している俺の適応力ってどうなってるんだろ。なんて考えながらアイシャを見るとまずは魔法の詠唱を始めていた。
魔法陣を右手に現し、その右手を前に出している。
「──汝、流るるは静かに。汝、静寂をもたらせ。おいで、水鬼」
詠唱が終わると地面に人の肩幅ほどの魔法陣が現れ、水色の光と共に何かが現れた。
それは、成人女性ほどの背丈の人型をしていた。人と大きく違うのは、額から伸びた30センチほどの角の存在だろう。
言うなれば鬼。ただし、鬼の島にいるような真っ赤でゴリゴリの鬼じゃなく、角さえ無ければそのあたりにいる女性と比べても遜色ないほどの見た目だった。
そして、水鬼が完全にその姿を現わすと、先に動いたのは炎岩獣。
気づくと、どこからに隠していたであろう手足を器用に使い、アイシャと水鬼にめがけて走り出していた。
よく見ると手足は体の前方に集中しており、その姿は亀に近いだろうか。
近づいてくる炎岩獣を見てアイシャはすかさず水鬼に声をかける。
「水鬼!」
なるほどな。
恐らく、アイシャの戦い方は召喚した水鬼に指示を出して戦闘を行うのだろう。
水鬼は呼びかけでなにをすべきか理解したのか、全身を液状に変化させ地面へと溶け込んだ。
その間にも炎岩獣は速度を上げ、徐々にアイシャとの距離を縮めていく。
が、その体はアイシャへは届かない。
地面に身を潜めた水鬼が、炎岩獣の真下から突き上げ攻撃を繰り出していた。
まるで巨人が赤子を蹴り飛ばすような勢いで吹き飛ばされた炎岩獣は、背中を強く叩きつけたのか、すぐに起き上がることができずにいた。
そして、その隙を水鬼が見逃さずに追撃に転じた。
大きく飛び上がり両手を空へと掲げると、その腕を液状に変化させ大きく振りかぶると、体を前に回転させながら炎岩獣に突っ込んでいく。
鞭のように撓った腕が仰向けに転がる炎岩獣にあたるかと思えたその時だった。
腕を地面に叩きつけたままの姿で固まる水鬼と、まるではじめからその位置にいたかのような姿で立つ炎岩獣の姿があった。
なにが起こった?
一瞬の出来事に頭が追いつかない。いや……。正確には見えなかったのだろう。
その証拠に、炎岩獣が立っている横には水鬼の攻撃とは別の位置で砂煙が上がっていた。
まずい!
あのままだと水鬼が!
そう思いアイシャを呼ぶが、その返事はない。
それどころか、自ら水鬼と炎岩獣に近づこうとしていた。
怖いもの見たさもあるけど、思うように足が動かない。
それは多分今までの生活からは考えられない状況が目の前にあることと、同じ位置に立ちっぱなしだったことの両方が原因だろう。
けど、アイシャが近づく以上置いていかれてレッドプリンに襲われてもシャレにならないからここはとりあえず……。あー、怖い。
「アイシャ!待って!」
「あー、そんなに焦らなくていいよ。水鬼もありがとうね。戻って。」
そう言うと、水鬼の足元に魔法陣が現れ、水色の光と共に消えてしまった。
そして次にアイシャが指差した先にいた炎岩獣は、初めに見た見た目から随分と優しそうな雰囲気に変わっていた。3つの顔が仏に見える。なんて言ったら笑われそうだから心の中にしまっておくことにして、疑問をぶつける。
「でもどうして?」
我ながら言葉足らずだな、と思ったけどそれに答えようとしているアイシャを見て、ただただありがとうと思った。
「んー、なんだろうね。わかんないけど多分大丈夫なんじゃない?ね? 炎岩獣さん」
「スマナイ……。」
ズシンと心臓に響く声でそういうと、何事もなく地面に帰っていった。いや、多分火山かな?そんなことを考えていると、アイシャに呼ばれる。
「蒼真くん!旅にアクシデントはつきものだからね!多分あたし達を何かと勘違いしたんだよきっと!早く行くよ?」
「えー、そんなもんなの?」
「そうなの!」
時間にしてわずか数分の出来事ではあったけど、完全に今日のハイライトはあの岩だな。と思い、アイシャの後に続く俺だった。