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若い二人は生温かく見守られる(マデレイン視点)

※リュカがセシルとダンスを踊らなくなったころ、リュカとセシルは周りからどう見られていたのか。というお話。変態度は(前話よりは)下がっています。


※時系列順にしたかったので、リュカ視点はまた次回投稿で。本編ではリュカのマトモなところは全く描けておらず彼の名誉回復のためにも……と思い書いたのですがあまり回復していない。

「──それで、リュカ様とセシル様はどうして一曲も踊ろうとなさりませんの? マデレイン様はなにかご存じなのでしょう?」


 興味津々といった面もちでセシルの姉・マデレインに尋ねる若いマダムたちは、チラチラとダンスホールへ目を向けている。なぜ婚約者であるリュカとセシルが踊りもせず寄り添うこともなくバラバラの位置で立っているのか。喧嘩しているのか、浮気か、それとも近々婚約破棄する予定なのか。そんなことが聞きたいのだ。

 恋愛ゴシップが大好きな彼女たちにとってリュカとセシルは格好のネタである。


 ──きた。


 マデレインは舌なめずりをした。が、それをお首にも出さず、わざと眉尻を下げて優雅に羽扇子を広げた。


「……本当に困ったものですわ、あの二人には」

「実はわたくし、リュカ様がセシル様を突き放していらっしゃるという噂を耳に挟みましたわ。本当ですの?」

「ええ、ええ。本当のことですわ」


 わざとフウッとため息をついて首を横に振ってみせると、マダムたちは「んまあ!」と大げさに驚いてから、心配そうな顔を作って──しかし目を輝かせて身を乗り出してきた。他人の不幸は蜜の味である。必ずしも悪気はないのだが。


「マデレイン様はお二人をどうなさるおつもりですの?」

「今は手出しをするつもりはございませんわ」

「でも、それでは……リュカ様がもし他のご令嬢となにかがあったら……」


 この場合の「他のご令嬢」とはずばりクリステンのことを指している。クリステンは美女だがクリステンの父と兄の評判が大変悪いため未だに婚約者が決まっていない。恋人として人気があるということと婚約者としてふさわしいかということは全く別なのだ。そしてそんなクリステンがリュカを狙っているという事実には鋭いマダム方はとっくに気がついている。

 別の意地悪な目をしたマダムが口の端をつり上げて笑った。彼女はマデレインへの嫌悪をいつもむき出しにする。


「あらあら、悠長なことを言っている場合ではないのではなくって? クリステン様はお美しいですものねえ……凡庸な見目のご令嬢などクリステン様の前では忘れ去られてしまうのではないかしら。あら、別にセシル様のこととは申しておりませんわ」


 このマダムにとっては美女クリステンが女傑の妹セシルから婚約者を奪い取ったというストーリーの方が楽しいに違いない。恋愛ゴシップも楽しめる上にマデレインを嘲笑う口実もできる。

 だが、そうはいかせない。

 マデレインは意地悪なマダムに対して微笑んでみせた。意地悪なマダムはマデレインの余裕な表情に苛立ちをみせた。


「ずいぶん余裕ですのね、マデレイン様は。なにか秘策でもおありなのかしら? マデレイン様の旦那様のお力を使うのかしら? それともリュカ様の家の弱味でも──」

「ご心配なく。あの義弟が浮気をしたりわたくしの妹を意味なく放っておくとお思いで?」

「では、お二人のあの妙な距離は……?」


 また別のマダムが身を乗り出してきた。

 マデレインはそこで大きく息を吸うと、困ったような微笑みを浮かべて改心の一撃を放った。聞き耳を立てている周りに聞こえるように、はっきりした声で。


「──あれは、いわゆる放置プレイですわ!」



***



「……と、いうことにしておきましたの」


 マデレインがウインクして見せると、アンソニーは紅茶を吹き出しかけて、むせた。控えさせていた侍女が慌ててタオルを持って飛んでくる。

 だが原因となった女傑本人はすました顔で優雅に紅茶を飲んでいる。


「アンソニーには本当に感謝しているわ。あなたが早々にリュカのことを相談してくれたおかげで策を打てた。これであの二人は険悪だのなんだのという噂はなくなり、みな生温かい目で見守ってくださることでしょう」

「ケホッ……あの、ある意味妙な噂になると思うんですが」

「そのくらいはやむを得ないでしょう。それにリュカの性癖だということにしてあるからセシルの名誉には傷はつかないわ。リュカの全てを受け入れて付き会う寛大なご令嬢、と思われることでしょう」


 アンソニーは遠い目をして椅子にもたれかかった。色とりどりの花が咲く美しい昼間の庭には、たそがれる若い男はまったくふさわしくなかった。


「……間違ってるのに間違ってねえ気がすんのはなぜなんだ。言われてみりゃあれは放置プレイに思えてならない……しかし、みなさんマデレイン様の言葉を信じたんですか? リュカがセシルを嫌っているようにしか見えないんじゃ」

「いいえ、ゴシップ好きのマダムの観察眼を甘く見てもらっては困るわ。リュカが飢えた野獣のような目でセシルを凝視していることにみな気がつくはずよ。あの目は誰かを厭う目じゃないってね」

「そうだとしても、こんな……その、アレな話がうまく広まるでしょうか。あの二人の関係が悪化してるって噂を駆逐できるくらいに」

「もちろん。だって、婚約した男女が険悪になったというありきたりなストーリーよりも、若い貴族の男が自分の性癖で婚約者を振り回してるって話の方がずっと面白くて刺激的でしょ? 夫という安定を得たマダムはいつだって刺激に飢えてるのよ」


 それはあなたもご存じでしょ? 赤毛のマダムキラーさん。


 マデレインがそう言うと、再びアンソニーが吹き出した。


「ぐっ、ふっ…………ここでその話は卑怯です」

「あら、誉めたのに」


 アンソニーは口元を拭ってマデレインを恨めしげに見るが、当の本人はどこを吹く風といった様子でニヤニヤしている。

 アンソニーは女好きだが軽い頭の考えなしではない。遊び相手は慎重に後腐れない相手ばかりを選んでおり、つまり、商売女や貴族よりも貞操観念の薄い庶民、あるいは貴族ならば既婚女性などである。手を出せば大問題になりかねない未婚の貴族令嬢には見向きもしない。その結果、社交界でついたあだ名が「赤毛のマダムキラー」である。

 マデレインは笑いがこぼれてくる口元を羽扇子で隠すと、アンソニーに流し目を送った。


「そういえばわたくし、既婚者になったというのにアンソニー様に口説かれたことが一度もないわ。わたくしには魅力がなかったのかしら?」

「……。……いえ、マデレイン様は崇高にして優雅な美の女神。あなたのその蠱惑的なお姿を目に入れただけでも私の胸には世界を滅ぼさんばかりの灼熱がたぎりこの身が焼き尽くされそうになるのです。しかし私はただの哀れな人間の男。あなたに手を出すにはあまりにも力不足で……」


 ウッと一瞬詰まったアンソニーはすぐさま体勢を立て直し、微笑みを浮かべて甘い言葉を囁き始めた。


「ぷっ……くっくっく、さすがは色男ね。素敵な口説き文句だったわ」

「……からかわないで下さいよ、マデレイン様」


 マデレインが身を震わせて笑っているとアンソニーは肩をすくめてきまりが悪そうに抗議する。こうしていると世慣れた様子のアンソニーも年相応の青年に見えた。


「ごめんなさい。噂の口説き文句を聞いてみたくてね。──わたくしを全く口説かない本当の理由は、わたくしと万が一トラブルになったらリュカとの関係が悪化しかねないから、かしら?」

「う……ご明察です。でもお相手するには俺では力不足だと思ったのは本当ですよ」

「ふっはっは、女傑の名は伊達ではないとご存じのようで嬉しいわ。……あなたは本当に、リュカとはタイプが違うわね。器用に世の中を渡っていけるような」

「そうかもしれません。ヘンだと思いますか? 俺とリュカの仲がいいことは」

「ヘンとは思わないけれど、あなたがどうしてリュカに惹かれるのかは知りたいわ」


 アンソニーは顔をそらした。難しい顔をすると頭に手をやってくしゃくしゃとかき回す。


「リュカはつまらないやつですよ。話題が豊富なわけでもない。おまけにバカだ。知力は高いくせに時々どうしようもないバカを発揮する。しかも言葉が足りないから誤解を生みつつ暴走しやがる。でも」


 沈黙が落ちる。マデレインがじっと待っていると、アンソニーは庭の花に視線を向けた。その横顔は穏やかだった。


「あいつ、人の気持ちをできるだけ大事にしようとするでしょう。だから好きだし信頼してるんですよ、俺は」

「ふうん、なるほどね」

「マデレイン様だってそう思ってるんでしょ?」

「ええ、そうよ。セシルもうちの両親も、そう。だからリュカを気に入っている」

「それに、あいつがバカ道を爆走するときはだいたい誰かを大事にしたいという気持ちと別の気持ちがぶつかって葛藤しているときで……それで、この結果で、アレなんですが。結局セシル嬢も傷つけてるし」


 アンソニーの目が死んだ。

 だが反対にマデレインは目に強い光を宿して、扇子をパチリと閉じた。


「でもそれでいいのよ、今回は。あなたが初めて相談しに来たときにわたくしが動けば、あの子が傷つかないように手を打つことはできたわ。でも敢えてそうしなかったの」

「セシル嬢が傷ついてもいいと思ったということですか?」


 アンソニーは目を見開いて大きな声を出した。マデレインはアンソニーの非難するような目を真っ直ぐに見返す。


「ねえ、アンソニー。リュカは次期領主よ。セシルは次期領主夫人なのよ。愛があるだけでは領主夫人の仕事は勤まらない。そうは思わなくて?」

「まさか、……立派な領主夫人になるための教育としてあの状態に耐えさせているということですか!? 人から向けられる負の感情に慣れるため、とか」

「少し違うわ。わたくしは今回のことであの子に学んでほしいのよ。問題が起きたら一人で悩んで抱え込まずに他人を頼るべきだ、っていうことをね」


 アンソニーは大きく目を見開いた。


「一人で思い悩んで自力で解決せねばならないことってね、そんなにないのよ。セシルは悩みを一人で抱えすぎる。今回のこともそう、リュカを思って沈んだ表情をするくせに家族にもなにも打ち明けない。尋ねても大丈夫というだけで」

「心配させたくないんでしょうね、おそらく」

「ええ。でもそれじゃあダメなの。人に相談し頼るということも覚えなければ、領主夫人になったときに精神的に耐えられなくなる。一人で頑張ればすぐに限界が来る。大丈夫と言い張ったまま上に立つ人間が崩れれば大変なことになるわ。だから人を頼るのは大切なことなの。わかるでしょ?」

「そうですね。だから俺は問題が起きてすぐにあなたを頼った。俺は領主でもなんでもないけど」


 マデレインは目を細めて「それが大正解よ」と満足そうに笑った。

 アンソニーは紅茶の礼を言うと、立ち上がった。


「そろそろ失礼させていただきます。マデレイン様、本当にありがとうございました。リュカの友として心より御礼申し上げます。またしばらくの間、どうぞよろしくお願いします」

「はいはい、任せなさい。リュカのご両親もうちの両親も今回のことはわたくしに任せると約束して下さったしね。大事にはさせないわ」


 ──リュカの気持ちを知らないのはセシルだけになりつつあるのね。


 マデレインは自分の妹を少々気の毒に思いつつ赤毛の青年の背中を見送った。それからぐっと背筋を延ばしなおして気合いを入れる。


 実のところ、リュカをあの状態にしたのはマデレインであると言えなくもない。

 社交シーズンが始まる数ヶ月前にクリステン嬢がリュカを狙っているという噂を聞いたセシルは、リュカが取られてしまうのではないかと焦り、リュカへの恋心を再認識し、少しでも綺麗になりたいとあがき始めた。それに気がついたマデレインがセシルを見目から仕草からなにからなにまで徹底的に磨き上げたのである。


 そしてあの日、社交シーズンが始まって、パーティーに行くためにリュカがセシルを迎えに来た時────リュカは、より美しくなり恋する乙女状態になったセシルに見事にやられた。

 マデレインはあの時の義弟の表情をありありと覚えている。驚愕に見開かれた目が徐々に情熱を宿し、動揺してセシルから目をそらし、エスコートをするために手を取れば火傷をしたかのようにすぐに離そうとした。


 ──あの時は、してやったり! と思ったんだけどねえ。なかなか上手くいかないものなのね。


 マデレインは心の中で義弟と妹にわびた。磨き上げるのは結婚式前にすればよかったのかもしれない。

リュカ「(耐えられないから)婚約破棄だ!」

セシル「つらい」

周囲「(新しいプレイかな?チラチラ)」


※裏題:女傑・マデレイン伝説。

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