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人外×少女シリーズ

後にも先にも

作者: 七星

 ひっそりとした暗闇が、申し訳程度の街灯に照らされて目の前に佇んでいる。少しずつ暖かくなってはきたけれど、まだ日が落ちるのは早い、そんな時期だ。

 寒がりな私はマフラーに手袋にコートという完全防寒だ。周りの人達はもうスカートとかも履いているが、信じられない。ストッキングなんて履くのは夏が近づいてからだ。

「……」

 二年くらい前から工事中で通れなくなっている道路を迂回して、別の道を通る。道路の工事は結構時間がかかるらしい。はた迷惑な話だ。申し訳ございません、という看板に、ホントにね、と心の中で返す。

「別に、コンクリートじゃなくても歩けるんだけど」

 そんな私の呟きは、誰かの足音に巻き込まれて消えた。

 ぼんやりと沈む夕日を見ながら歩いていると、家に近づくにつれて街灯も少なくなり、私の足取りも重くなった。

(早く帰りたいけど、この前危うく溶け残ってた雪で滑って転ぶところだったんだよなあ)

 足元さえ照らしてくれない街灯なんかより、信じるべきは自分の感覚だろう。

 とはいえ暇なのでラインを開くことにする。出かけるときは手袋必須の私の手袋はスマートフォン用で、もちろんアナログなんかではなく、きちんと指の部分に電解質が染み込ませてある代物だ。

 もちろん高かった。

 遠い目になりながら画面を見つめた。

 けれどすいすい動く文字列は何だか私を置いてきぼりにして進んでしまっているようで、あまり気分のいいものではない。

 自分の卑屈さに苦笑して、ラインを閉じる。

(やっぱり持ち歩ける画面より目の前にある景色だよね)

 誰に言うでもないのに負け惜しみみたいになってしまったけれど、まあいい。

 しかしだからと言ってそのまま歩いていると、夜が近いこの時間特有の静けさと騒がしさが、私の周りを孤独にしているような気がする。まるで世界で一人、私だけが無視されているような孤独感を感じた。寂しい、と思った。

 そしてこういう時に限って、嫌な記憶を思い出すものらしい。鼻につくような声が、耳の奥でこだましていた。

 今日は、面談の日だったのだ。高校二年の冬なんていう微妙な時期にある、進路相談。私は、これがひどく嫌いだ。

「は? 専門学校?」

 そう言われて、正直、こいつ他人のこと舐めてるんじゃないかと思った。

 多分完全に無意識なのだろうけれど、あからさまにその顔と声には馬鹿にする色が混ぜられていて、その反応だけで私はもう話したくなくなった。けれども進路相談なのだから、話さなければ終わらない。これだから一対一の面談は嫌いなのだ。

 なるべく無表情で、私はコクリと頷いた。

「母のような歌手に、なりたくて」

 その時の先生の表情を、私はきっと忘れない。言葉にこそ出さないものの、「現実を見れていない子なんだなあ」と思っているのが丸わかりだった。

「あのなあ、お前成績はいいんだから、そんな無理して博打みたいなことしなくていいんだぞ」

「そんなことしてるつもりないです。本当になりたくて……」

「まあ、進路決めるのにだって時間は必要だろうしな。もうちょっと考えてみろ」

 頭がいいんだから、現実を見たらすぐ分かるだろうに。

 そう、言われている気がした。いや、きっと言いたかったに違いない。私の担任はそういう人だ。言わないでおかれるのが一番嫌なのだということに気づいていない人なのだ。

 気がついたら、唇を噛み締めすぎて血が出ていた。先生は、もうその場にいなかった。

 誰もいないことを確認してから、ふうっと一回深呼吸をする。頭が冷えていく。多分、目は据わっていただろうけど。

 頭がいいから、何だというのだろう。頭が良かったら、自由に夢を追うことすら人は許してくれないのだろうか。

 頭が良いなら分かるだろう、なんて言葉は、その人より頭が良くないくせに運良くその人より高い社会的地位に存在している人間が言う言葉だ。

 だから私は、その言葉が大嫌いだ。そんな言葉を平気で言う人間はずっと変わらない自分の人間偏差値に気が付かないまま生きていればいい。

 面談のことを思い出したら、自分の中に随分と激しい感情が渦巻いていることに気がついた。そしてその感情がふっと消えた後には、ひどい虚無感が思考を支配するのを感じた。

 私がいる世界は、どうにも狭くて、息苦しくて、見張られているような気がする。何を選んでも誰かに操られているような気がして、画面の向こうに現実逃避しては喪失感と戦って、生きるのがそれほど難しくなくなってしまったからなのか生きる意味が分からなくなって、平和とかいう真綿でじわじわ首を絞められているような気分になる。

 目の端を通り過ぎて行くネオンの光が、何だかひどく気持ちが悪いものに見えた。

(なんか、疲れた)

 考えれば考えるほど深みにはまっていくような心地だ。周りの全てのものが、自分を飲み込んで消してしまいそうな。でも実際、そのほうが楽なのかもしれない。

 目の前に踏切が見えた。カンカンカン、と耳障りな音が響く。

 気がついたら、その音の中に飛び込んで今考えていることもぐちゃぐちゃにかき混ぜてしまおうか、とか考えている自分がいたが、考えているうちに気持ち悪くなってきた。馬鹿だ。

 そんな時だった。


 ぺた、ぺた、ぺた、


 足を止めた。

 その音は止まり、踏切はまだ鳴っていた。

 振り返る。が、誰もいない。

「気のせい?」

 誰にともなく呟いて、歩き始める。


 ぺた、ぺた、ぺた、


 まただ、また聞こえた。踏切の音でかき消されるはずの足音が。しかもそれは汗ばんだ裸足でフローリングを歩いているかのような足音で、どう考えてもスニーカーでコンクリートを歩く音じゃない。

 私はまた足を止めた。すると同じように足音は止まる。

 振り返っても誰もいない。私はまた歩き始めた。


 ぺた、ぺた、ぺた、


(……多分、そういうものなんだろう)

 無理やり思考を納得させた時、急に祖母から聞いた話が降ってきたかのように思い出された。

「……べとべとさん」

 そういうものがいるのだという。歩いている時に後ろをついてくるだけの怪異、とかなんとか。

(この時はどうすればいいんだっけ)

 確か一定の速さで歩くのがポイント、とか何とか祖母は言っていたような。

 首をかしげながら、とりあえず踏切まで歩いていく。べとべとさんに傾いていた思考が、踏切にほとんど絡めとられるように移った。古ぼけたバーの前にくると自然と足が止まる。

 風が吹いているのを感じながら、飛び込んだら痛みを感じる間もなく死ぬんだろうなんて、月並みなことを考えて、


 ぺた、ぺた、ぺた。


 背中から悪寒が駆け上がった。祖母のしわくちゃな顔がまぶたに映っては消えていく。

(……一定の速さで歩くのがポイント? なら、立ち止まったら?)

 これから死のうと考えかけている体が、恐怖で震えた。

 思考がフル回転して、祖母の話を思い出す。

 時間にして多分三秒くらいだっただろうけれど、体感時間としては、一時間くらいそこにいたような気分だった。私はこぼれ落ちるような声で、おばあちゃんに教えられた言葉を一言呟いていた。

「……べとべとさん、先へお越し」

「何言ってんだ、飛び越すのは後にも先にも俺だけだろうが」

 乱雑な声と共に私の頭に柔らかな重みがぽんっと乗っかって、目の端に、私の頭を跳び箱のようにして飛び越える人が映る。それは一瞬のことだというのに、彼の横顔はその一瞬のうちに私の思考を掻っ攫った。

「え、べとべとさ」



 電車が通り過ぎた。



 ハッと気づいた時にはもう踏切のバーは上がっていて、そこにはただの静けさがあるだけだった。もちろん線路は赤い液体で染まってなんていなくて、言うなら電車なんて来ていないようでさえある。けれど私はなんとなく手袋を外して頭に手をやった。感覚が残っている気がしたのだ。でもそんなあったかどうかも希薄な感覚は私の手が触れた瞬間消えてしまった。

 ゆっくりと下ろした手を見つめてみる。なんの変哲もない、私の手だ。くるくる回すようにして見てみても、もちろん、あの大きな手になったりしない。

 自分で思っているより私は結構困惑しているようで、頭の中は真っ白なのに、思考と感情は別物であるかのように口が勝手に動くのがわかった。

「べとべとさん、笑ってた……」

 どうしてだろう、はらりと涙が落ちた。



 それから十日くらい経って、その踏切が閉鎖されることになった。電車があそこでだけよく脱線するのだという。

 そして私も、帰り道を変えた。工事が進んで、通行止めが解除されたのだ。コンクリートはさすが新しいだけあって歩きやすくて助かる。はた迷惑なんて思ってすいません、と心の中で謝りつつ、工事の後片付けをしている人達に頭を下げた。

 顔を上げると、十日前と同じなようでいて、全然違う夕日が沈むのが見える。口元が勝手に笑みを浮かべ、無意識に手袋を外していた。

 あの道を通ることは、多分もう後にも先にもない。

学校の部活用に書いたけど色んな理由でボツになったものの手直し。手直ししたら結局七割くらい変わりました。何故だ。


べとべとさんについては諸説ありますし創作入ってるので鵜呑みにはしないで話半分みたいな感じで読んでください。

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