第二話『転生』
『おお勇者よ、死んでしまうとは情けない』
その声は頭に、いや心に直接語りかけてきた。
『だが魔王を倒し世界を救ったそなたの働きは実に見事。さあいつまで寝ておるのだ。早く目を覚まさんか』
声に導かれるままアーヴァインは起き上がった。
ぼんやりとした意識の中、周囲を見回してみるとそこは見知らぬ神殿のようだった。
「ここは……一体どこなんだ?」
『主らの言葉を借りて言うならばここは神の社、そして我は神と呼ばれし者』
その瞬間無数の光り輝く蝶がどこからともなく現れアーヴァインの眼前で一つの渦となった。
そしてその光の渦の中心から全身が光に包まれた真に美しい女神が現れた。
アーヴァインは困惑していた。
自分の置かれた状況を理解出来ずにいた。
自分は魔王との戦いで力尽き死んだはず。
それなのに死んでいるどころか傷一つ見当たらない。
だが確かなことが一つ、眼前にいる者が神であるということ。
なぜかは分からない、だがそれだけは確信していた。
「なぜ俺は生きているんだ……魔王との戦いで俺は……」
その問いに女神はふっと微笑んでからこう答えた。
『生きてはおらぬよ。もう死んでおる。肉体的な意味で言えばの?』
「ならなぜ俺はっ!」
アーヴァインの次の言葉は唇に当てられた指によって静止された。
『お主は今魂の存在としてここにおる。本来であれば死と共に無へと還るはずの命、だが我は思ったのだ。お主はただ死なせるには惜しい、と』
「……ならば、ならば俺は蘇ることが出来るのか!」
アーヴァインの問いに女神は静かに首を横に振った。
『お主の肉体は滅びた。魂を戻したところでそれはもはや生物ではない』
がくんと肩を落とし明らかに落胆した様子のアーヴァインを見て女神は言葉を続けた。
『だが新しい肉体を与えることは出来る。お主の命の炎を内に秘めたこの剣を使えば……』
女神が手にしていた物。それは聖剣クラウソレイスであった。
「クラウ……ソレイス……なぜここに、いやそんなことよりも新しい肉体というのは一体……」
差し出された聖剣を受け取り構える、重さも形も熱を帯びた刀身も、それは紛れも無く本物の聖剣であった。
『お主の魂を宿すのにこれ以上相応しい物はあるまい。この剣に宿りし魔力がそのままお主の生命力となる』
混乱していた頭は徐々に落ち着きを取り戻しつつあった。
死は現実、だが新たな肉体を得て転生することが出来る、そしてその肉体とは……。
「待ってくれ、剣に宿ったところでどうしろと言うのだ。動けない体では意味がない」
『案ずるな。きちんとした生物としての形も与えてやる。それも特別製のな』
まるで悪戯っ子のような顔をして微笑む女神、だが次第にその笑みは薄れ真剣な顔でこう付け加えた。
『現世への転生、それに欠かせないものが一つだけある。それはお主の意思だ。お主が望まねば転生すること叶わぬ』
アーヴァインは迷っていた。
次々と突きつけられる信じがたい言葉の数々、そして突如与えられた転生のチャンス。
魔法の類いはよく知っている、だがこれはその範疇を越えていた。
『……お主の救った世界をその眼で見てみたくはないか?』
その言葉はアーヴァインの頭にかかっていた靄を晴らした。
現世に残してきた仲間達、そして自分の知らない平和な世界。
未練とそして好奇心が心の中で膨れ上がり、そして一つの言葉がアーヴァインの口から吐息のように出てきた。
「……生きたい」
分からないふりなのか、首を横に傾ける女神にアーヴァインは叫んだ。
「……生きたい!俺は……俺は俺の救った平和な世界をこの眼で見てみたい!」
その瞬間アーヴァインの体が輝きはじめた。
『よくぞ言った。ならば叶えようその願い』
女神がそう言うと聖剣はアーヴァインの手を離れその刀身がアーヴァインの胸へと突き刺さる。
だが痛みはなく、まるで鞘に剣が収まるかのように聖剣はアーヴァインの中へと取り込まれていった。
『これは魔法等では断じてない。そう、神の与えし奇跡……勇者アーヴァインよ、第二の生を楽しむがよい』
そして世界は光に包まれた。