4.
「あんまり風祭君をイジメてはいけませんよ?先生、イジメには断固反対ですから!」
件の桜子先生が、ニコニコ顔で歩み寄って来ていた。
「まぁ、先生も今のが、おふざけだと言うことは分かりますけどね?イジメというのは、ふとした拍子の、行き過ぎた悪ふざけというのが発端で…。」
「あ、あの先生!ぼ、僕、なにも見てませんから!よしんば見ていたとしても、誰にもこのことは話しませんから!」
慌てふためいて、顔色を青くしたり、白くしたりしながら、弁明するシン。
「で、ですから、た、退学だけは。許してくださいー!」
「大丈夫ですよ、風祭くん!先生は、そんなことでは大事な学徒である皆さんを、罰したり退学になんてしませんですから。」
慌てているシンを、なだめるように優しく話しかける先生。
「ほ、本当ですか?」
「本当です!そもそも、それは魔法士としての力でわかったのですよね?
それを成長と喜ぶことこそすれ、咎めようなんて!
先生は、嬉しいですよ!」
先生は、ニコニコとして、本当に喜んでいるようだ。
「あ、でも、一応、秘密にしていることなので、むやみに吹聴したりするのはダメですからね?まぁ同じチームの天槻くん達は、例外にしておきますから、次からは気をつけてくださいです!」
「良かったな、シン。俺様は、お前に間違いはないと、最初から信じていたぞ、相棒!」
「…。」
なにか、言いたげな目線でこちらの三人を見る、シン。
やだなぁ、もう。さっきのは、冗談だってば。
「はぁ。まぁでも、先生どうもありがとうございます。以後、気をつけますので。」
「えぇ、それでいいです!」
「ごほん。
それで、先生はどうしてこんなところに?このテラス席、先生たちでも休憩とかで、よく来るんですか?」
俺は、不意に現れた先生の動機を聞いた。
別に、シンの視線に耐えられず、話題を変えたかったわけじゃない、うん。
「あぁ、そうです、そうです!
実は、さっき、うちのヒーちゃんの写真を渡そうとしていて、うっかり忘れてしまったのです。一応、特徴の解かりやすい写真を選んだつもりなんですが。」
そういって、印刷のされた数枚のコピー紙を手渡してきた。
なるほど。確かに、名前だけで探すよりも、何倍も効率的だ。
というか、顔も分からず探しに行くつもりだったのか、俺たち。
自分でも気付かないうちに、初任務ってので、かなり舞い上がっていたみたいだ。
「わざわざ届けてくれたんですか?ありがとうございます、桜子先生。」
「それと、これも。
これは、まだ小さい頃から、つい最近までヒーちゃんが着けていた首輪です!新しい白の首輪を買ったので、付け替えたばかりだったんです。
これも何かの役に立つかな、と思って!」
そういって手渡されたのは、少しくすんだ黄色い首輪だった。
桜子先生は、ヒーちゃんの姿を思い出しているのか、どこか寂しそうに見えた。
「よし、それじゃあ、作戦会議はこんなもんでいいだろ!
早くヒーちゃんを探し出して、桜子先生を安心させてあげよう!」
「天槻くん…。
皆さん、よろしくお願いしますです!」
そういって、俺たちが見えなくなるまで、桜子先生は見送ってくれた。
「だけどさ、作戦会議なんて言って、結局、見当もついてないじゃない。どこから探すのよ。」
「何言ってんだ。
しっかり作戦会議の意味はあっただろ。」
なにも俺たちは、あそこで雑談をしていたわけじゃない。
「?どこがよ?」
どうもノンや皆はわかっていないみたいだ。
おおよその見当はついたと思うんだけど。
「いや、だからさ。
桜子先生は、ヒーちゃんが小さい頃から飼っていた。
そんで、桜子先生曰く、外にはあまり出たがらない猫だった。」
「うん、そうね。だから今、すごく心配しているんだし。」
「うん。
そしてもう一つ、大抵の動物は魔法士を怖がる。
猫ってのは、ノンが言っていたみたいに、怖がったり、痛い思いをすると、狭い場所や見つかりにくい場所に隠れたりすることが多い。
んで、最後に、桜子先生は魔法士ではないってことがわかった。」
「ん?だから、なによ。これでどうしてヒーちゃんが逃げたのかがわかるの?」
「いや、わからん。」
「あんたねぇ…!
私をおちょくってるのならそういいなさいよ、コブシで答えてあげるわよぉ…?」
「違う違う!おちょくってるんじゃなくて、ヒーちゃんがどうして逃げたのか、逃げた理由はわからんと言ってるんだ。
俺たちの依頼は、ヒーちゃんの捜索だろ?
作戦会議のおかげで、ヒーちゃんが今いるところは、大体わかった。
あとはその範囲を探し回ればいいだろうが。」
「?よくわかんない…。
あーもう、細かいことはこの際いいのよ!その場所はどこなわけ?早く言いなさいって。」
「あー、そうだな。勿体ぶるようなことでもないしな。
きっと、ヒーちゃんは桜子先生の家の近辺にいる。
だから、今俺達が向かっているのは、桜子先生の家。」
「はぁ?なによ、結局はそんなところにいるの?」
ノンから呆れたような声が返ってくる。
「ちゃんと理由はあるさ。
まず、何かの理由でヒーちゃんは、桜子先生の家を脱走。この理由は結局考えてもわからなかった。まぁ、そこは置いておくとして。
次に、小さなころから家の中で育って、滅多に外には出なかったらしいから、ヒーちゃんは、ご多分に漏れず、魔法士を怖がるだろう。タクマも言っていたが、この近辺で、滅多に野良の動物を見ないのは、俺たち神之木学園の学区内だからだと俺は思う。
そんな、国内でも珍しい、魔法士の過密地域に投げ出された猫は、どうすると思う?
なるべく、人目に付かないところでじっとして、帰りたいけど帰れなくなってるんじゃないだろうか。
俺の予想じゃ、桜子先生の家から一キロも離れてないんじゃないかと思う。
心配なのは、誰かが拾って世話をしたりしてることだけど、最近つけたばかりの新品の首輪をした猫を野良とは思わないだろ。一時的に保護しているにしても、飼い主を探すアプローチを何かしらしてるはずだ。それは、先生の家の近所の交番なんかで情報収集しつつ、予測範囲をしらみつぶしで探すしかないだろ。
それで見つからないなら、また考える。
とにかく、今はこの考えのもとに動くと、決めた。
はい、なにか異論、質問のある人?」
特に質問はないようで、後ろからついてくる三人には納得してもらえたようだ。
「なるほどですね。
それで、先生の家の近くだと。わかりました。その根拠なら魔法士の学生寮なんかにも近寄らないでしょうし、案外、マトが絞れるかもしれません。」
「はぁ。でも、こうは言いたくないけど、その一キロ範囲は足を使って探すしかないのよね。
…早く終わらせて修行に…お姉様と…ぶつぶつ。
…そうだわ。こうなったら、これも修行の一環よ。走り回って探しつくしてやるわ!」
「あんまり猫を刺激しない様にしろよ。お前のやる気で更に怖がって、遠くに逃げられでもしたら、いよいよ見当もつかなくなる。」
「任せときなさい。これは肉体修行の一環だもの。魔法は一ミリも使わないわ。
さぁ、皆も走る走る!」
「ん?なんだ、ヨウが訳のわからん話をしたかとおもったら、競走か?
俺様に勝てると思うのか、はっはっ!」
…どうしてこうなった?
この、筋肉馬鹿二人は、どこでスイッチが入るのかわけがわからん。
「最近は、魔法で身体強化しながらしか、身体動かしてなかったし、たまにはこういうのも大事ですかね。」
おい、なぜシンまで乗り気になっとる。
「よーし、それじゃまずは先生の家までよ。最下位は、ジュースおごりよ。よーい、」
「ちょっと待て、俺は今、財布の中が寂しいなんてもんじゃなくて、他人様にジュースなど奢るなんて余裕は…!」
「どんっ!」
こうして、久しぶりの純粋なランニングによって、俺の運動不足と任務解決のモチベーションは解消された。
まったく、こんな依頼を受けたのはいったい誰だ!