3.
先日の迷い猫探し。
俺たちは、依頼元の桜子先生から、今回の依頼に関する情報を聴取して、一度情報の整理のために、学内のテラスで作戦会議をすることにした。
「ええっと、それじゃあ確認からだが。
迷い猫の名前は、ヒーちゃん。年齢不明。アメショのオス。去勢済み。
我らが担任教諭の桜子先生の愛猫だ。」
「そうね。そして、二日前の朝、先生が家を出る時には、まだお家にいたことが確認されてるわ。」
「ですが、その後、二日前の夜、家に帰るとヒーちゃんの姿はなく、丸一日待ってみても姿を現さなかった。普段から家を出ていくことが少なかったこともあって、不安に思い、捜索の依頼を今日の朝一で出した、ということのようですね。」
「俺様も柴犬を飼っているが、突然いなくなるのは、そら不安だろう。話を聞きに行ったときの先生、寝てないのか、目にクマが出来てた。桜子先生可哀想に。」
ノン、シン、タクマと次々と発言していく。
だが、タクマの発言に少し引っ掛かりを覚えた。
「ん?そういえば召喚体持ちの魔法士には、動物って何故か懐きにくいとか言われてなかったっけ。タクマのとこの子は大丈夫なのか?」
確かそんな内容の論文が、大真面目に発表されていた気がする。
それを見て、やっぱりな。となんとなく思ってしまったのは、なぜだろう。。
「赤ん坊の頃から殆ど俺様が世話してやってたからな。それこそ、兄弟みたいなもんだ。それでも召喚の儀の日の帰りには偉い警戒されてた。だけど、それも一日経てば平気になってたな。神経図太く育ってんだ。
だけど、この辺りじゃ滅多に野良はいないけど、たまに見かけた動物は脅えちまって近づいてすらこないな。」
やっぱそういうものらしい。
タクマに脅えてんのは、その馬鹿でかい図体のせいでもありそうだけど。
そこで勢いよく手を挙げながら、意見を述べるノン。
「はいはい!じゃあ、ヒーちゃんも、桜子先生の召喚体が怖くなって、実は家の中の小さな隙間に隠れちゃってるとか。怖がってるから、先生が帰宅しても姿を現さないだけだったり。」
「それは、あり得ません。」
間髪入れず否定するシン。
「な、なんでよ。今までは平気だったけど、たまたま、召喚体が高位になったタイミングで、それ見て猫が脅えちゃったりとか、ありそうじゃない。」
「いえ、それも桜子先生に限ってはあり得ません。」
「何だよ、シン。ずいぶんと自信たっぷりに断言するじゃないか。」
こいつがここまできっぱりと断言するのも珍しい。
明確な理由があるのだろう。
「いえ、簡単なことですよ。桜子先生は召喚体を持ってないのです。」
「…なーるほど。」
言われてみれば、確かに。
そもそも、この神之木学園の魔法科の学徒は一年次を除いて、全員が召喚体持ちの魔法士だ。
しかし、それは、魔法科の学徒に関してのことであって、教諭はその限りではない。
もちろん、召喚体持ちの魔法士である教諭のほうが、実体験からくる話を織り交ぜての授業がなされるため、効率も人気も高くなる。
だが、如何せん魔法士とは、数に限りがあり、国としては、教育ももちろん一つの柱ではあるが、国防や治安維持、経済面での生産や取引に至るまで、魔法士なくしては国が機能しないところにまできている。
簡単にいえば、魔法士の数が足りていないのだ。よって教諭として学園におけるのは幾人もいないというのが現状だ。
では、大半の教諭はというと、桜子先生もその中の一人ということになるが、理力士というものが大半を占める。
召喚体をつけることは出来ないまでも、魔力に精通しているもの。
この神之木学園の一年次は、皆、魔法士ではなくこの理力士に当てはまる。
そして、俺たちの様に、二年次に召喚の儀によって召喚体を持てたものが魔法士となるのだ。
理力士の発現は魔法士と同様に、謎が多いが、魔法事故や魔法による犯罪に巻き込まれて、魔力が発現したり、ある日突然理力が使えるようになった、という人もいる。あるいは召喚体を持っていたが、犯罪などに魔法を使い、召喚体が消滅した、なんて順序が逆になった人間もいる。
古臭い考えで、理力士とは、魔法士の下位互換の様に考えられるが、そこは次世代を担う魔法士を教育するこの神之木学園。理力士の中でもピカ一の人材を教諭としているため、学徒からすれば、どの教諭も召喚体持ちの魔法士に見えてしまうほどだ。
そう、普通は召喚体持ちの魔法士と凄腕の理力士は見分けるのが困難なはず、だけど。
「お前が言うなら、間違えないんだろ。お前が言うなら。」
シンの魔法士としての能力が、どうも見分けたらしい。
らしい、と言わざるを得ないのにも理由がある。
俺たちはチームだ。しかし、魔法士は決して自分の魔法士としての能力を、全て話そうとしない。例え、それが命を預け合うチームだったとしてもだ。
これには様々な理由があるが、一番の理由としては、自分の限界を決めつけないためだとかなんとか。
言葉は人を縛る。魔法士ともなれば、尚更、その言葉には力が宿る。
魔法士は想像出来うる、奇跡を起こすことができる。
だから、出来ない、とか、無理だ、とは思っても、言葉にしてはいけない。
ただのまじないの類だとも思うが、遠い昔に誰だったかに言われた気がする。
誰に言われたかはサッパリ覚えてないが。
しかし、この考えは魔法士が誕生した時から、今まで引き継がれ、一つの風習として、自身の能力を細かく口には出さない。
「桜子先生は召喚体を持っていません。これは僕の魔法士としての言葉です。」
ここまではっきりと、魔法士の誇りを持って断言されれば、納得せざるを得ない。
まぁ初めから、俺は疑ったりしてないのだけど。
「わかったわ。疑ったりして悪かった。
だけど、そんなきっぱりと先生たちの秘密を、ここで暴露していいの?」
「え?」
「だって、そうでしょ?どの先生が魔法士か名乗り出ないってことは、逆を返せば、どの先生が理力士かってばれない様にしているってことなんじゃないの?」
「まぁ、図に乗った馬鹿な魔法士の学徒が、古い慣習で理力士を下に見て、馬鹿にしないためだったりするのかもな。」
「あ。」
今更ながらに気付いたのか、はっとするシン。
「はぁ、シン君、これで君とはお別れか。」
「短い付き合いだったわね。」
「俺様、お前のことは忘れんぞ。」
「そ、そんな!ぼ、ぼくは別に、秘密を暴こうとか、したわけじゃなくて、たまたま見えちゃったというか…!
そ、そうだ!そ、それに、もうこの事実を知った皆も共犯も同然だよ!」
慌てふためく、シン。しかし、流石にチームの参謀担当、頭の回転が早い。
俺たちを共犯にして、もしもの保険にでもしようというのだろう。
だが。
「ハイ?ワタシヨクコトバワカラナイ。ナニモキコエナーイ!」
「…っは!?いけない、私ったら。また持病の急性睡眠寝言で会話しちゃう病が発症していたみたいね。なにも覚えてない。それで。なにか話していたかしら?」
「お前だれ。」
「皆ひどいですよーっ!うぅ、どうしよう。ほんとに退学になんてなったら…。」
「大丈夫ですよ!そんなことで退学になんてなりませんですから。」
パッと皆の視線が、不意にかけられた声の方へ集まる。
長くなったので分割しまーす。