1.
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「では、始めてください!」
桜子先生の合図で、目をつぶって、右手に握った杖を強く握る。
魔力を集中する。
色のパターンを頭の中で順番に思い描く。
今回の魔法は属性魔法じゃない。だから基本は白色だ。そこに鈍い銀色と黒色を少しずつ流し込んでいく。イメージを慎重に強くして色を鮮明にしていく。
――なんだ、意外と楽勝?
あとは、その色達を、所謂、公式。魔法陣に注いでいっぱいにして、発動するだけだ。
締め切った教室の中をどこからともなく風が吹く。
初めはうっすらっと、そして徐々に強く発光する魔法陣。
――よし、いける。
眩く、直視出来ない程に輝いたその刹那、魔力を解放。
一瞬の静寂の後、魔法陣の中心に何かがいることに気付く。
それは、見たこともない美しい緑の羽根を持つ、竜の子だった。
その竜の子は、眠たげな眼をゆっくりと開いて、自分を召喚した人間をまじまじと観察した。
そして、何かを納得したように、頭を垂れ、静かに虚空に消えた。
教室内は静寂のパニックになった。
生徒の頭には、一様に?が浮かび、魔法が失敗したのかと口に出すことも出来ない程、混乱していた。
先生と一人の生徒を除いては。
「うん、成功したみたいですね。」
「はい。これはすごいっすね。なんというか、もう一人の自分に繋がったみたいな、変な感覚で。けど、全然嫌な感じはしないっていうか。これが…。」
「そう、これが“召喚の儀”です。
おめでとうございます!これで君も立派な魔法士の一員です。」
その一言で、教室内の固まった空気は爆発したかのように動き出した。
すごい、さすがだね、と称賛の声と、次は我が身と、どうしよう、あんな大きな魔法出来るわけない、なんて今更に愚痴をこぼすものもいる。
そうこの瞬間、神之木学園魔法科二年生、天槻ヨウは魔法士の一員となったのである。
2.
召喚の儀から一週間近くが経った。
召喚の儀を行ってからは学園のカリキュラムも様変わりした。
今まではいわゆる、通常授業、義務教育のそれ、もかなりのコマ数あったが、ここ一週間では召喚体の事柄や、人体、環境に与える影響などの専門的な授業を受けている。
一年次にも、もちろん準備段階としてそれらの授業は受けていたので、復習的な意味合いがかなり強いが。
しかし、この一週間の生活で誰もが、より強く実感している。
自分は魔法士になったのだ、と。
「今までだって簡単な魔法が使えなかったわけじゃないし、この一週間でなんか大きな魔法をぶちかませるようになったわけでもないのにな。」
つい、自虐的な独り言を発していた。
「やっぱり召喚体を持つっていうのは、それだけ私たちにとって、大きなことだったってことでしょ。」
中庭の木陰に寝転んだ俺の頭上から、不意に声をかけられた。
逆光になっていて、眩しい。
そこには見慣れた顔があった。
「あれ、聞かれてた?ハズいから、独り言に的確なツッコミいれんなよ、この女ゴリラ。」
この一年で習慣になった、悪態を投げつける。
他人が聞けば、なにを言っているのかと、頭を小突かれそうなほど、そこにいるのは、華奢で色の白い女性が立っていた。
「ふふん。ヨウの独り言なんて激レアなこと、見逃せないわね。
早速、ツ〇ッターで拡散よ、拡散。ネットで吊し上げられて身悶えなさい。さて、い、ま、まで、だって…。」
おもむろに取り出した携帯に、文字入力をしていくシズネ。
「おい、やめろ。やめてください。鏡音シズネさん、許してください。何でもしますから。」
「ん?」
一瞬、手が止まる。
「…と、油断しきっているそのスカートの中の下着を激写してツ〇ートし返してやるぅぅ!
はっはっはっ!恨むなら登場シーンが寝転んだ俺の頭上からだったことを恨むんだな!」
位置関係的に、俺の肉眼ではご神体は見えないが、この腕を伸ばし切ればその神秘の聖域が写せるはずだ!
しかし、この危機的状況にシズネは余裕の姿勢を崩さない。まさか…!
「ええ。そのまさかよ。」
「くぅ…。卑怯な!…だがしかし、いわゆる見せパンと呼ばれるそのご神体にも一定数以上の信徒がいるのもまた事実。ぬかったな。どのみちお前は負けるんだよぉ、鏡音ぇぇえ!」
あと数センチだ、数センチで俺の勝ちだ!
「…ぬかった?…この私が負ける?
ふふ…違うわ、違うわね。あなたの負けよ、ヨウ。敗因は魔法で何より大切な想像力の欠如よ。」
あと、数ミリッ…!
「そう、私はね、今日、スカートの下に何も身に着けていないのよ。見せパンはおろか下着すらね!」
な。
「なん…だとっ…!?」
あまりの衝撃的な発言に思わず、身体が硬直する。
その瞬間。
「ああああああんたはぁぁ、なにやっとんのじゃああああ!」
弾丸の如くその影は現れ、俺の伸ばし切った腕を横からインサイドシュート。
腕を蹴られた衝撃で、俺は身体ごと吹っ飛ばされる。
「まぁぁったく、私のお姉様に何してんのよ。油断も隙もないわね。
シズ姉様、ああ今日も素敵に綺麗です。けだものには気をつけてと普段からいってるじゃないですか。ささ、今日も私、一色ノンの修行に付き合ってもらう約束ですよ。道場に向かいましょう。」
突然現れた、その赤髪をした少女は、自分よりも背の高いシズネを覗き上げるようにして、いわゆるお願い。のポーズをしている。
「って腕がぁぁぁぁああああ!俺の腕が、曲がったらいけないほうにまがってるぅぅ!」
「うるさいわねぇ。男が骨の一本や二本でギャーギャー騒ぐものじゃないわよ。」
「ノンは今日も元気一杯ね。今のキックで世界も取れるわよ。」
「はい、シズ姉様。これも普段から稽古をつけていただいている賜物です!」
「えーい!ちっとはこっちの話を聞け!」
この女ぁ…、二度と生意気の言えない身体にしてやろうかぁ。
仄暗い感情を煮やし、決して物語の主人公がしてはいけない顔をしているところに、今度は、数人の人影が駆け寄ってきた。
「もう、ノンちゃん、早いよぉ。置いて、いかないで、って、言っても聞いて、ないでしょぉ。はぁはぁ。」
「まぁ、ノンさんはシズネさんのことになると一生懸命になっちゃいますからね。僕らじゃまず止められませんよ。」
「はっはっはっ!ヨウは、これまた見事にやられてる。俺様の様に鍛えてないからだ。傑作だぞ、その格好。はっはっはっ!」
ふんわりした雰囲気を持つ、くせっ毛が特徴の二宮マユ。
線の細い病弱そうに見える草食男子、風祭シン。
服の上からでもわかる筋骨隆々な大男、生駒タクマ。
ちなみに、俺を蹴り飛ばした赤毛の釣り目女は、一色ノン。
そしてノンがお姉様なんて呼んで慕っている、見た目だけは深層の令嬢、鏡音シズネだ。
「タクマ、てめぇもぐちゃぐちゃにされてぇみたいだなぁ…。いいぜぇ、ヤッテヤルヨ。
物語の始まりや、主人公なんて関係ねぇ…。イマぐちゃぐちゃに…。」
「あぁっと、ヨウさんがダークサイドに堕ち切る前に。
マユさん、治せますか?」
シンが流石に見かねて、マユに治療を打診している。
その大きな胸を上下に動かし、息を整えていたマユ。
「ふぅふぅ…。やっと落ち着きましたぁ。
はぁい、それじゃあ今治してあげますからねぇ。」
そういうと、俺に向かって両手を突出し身構える。
その両手に徐々に魔力が集まっているのがわかる。それと同時にマユの後ろから、羽の生えた蛇のような召喚体が姿を見せた。
リアルな蛇でもなく、なんとなく絵本に出てくるようなポップな画調のそのへび天使(俺命名)が、マユの魔力の発動と同時に、俺の腕に絡みついた。
「いっ…!」
一瞬、へび天使が俺の腕を締め付けたのか、痛みがあった。しかし、そのあと、へび天使はすーっと消えていき、同時に腕の痛みも消えていった。
「これが、マユの魔法…。」
ただ、すごい、と思った。
つい先程まであった鈍痛はなくなっていたし、腫れも青さも綺麗サッパリだ。
「はぁい、おしまぁい。あんまりやんちゃが過ぎるのもダメだぞ。気をつけてぇ。」
「あ、あぁ。ありがとな。しかし、マユの魔法は初めて見たけど、凄いもんだな。
これじゃ普通の外科医も裸足で逃げ出すな。」
先程の仄暗い感情は、友人の奇跡とも呼べる魔法を目の当たりにして、どこかに行ってしまった。素直な感謝と、驚嘆の意を口にしていた。
「わたしがすごいっていうより、ルコアちゃんがすごいんだよぉ。もっと褒めてあげて褒めてあげて?」
そうか、あのへび天使はルコアと言うらしい。
「いや、召喚の儀から、たった一週間で骨折治療が出来るなんて。召喚体のポテンシャルも相当ですが、マユさんの魔法力がずば抜けているのも一因でしょうね。」
シンが言うには、やはりマユの力も相当すごいということのようだ。
「そうかなぁ?えへへ。照れるなぁ。」
マユのほんわかパワーで場はほっこりとした空気が流れる。
「ま、これで一件落着ね!さぁ、お姉様、今度こそ道場に向かいましょう!
今日は先日の必殺技のことで相談が…。」
ノンが場を収めたかのように切り出し、シズネを連れ歩き出そうとする。
そうだった、この女ぁ…。
まぁしかし、ノンの行動を冷静に省みれば、犯罪抑止という大義名分があるしな。
だが、いつか見ていろ。貴様の恥ずかしい写メをいつかネットにばら撒いてやるからな。
くっくっ、震えてまっていろ。
「ヨウさんがまた、なにか良からぬことを考えているようですね…。」
「こいつは腕が折れても懲りないな。はっはっ!」
「今度は治してあげないよぉ、もう。」
数分後、俺の携帯がぐちゃぐちゃになっているのを発見し、ノンに制裁を下しに向かい、シズネとのタッグに返り討ちにされ、ついでだからと必殺技の実験体にされた。
犯罪は…しては、いけませんよ…みんな。
各キャラの登場シーンを加筆修正。2015.8.24