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劇団IHATOV 6

 僕は公園の裏にある、資材置場と準備用の仮設小屋に向かった。昨日通し稽古をする時に、そんな場所があることを初めて知った。

 風船細工や人形劇、パントマイムなどの場所を取らずうるさくないものは、宿の部屋でも練習出来るけれど、管弦楽団やサァカス、ジャグラァなどはどうしているんだろうと思っていたら、ちゃんと場所が用意されていた。

 昨日僕とケンタウリがアコォディオンの練習をしたように、公園のあちこちで練習する人もいる。台詞を覚える役者とかね。

 昨日なんか、小屋の前は大道芸人の集まる広場のようだった。

 人間だけでなく、檻に入った動物達もいた。相方のサムバディと漫才をするオウムの 陽気なポリィは、新しく覚えた歌をひっきりなしに歌ってサムバディを困らせていた。

 その前日にポリィの隣でやっていた、船乗りの劇で歌われた少々下品な船乗り歌を気に入ったらしい。

 ミニサァカスの錦蛇は、如雨露で水を掛けてブラシで擦って貰っていた。気持ち良さそうに長々と寝そべっていたけれど、僕は心臓が止まるかと思った。

 そんなふうに色んな芸人が集まるので、使わない道具や捨てる道具を借りたり貰ったり出来るのだ。

 今日夕方に僕が行った時は、小屋の前の人は少なくなっていた。荷物を運ぶのに、せわしなく出入りしている。

 リトルガァルは、小学校にあるような椅子を運ぶ采配をしていた。鬼の役をした大柄な女の人と、昨日も見た年取ったお爺さん(大道具小道具作りの名人)と、僕の知らない女の子二人も椅子運びをしていた。

 女の子達は、双子のようなそっくりではなく、姉妹のような似方だ。道具運びを頼んだだけか、その二人も劇団員なのだろうか。

 先生とケンタウリと小さな男の子、劇団の三人目の大人であるお姉さんの姿がない。僕はリトルガァルに近付いて、

「ごめん。僕の出番はある?」と、聞く。

 誰も僕を捜しに来なかったので忘れられたか、諦められたかと思っていた。リトルガァルは、何をしていたのと僕を怒ることもなく平然として言う。

「夢中で弾いていたから、声を掛けないでおいたの。もう少しして来なかったら、ケンタウリを呼びにやるつもりだったわ」

 リトルガァルはピアノはここよ、自分で運んでと言いながら、小屋の中にゴソゴソと入って行く。僕はリトルガァルの背中に向かって、声を掛ける。

「君達の団長さんのことなんだけどね」

 その後を何と続けていいのか分からない。リトルガァルは、グランドピアノ風のオモチャの赤いピアノを抱えて戻って来る。

「お皿を下げに行ったら、あなたへの言伝を頼まれたわ」

 僕は途惑って、え?何てと聞き返す。リトルガァルは、

「子猫ちゃん有難う、ですって。幾らあなたが子猫でも、今時子猫ちゃんなんて言い方はないわよね」

 と、言って笑う。僕は機嫌を損ねて言い返し掛ける。

「僕は猫じゃないよ」

 人形のケンタウリとリトルガァル。人間のリトルガァルとケンタウリ。川に流された男の子。川に流された仔犬。僕は、

「僕が猫ってことは、君は人形なの?」と、聞く。

 おっかなびっくり聞いた僕とは違い、リトルガァルはあっさりと頷いた。

「ええ。ここではない別の場所ではね。ここではないどこかでは私は人形だったり、お姫様だったりするのよ。今のような棄児なんかじゃなくってね」

 お姫様だってと笑おうとしたが、最後まで聞いた僕は笑えなくなった。僕はピアノをリトルガァルから受け取りながら、

「お姫様の君のいる世界には、団長や僕もいるんだろうか」と、呟く。

 優しい心を持ったあの人が、辛い暮らしに耐える代わりに、どこか別の世界ではもっと豊かな暮らしをしているといい。

 でもどの世界にいたって、どんな苦痛の中にあっても、あんな男の人なら日々の生活に幸せを見つけ出せるに違いない。だから人形劇なんか、やっているんだと思う。

 何よりも猫の僕がいる世界にも、先生がいてくれるといい。例え今みたいに一緒に過ごせなくても、先生が存在しているだけで、僕は心が慰められる。リトルガァルは、

「ええ。きっと。団長は道化ね。あなたは従僕の一人して上げてもいいわ」

 僕はチェッと舌打ちする。君はお姫様で僕は従僕だって? それならどこかには王子様の僕だっているだろう。そこでも僕は双子に悩まされるんだろうか。

 うー、ゾッとしない。

 僕はピアノを持って、星の広場まで行った。舞台はこの二日間と同じ場所に、しつらえてある。昨日は赤い緞張を吊していたけれど、今日は草色だ。

 いなかった先生やケンタウリは、そこにいた。先生とケンタウリは出演するのに、台詞をブツブツ言っていて、僕は相手にされなかった。

 小さい男の子(何だかリトルガァルの名前みたいだ)は、あまりやることもないようだから、掴まえてその日の演目に就いて聞いてみた。小さい男の子も出演するけれど、台詞が殆どなくて、首を傾げて椅子に座っているだけの役だそうだ。

 たどたどしい男の子の話によればその日の演目は、脚本家のオリジナル作と言うことになる。

 タイトルは動物学校。人間を立派だと思っていて、人間になりたがるばかりの動物に、人間の悪いところを説明する話だそうだ。

 先生は、動物達に人間の悪いところを教えることになった先生の役。大学で講義を受け持つ先生にはぴったりの役だ。僕もその日は舞台袖で、舞台を楽しむことにした。

 

 ☆動物学校

 ある時男の人が草原を散歩しておりますと、草原の中に草を編んで作ったとても可愛らしい建物が建っておりました。建物には動物学校と言う看板が掛かっております。

 動物の子供達が学ぶ学校なのだな。どんなふうに動物の子供達は学んでいるんだろう?

 男の人は見学させて貰えないか、頼んでみることにしました。男の人が訪ねて行くと、用務員さんが校長室に案内してくれました。

 動物学校の校長先生は、牝牛でした。牝牛の校長先生は先生を歓迎し、男の人が人間の学校の先生だと知ると、頼み事をしてきました。

「この学校では動物らしい生き方を学ぶのですが、子供達は人間になりたがって人間のことばかり知りたがって困ります。どうかあなたから、人間の悪いところを教えて下さい」

 校長先生は椅子から立ち上がると、窓に掛かっていた草で編んだカァテンを引き開けました。窓の外には中庭が広がっていて、そこが子供達の教室でした。

 年齢も種類も様々な動物達が、ちょうど授業を受けているところでした。

 机がなく椅子だけで、生徒達は思い思いの場所に椅子を置いて、先生の話を聞いています。

 一番幼い、垂れた耳とくるんとしたしっぽの仔犬の男の子は、椅子に座る足が床に届いていません。

 姉妹のように良く似たインコの女の子達は、隣同士に座って、専らクスクスと笑いあっています。

 先生は年を取った猿で、行儀作法の授業をしているところでした。

「動物にはそれぞれ食事の作法があります」

 先生の言葉にインコの女の子が、うっとりと言います。

「人間のお行儀って素敵よね。銀のお皿やスプン、ナプキン」

 動物の生徒達は口々に話し始めました。先生は子供達を鎮めるのに静かにしなさいと言う代わりに、

「いいですか。人間はお風呂に入ります。シャボンでゴシゴシ洗うのですよ」

 仔犬は首を傾げて情け無さそうに、言います。

「お風呂は嫌だなぁ。シャボンは嫌い。鼻がむずむずするもの」

 皆その意見には賛成のようです。猿の先生は、校長先生に気が付きました。校長は、

「人間の先生が来て下さいました」

 と、男の人を紹介します。それを聞いた生徒達は、大喜びします。

 校長先生は、猿先生に頷いて見せました。

「今日は人間の先生に授業をして戴きましょう」

 人間の先生は校長に頭を下げられ、覚悟を決めると、皆さん今日はと言いながら、窓の外に歩いて行きました。

 椅子にだらしなく腰を掛けていた生徒も、人間の先生が前に立つと背中をピンと伸ばして、女の子達も余計なお喋りは止めて期待に満ちた目を先生に向けました。先生はまず、

「皆さんは人間のどんなところを立派だと思い、尊敬しているのですか」と、聞きました。

 山羊の男の子が最初に手を上げて、

「人間は絵を描いたりお話を作れます」

 先生は反対に、

「動物には想像力はありませんか?」と、聞き返します。

 動物達はそれには首を横に振りました。

「いいえ。そんなことはありません」

 最初の男の子が、

「でもクモの糸のような細い線を描けたり、眩しくて見ていられないお日様を、黄色い丸や線で表せるのは人間だけです」

 と、付け加えました。先生は思った通り、

「芸術を理解し、芸術を楽しむ者はごく僅かです。芸術に美しさではなく、お金や名前にしか価値を見い出せない人も多い。人間の中でもそれは、恥ずべきこととされます」

 顔付きはあどけないけれど、身体だけは大きな熊が、手を上げる間も惜しんで、

「オウムやインコは物真似しか出来ないから頭が悪い。人間は沢山言葉を知っている」

 インコの女の子達は、不機嫌そうに熊を睨みました。熊も、べえと舌を突き出してお返しをします。先生はやっぱり思った通り、

「物真似しか出来ないから頭が悪いなんて、とんでもありません。汚い言葉を使ってはいけないと言われているのに、汚い言葉を使う人間の方が悪いですよ」

 自分で言いながら先生は、自分の言葉に落ち込みました。人間は高等動物だと言われ、沢山の美徳も備えていると言われますが、現実には悪徳ばかりが目に付きます。

 言葉のいい悪いの区別も付かない幼児ならともかく、良い年をした大人が汚い言葉使いをしたり、怒鳴ったり喚いたりして少しも恥を覚えないのですから、下品な言葉と知らずにがなり立てるオウムや、静かにしなさいと言われても吠え続ける犬と、どこに違いがあるのでしょう。

 ただ人の形をしていると言うだけです。

 奇麗な猫の女の子が、ツンとした口調で、

「犬は言われたことを、いい悪いの区別なくやる。人間にけしかけられたからって、何もしてないあたしを追いかけたりするし」

 仔犬の男の子は、困った顔で猫の方を振り返り、バツが悪そうにしっぽを振りました。先生は、

「人間だってそうです。戦争に行けと言われて、多くの人は反対もしませんでした。良いことだと上から言われ、何の疑問も持たずに人々は信じ込んだのです」

 思考力も思いやりも想像力も人間にしかないものだと人間は言って、動物達を馬鹿にしてきましたが、思考する力があれば、戦えば自分も傷付き相手も傷付くことが分かりますし、思いやりがあれば傷付けることに躊躇しますし、想像力があれば、兵士にも家族や大切な人がいることが分かる筈です。

 同じ人間同士ですら、病気などで思考力の少ない人を見下したりするのです。思いやりがあれば、とてもではありませんが、そんなことは出来ないでしょう。

 豚の男の子は短い足を組んで俯きながら、

「牛や豚は食べられる為だけにいるけれど、人間は誰にも食べられない」

 人間は雑食なので、肉や魚からの栄養も必要としています。昔から、牛や豚は人間に狩られてきました。ライオンなどの肉食獣に狩られるように。

 それは動物にも仕方がないことで、自然なことだと思っているでしょう。

 牛に生まれても、逃げ伸びるチャンスも戦う機会もありました。殺されて食べられるのではなく、病気や怪我や老衰で死ぬ権利を持っていました。人間は牛や豚から、その権利を奪ったのです。

 自分達が苦労せずに、時間も掛けずに肉を手に入れる為に。牛や豚や鶏には本当に申し訳ないことです。 先生は、

「食べる為以外に、人間達同士で殺し合いをします。動物は、雌や餌を争って喧嘩はしても、相手の息を止めることはないけれど、人間は違います。自分の欲しいものの為に人を殺し、自分を不快にさせた相手も殺して満足します」

 子供達には、刺激が強すぎたのでしょう。みんなショックで、真っ青になりました。

 インコ達は寄り添い合い、仔犬は足を椅子に引き上げてしっぽを股の間に隠しました。ウサギが落ち着きなく耳を動かしながら、縋るように震える声で発言しました。

「人間は、自分の手で自然が作れる。草ばっかりの牧場、畑」

 先生は小さく首を横に振って見せました。

「そうすることで、本当の自然を壊しています」

 教室の中はシンとして、それ以上誰も何も言いませんでした。先生はとても恥じていて、やっぱり黙っていました。

 人間には確かに良いところもあるでしょう。しかしその良い面は、殆ど生かされていないのです。人間達は立派だと思って信じている動物達に、顔向け出来ません。

 ホッとしたような、がっかりしたような声で山羊の少年が、

「何だ。人間みんな偉い訳じゃないんだ」

 途端に他の生徒達もお喋りを始めました。

 人間より動物の方がいい。人間なんて尊敬する価値がない。こんな愚かで自分勝手だなんて知らなかった。

 もう生徒達は、先生のことなど見向きもしません。

 そんな中で仔犬の男の子だけが、

「でも僕、先生のこと好きだな」

 と、言いました。誰かが負けてなるものかと言うように、

「僕だって」と、叫びます。

 生徒達は顔を見合わせあった後、頷きあって、

「うん。先生のことは好きだ」

 と、口々に言いました。先生は動物の子供達に慰められて、泣き出しそうな笑みを浮かべると、

「人はね、人に生まれただけでは、人ではないのですよ。正しくあろうと努力するからこそ、尊く立派なのです」と、言いました。

 子供達はその言葉自体も尊いことに気付いて、静かにその言葉を胸に刻みました。

 授業の様子を見ていた牝牛の校長と猿の先生は、満足そうに何度も頷き、終業の合図の鐘がどこからともなく小さく聞こえてきました。

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