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劇団IHATOV 3

 双子は様々な悪戯や遊びを考え、思い付くさま次々と行動に移しました。ある時双子は、彗星を捕まえしっぽに掴まって、何処までも運ばれて行きました。

 彗星は海ばかりの惑星に突っ込み、衝撃で双子の星の人は気絶しました。

 星を巡らせる仕事の時間が近付いても、双子達が現れることはありませんでした。星の人達の間で、双子達がいないと大騒ぎになりました。

 星の人達が決まった時間に音楽を奏でることによって、星を動かす歯車の動力が溜ります。楽器が一つでも欠けては、星を巡らせる力は働きません。

 天の神さまは、星たちに双子の行方を聞いて、双子を連れ戻す為に天の竜を遣わせました。竜は彗星の後を辿って海で一杯の星に行き、海の底で気絶していた双子を拾い、双子の宮まで運びました。

 双子は竜の背中の上で目覚め、自分達の失敗に震え上がりました。

 てっきり相棒を、消されてしまうと思ったからです。しかしあまりにも双子の結び付きが強い為に、片方を消すともう片方も消える為、神さまにも双子は消せませんでした。

その時は何とか時間に間に合った双子は、赤い目をした竜に睨まれながら、星の宮で楽器の演奏に加わりました。

 天の神様は、罰として双子を竜が見張るよう申し付けました。暫くは竜の目がなくても神妙にしていた双子ですが、長続きはしませんでした。

 竜に邪魔されないよう遠出をする為に、双子は琴の練習を始めました。竜は、琴の音を聞くと眠るのです。

 双子は時々琴で竜を眠らせて、こっそり遠くまで出掛けます。時間前には勿論戻って来るつもりですが、目が覚めた竜にいつも連れ戻されるのでした。

これが双子の星の人のお話です。

  ☆

 双子の星の話は、双子の為にあるような話だった。もし大人しい双子に出演依頼が来たとして――大人しい双子が存在するかも疑問だが、演技が出来るのか心配な程だ。

 元々滅茶苦茶な劇なので、双子が更に悪化させる心配はない。

 シリウス役のケンタウリや、プロキオン役の僕がまだ会っていない劇団員の小さな男の子、カシオペイア役のリトルガァルを右往左往させて喜んでいた。僕の知っている双子座の話とは違うし、劇の脚本も知らないけれど、双子のアドリブじゃないかって思うほどだ。

 何とかお宮に戻った双子は、背景の闇から覗く二つの爛々とした目玉の前で、縦笛と横笛を出して、有名な『星巡りの歌』の二重奏をした。天の神さまは、音楽を宇宙全体に張り巡らせて、秩序を作ったのだ。それを表したのが、『星巡りの歌』だとされる。

 双子も、笛は得意だ。普段は、オォボエとフルゥトを吹く。

 僕の兄弟は、全員何かしら楽器が弾ける。演奏家の夫を持った、母さんの願いなのだろう。家族で一通りの楽器を揃えると言うのは。

 一番上は、トランペット。海では金属が錆びるから、吹いていないだろう。兄さんは気に入っていたけど、しょっちゅう壊れてとんでもない音をさせるトランペットだから、吹かなくてもいいと思う。

 幼い僕は、何度飛び上がったか分からない。あんな音が出ても平気な兄さんの音感に、僕は疑問がある。

 すぐ下のリルケは、セロを習わされていた。多分ノエルは、パァカッションだろう。赤ん坊の頃から、鈴やガラガラを振り回すのが大好きだった。

 母さんは楽器は出来ないけれど、歌がとても上手だ。

 母さんも小さい頃から、歌うのが大好きだったんだって。母さんも昔は、リトルガァルみたいな小さな女の子だったんだろうな。

 双子の演奏する『星巡りの歌』が響く間、幕がスルスルと閉まった。笛の演奏が終わると、リトルガァルの独唱に変わった。本人の姿は見えない。


『赤い目玉の蝎 広げた鷲の翼』*引用『星巡りの歌』宮沢賢治

 以下割愛


 空に羽ばたく天馬ペガサス 踏まれた蟹の涙    

 海をへ巡る鯨 白鳥は北を目指す      

 気高き黄金こがねの獅子は 夢と平和を守る

 お使い忘れた烏 猛きはがねの牡牛       

 薔薇咲く憩いの庭に 一角獣ユニコーンは遊び      

 水甕みずがめの水は溢れ 天の河原を満たす   


 劇が良かったのかは僕には分からないけれど、楽器の演奏には文句の付けようがなかった。観客も、十分満足したようだ。

 ケンタウリとプロキオン役の男の子が、帽子を持って右と左に別れて、お客の間を回る。僕は一番後ろの席に座っていたので、回って来るまでに時間があった。

 劇を見ただけでそそくさと離れて行く人もいたけれど、殆どの人が何かしら、帽子の中に放り込んでいた。

 歌はいつの間にか、オカリナの演奏に変わっていた。哀愁を帯びたメロディは、新世界交響曲だ。

 僕のところに来たのは、知らない男の子の方だった。ケンタウリなら、僕をやり過ごしただろうけれど、男の子は僕の前にも帽子を差し出した。

 ノエルぐらいの、小さい子だ。一生懸命で泣きそうになっている様子が、何だが痛々しい。

 帽子には、様々な種類の小銭とお札が入っている。お金よりも、お菓子や小さな花束の方が多い。

 匂い菫のブゥケ、クッキィや飴の袋。ガラスの腕輪なんかもあった。

 僕は、先生のことを言おうか、一瞬迷った。何だか男の子が可愛そうに見えて、小銭ぐらい入れて上げたい気分になる。その時、僕の後ろに誰かが立つ気配があった。

「おい。俺達の弟から、巻き上げようってのか?」

「いい根性してるじゃないか」

 うっ。その声は。

 五才の男の子からしたら、十三才なんて大人と変わらない。男の子は心底震え上がって、口の中でごめんなさいか何か呟きながら、ピュウっと逃げようとした。

 僕が思わず、待ってと呼び止める。男の子は、怖そうに僕を振り返る。僕まで双子の仲間と思われてはたまらない。

 僕はまだ残っていたキャラメル掛けのマカロニを摘んで、君に上げるよと言いながら口元に押し付けた。男の子はマカロニを口に入れ、モゴモゴとありがとうと言うと、やっぱり後先見ずに逃げ出した。

 キャラメルを掛けたマカロニは、好きじゃないんだろうか?

 双子はサンダルと短いキトンと言う舞台衣装から、早変わりのように襯衣シャツとズボンに戻っていた。どちらがどちらを演じていたのかも分からない。どっちか分からない方が、

「自分だけ、いい子になっちゃって。まるで、俺達が悪いお兄さんみたいじゃないか」

 と、文句を言う。悪いお兄さん以外の、何者でもないと思う。そっちじゃない方が、

「俺達の弟だって言うのも、得だろう?」と、言ってくる。

 どこが? 

 見物料も払い終えた観客が、その場を立ち去って行く。双子は目立つので、劇を見た人が誰彼となく声を掛けて行く。

 観客は誰も、本物の双子の星の人とは思っていない。双子達は愛想良く、観客達に答えていた。

 するとヒゲ面の逞しい男の人が近付いて来て、

「さっき竜の奴が、三角広場のハァプの演奏に足を止めていたぜ。そろそろ演奏も終わったんじゃないかな」

 と、からかうように言った。男の人は、すぐにその場から離れて行った。双子は顔を見合わせて、

「せっかくの自由時間を、邪魔されるなんてごめんだ。別の広場に行こう」

「オリオンの奴。自分だけ楽しむつもりだぜ」

「まあ、いいじゃないか。教えてくれただけでも」

 二人は僕のことを忘れたように、その場から離れ掛けた。オリオンってまさか、今の男の人のことだろうか。

 昼と同じ、チェックのエプロンドレスに着替えたリトルガァルが駆けて来て、双子を掴まえた。あなた達の取り分よと言っている。

 双子は嬉しそうに、これで東方三ケ国が揃ったぜと言いながら、何の変哲もないコインを手にして喜んでいる。

 お金の額など無関係で、珍しいコインを出演料に貰う約束だったのだろう。双子の収集癖も物凄いものがあった。僕が覚えている限り、切手に古地図にマッチ箱に、何でも集めていく。今度はコイン収集らしい。 双子はコインを手にすると、急ぐんだと言って、歩き出そうとした。リトルガァルが、

「これもあなた達の分よ」

 と、声を張り上げる。双子は既に人込みと闇に紛れながら、返事を寄越してきた。

「三つ葉印のクッキィなら、俺達の弟分にでも代わりに上げてくれ」

「俺達が、自分の兄貴だなんて冗談が過ぎるぜ。やーい。信じ込んでやんの」

「本の虫じゃなくて、夢の虫じゃ、自分の兄弟も分からなくて当然さ」

 双子の笑い声だけが、暫く聞こえていた。

 本に噛じり着いていることを本の虫と言うけれど、昼間でも夢を見ているようだと僕のことを、双子は夢の虫と言ったりする。

 最後に嫌なことを言われ、僕はブスッとする。本物にしても違うにしても、双子ってのは性質タチが悪い。

 出演料を渡し損ねたリトルガァルが、僕の方に近付いて来る。

「気を落とさないでね」

 リトルガァルは、僕に三つ葉のクッキィを差し出してくる。緑茶で色を付けたクロォバァの形のクッキィだ。幸運の四つ葉が入っている場合があるけれど、僕はまだ見つけたことがない。

 僕は年下の女の子に慰められるのが嫌で、

「楽器の弾けない双子と大人しい双子なら、どっちが多いんだろう」と、呟いた。

 リトルガァルが、

「半々ぐらいかしら」

 と、答える。信じられない。僕はムキになって聞く。

「楽器の弾けない大人しい双子ならどうするの?」

「演出を変えるのよ。大人しい双子は、意地悪な彗星に攫われて海に落とされるの。彗星が攫わないように、竜は見張りをするの」

 僕は、

「本当のお話はどっち?」

 と、聞く。リトルガァルは笑って答えた。

「どっちでもいいのよ」

 その通り。どっちでもいい。

 ヨックとディルの区別が着かなくても、カストゥルとポルックスの区別が着かなくても。

  *

 先生は、フィドル弾きの猫が戻らない限りと言う約束で、ポランの広場での残りの二日間も手伝うことに決められた。僕は久しぶりに双子と関わって疲れた所為か、昨晩はすぐに宿に帰って寝た。

 僕がまだ寝ていると、リトルガァルが部屋にやって来て、僕を叩き起こした。リトルガァルの後ろでは、ケンタウリが申し訳なさそうに、アコォディオンを抱えて俯いている。

「あなたの先生は、もう台本読みの稽古をしているのよ。あなたも起きて」

 僕は訳の分からないまま、ベッドから追い出される。僕は目をショボショボさせて、

「台本読みって。先生も舞台に立つの?」

 先生も僕に着いて戻って来た筈だけど、後でまた出掛けたのかも知れない。大人の時間は、まだまだだからだ。

 その時に、今日のこともリトルガァル達と決めたのかも知れない。それとも朝に先生を呼びに来たんだろうか。

 僕は、先生が出掛けたのも気付かなかった。リトルガァルは、朝からシャキシャキした様子で、

「いつもは演出家が出るんだけど、相変わらず熱があって唸ってるわ。大人の役だから、劇団員には無理なの」

 僕はまだ眠いので、ああそうとしか反応出来ない。リトルガァルは僕の寝ぼけた頭に、銃弾のように言葉を打ち込んでくる。

「先生には出演して貰うし、オカリナじゃどっちにしろ合わないから、あなたに演奏を頼むわ。ピアノは流石に手に入れられなかったけど、これなら借りられたの」

 僕は一旦聞き逃してしまった後、ようやくはっきりと目が覚めた。僕にそれを弾けって言うの?と聞き返す。小型のアコォディオンなので、子供の僕にも抱えられるだろうが。

 リトルガァルは、ピアノは弾けるんでしょうと無邪気に問い返してくる。

「オルガンとかなら分かるけど、鍵盤楽器と言っても違うよ。僕アコォディオンなんて、触ったこともないし」

 僕は、必死で言い立てた。リトルガァルは取り合わず、満面の笑みを浮かべた。

「だから今日一日練習してね。大丈夫。猫踏んじゃった一曲だけだから簡単でしょう」

 僕は撫然として最後の抵抗に、

「僕、その曲嫌いなんだけど」

 と、言う。リトルガァルは、素っ気無く返す。

「知ってる。猫も嫌いだから。わざと間延びさせたり、凄い早さで弾いたりしていいの」

 弦楽器のフィドルでならそれも簡単だろうし、高音になると猫が鳴いているようにも聞こえるだろう。僕は、渋々ながら引き受けた。出来なくても、仕方がないからねと釘を刺すのは忘れなかった。

 それだけ決めると、リトルガァルはきびきびと背中を向けた。

「ケンタウリは他に仕事がないから、劇の内容や助言は彼にして貰って」

 僕と、アコォディオンを持ったケンタウリが部屋に残される。僕は朝から一気に疲れた気がしながら、ケンタウリに宣言した。

「練習するにしても、着替えて朝も食べてからだからね」

 ケンタウリは申し訳なげに、黙って頷いた。

 僕は洗面などを済ませ服を着替えて、ケンタウリと一緒に、宿の下にある食堂に降りた。銀の鈴亭は、長方形の校舎のような木造の建物で、食堂やBAR・遊戯場などが一階に入っている。

 客は、ポランの広場の関係者が殆どだ。夜に遅くまで出掛けている代わりに、昼間は寝ているので、いつでも静かでガランとしているように見える。

 盛況なのは、どんな時でもお酒を引っ掛け、カァドゲェムが手放せない大人が集まるBARぐらいだ。

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