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劇団IHATOV 2

 僕は、

「寮はどうしたの? 抜け出して来たの? 問題ばかり起こしてたら、その内摘み出されるよ」と、言ってやる。

 二人は双子ならではの特殊能力で、息ぴったりに、

「はっはーん」

 と、言って、顔を見合わせた。

 うっ、嫌な感じだ。視線だけで意思の疎通を計った双子は、ニヤニヤ笑って僕を見ながら、

「俺達のことを心配してくれてる訳だ?」

「違うよ。何で双子のことなんか」

 僕は本気で嫌がって、言う。双子の場合相手にしてもしなくても、増長する。その癖自分達が飽きたら、あっさりと放って行ってしまうのだ。

 例えば、こんなことがあった。双子がニヤニヤ笑いながら僕に近付いて来て、なぁお前気が付いてる?とか言い出すんだ。僕が反応しない内に、別なことに興味が移って何もなかったように離れて行く。

 実際に服装が変なのか、顔や頭に何か着いているのか。それとも無意味なからかいか、作り話の前振りか。真剣に悩むことになる。

 後に残された者が困ると分かってわざとやっているなら、ひどい知能犯だ。ディルが僕の肩を慣れ慣れしく叩きながら、

「お前、俺達のことが大好きなんだもんな」

 お菓子の油や砂糖がベタベタ着いているであろうディルの手を、僕は乱暴に振り払う。

「好きな訳ないだろう。意地悪なヨックとケチケチのディルのことなんか」

 ケチケチのヨックと意地悪なディルと言ってもいい。本人達もどちらがどちらか忘れるんだから。ディルとヨックは顔を見合わせて、弾けたように笑う。ディルが、

「俺達ケチケチだってよ。ケチなつもりはないけどな」と、言った。

 黙って遣り取りを見守っていたリトルガァルが、見兼ねたように間に割って入ってくる。

「あなた達、本当に彼の双子のお兄さんなの? 兄弟なら勿論名前も知ってるでしょう」

 僕より小さな子に、庇われてしまった。ヨックが少しも躊躇ためらわずに、

「チビだよ。チビ」

 僕は改めて、双子を眺め直した。リトルガァルは僕の名前を知っているけれど、耳打ちするように聞いてきた。

「お兄さん達、あなたのことチビって呼ぶの?」

 僕は撫然として首を振りながら、

「ううん。一番下の弟のことはそう呼ぶけど」

 僕自身が、双子から何と呼ばれているかは言わなかった。ディルがヨックを突ついて、こんなふうに言っていた。

「おい。どうする。降参した方が良さそうだぜ?」

 よくよく見ると双子よりは金髪の色が薄くて、瞳の色が濃い気がする。僕はジトッと上目遣いで二人を睨みながら、疑り深く聞いてみる。

「双子じゃないの?」

 ヨックが気弱げな笑みを浮かべて、膝を折って僕と目線を合わせながら、

「ボクのお兄さんではないよ」と、言った。

 双子の態度も七変化だから、どんな態度を取られても、別人だと言い切ることは出来ない。僕は素っ気無く、名前は?と聞く。ディルと僕が呼んでいる方が偉そうに、

「双子と言えば、カストゥルとポルックスじゃないか」

 と、言った後、顔色を変えて、あっいけねと舌を出した。ヨックが余計なことをと言うように、ディルを睨んで見せる。双子はそう言う御芝居も得意だ。

 僕は、星の名前を持つ人達のことを思い出し、興味を引かれて聞いてみた。

「シリウスとかアルタイルさんみたいな星なの?」

 シリウスやアルタイルが本物の星だったなら、双子座やオリオン座に当たる人達もいるだろう。ヨックみたいでヨックではないと言う少年が、意味深な顔でとぼけた。

「どうだろう?」

 ディルのそっくりさんは、ニヤニヤと思い出し笑いをして言う。

「シリウスと言えば、この前採集当番の時、バケツの海老を海月クラゲに替えてやったんだ。ポラリス団長に叱られて、目を白黒させてたぜ」

「プロキオンのチビどもに、当番を肩代わりさせて自分が集めたようなフリをしているんだから、いい気味だろう」

 ヨックも平然として続けた。

 プロキオンの為にして上げたように見えるけれど、それは結果的にそうなっただけだ。きっと他のところでは何もしていないプロキオンを、からかって遊んでいるに違いない。

 双子と同じだ。例え別人だとしても、別人だってことに意味があるんだろうか。僕は、双子のおふざけでも事実でもどちらでも構わないとばかりに、

「どっちがポルックスでどっちがカストゥル?」と、聞く。

 偽ディルが首を傾げて、

「どっちだったかな。今俺がポルックスだっけ?」

 と、相棒に聞いた。ヨックもどきが、

「違うだろう。お前がカストゥルだよ」と、教える。

 双子もよく、お前がヨックだ、いやディルだなどとやっている。

 勝手にしてくれだ。

 そこに、先生が近付いて来られた。リトルガァルに、ケンタウリが困って呼んでいると告げに来たのだ。リトルガァルは、ケンタウリはいつも困っているのと素っ気無い。

 先生は双子を見ると、おやとばかりに足を止めた。僕は、双子が先生に何を言ったりするか気が気じゃなかった。

 PヨックとKディルは、礼儀正しい品のいい少年ですと言った笑みを浮かべると、

「いつも弟がお世話になっています」

 と、先生に頭を下げた。もうっ。僕は、

「紛らわしいことしないでよ」

 と、怒りながら、二人を蟹の上から押し退けた。Kディルは懲りずに、今の見ました?と言うような顔を作って見せる。

「弟は意外とやんちゃでしてね。お騒がせしていないといいんですが?」

 まるで、大人みたいな喋り方をして見せた。僕は膨れて、ずっと蟹を踏んでると言い返す。子供染みた考えを笑うかと思ったが、今度はPヨックが柄の悪い喋り方で、

「踏むなら、獅子より蟹じゃないか。獅子なんて、踏む前に近付けないものな。蟹なんて、子供二人乗ったぐらいじゃ気付かないぜ」と、言った。

 立ち位置は変わっていない筈だが、二人の気分が変わったのだろう。こんなのだから、どっちを何と呼ぼうと変わらないのだ。何となく尤もらしく聞こえる理屈に、僕は黙り込む。

 リトルガァルは先生と僕で買物をするように先生に言い、自分は問題の起こしそうな双子を連れて、先に戻っていると言った。

 双子は僕に興味が失せたのか、促されるまでもなく、先に立って歩き始めた。二人で愚にも着かないことを言いながら。

「獅子どころかずっと前に、山羊にも蹴られただろう。紙を食べさせようとして」

「それはお前だろう。今はお前がカストゥルなんだから」

 僕は今夜の出し物を本気で心配して、先生を見上げた。

「きっと劇は、滅茶苦茶ですよ」

 勿論やろうと思えば、双子は完璧な芝居ぐらい出来るだろうけれど、一旦勝手をやり出したら、とことんまでやり抜く。劇は大成功する可能性と同じぐらい、大失敗する可能性もある。

 先生は双子の怖さを知らないからか、いつものように安心感のある笑みを浮かべて仰られた。

「〈双子のお星さま〉は、双子座の生まれた訳を説明する話なんです。本物の双子が演じるんですから、劇はどうなっても成功なんですよ」

 本物の双子ならば、だ。でも、本物の双子と言うなら確かに双子だ。双子座ではなくても、双子であることに代わりはない。先生の言うのは、そう言うことだろうか。

 先生の時間がある内に、僕は劇団員割り引きで、双子も持っていたマカロニの揚げ菓子と、ムゥンパンチを買って貰った。

 マカロニの揚げ菓子は、屋台や見せ物小屋でもよく出るけれど、場所によって種類や内容が変わる。蝶、円筒、貝殻の形の揚げたマカロニに、砂糖や黒胡椒、スパイスを振ったり、キャラメルやチョコレェトに潜らせたりする。

 双子の片方は黒胡椒、片方は砂糖を買って、甘いのと辛いのを交互に分け合って食べていた。僕はシェル型のマカロニに、キャラメルを掛けたやつにした。

 飴色の宝貝や琥珀のようで見た目も奇麗で、僕のお気に入りだ。ムゥンパンチは色付きのサイダァに、傘みたいな小さな寒天が入った飲み物だった。

 サイダァの泡で、上がったり下がったりするのが見ていて面白い。何が月かと言うと、その傘はクラゲを表しているかららしい。クラゲは、海の月とも書くからだ。

 先生は演奏の時間があるので舞台に戻り、僕も両手が塞がったので、舞台の前に設えられたベンチの端に腰を下ろした。

 一番前にまで陣取って、見たいとは思わない。双子に何か投げられたら事だ。

 空に星が光り、白っぽく見える月が夜空に現れると、ポランの広場の時間が始まる。

 舞台は数メェトルの長さの段で、舞台袖となる左右に束ねた緞帳が吊ってあった。幕は最初から開いていて、背景にガラスやビィズ、スパンコォルを通した簾が掛かっていた。星座の話だと言うので、それが宇宙を表しているのだろう。

 幕と背景を吊る為に、二本のカァテンレェルが差し渡されているだけで、舞台の上には屋根がない。舞台の前に、スポットライトが並べられていて、下から舞台を照らし出している。 

 なかなか幻想的だ。

 僕がベンチで飲み食いしていると、幕の後ろからオカリナの柔らかいメロディが響いてきた。曲は、ポランの広場の歌だ。先生の姿は見えないが、吹いているのは先生で間違いない。

 オカリナの暖かい音が、夜気の中に溶け込んで行く。メロディだけの演奏が、二回三回と繰り返される間に、舞台の前に観客が集まり始めた。

「そろそろ始まるみたいよ」

「今日は双子が出るらしいね」

「そりゃ見逃せないな。イィハトォヴ劇団ってあれだろう。童話の」

「どんなお話かしらね。坊や。楽しみね」

 沢山の人の囁きが僕の耳を打つが、人声はオカリナの音を掻き消すことはない。四度目の曲の途中に、左手側の舞台袖からリトルガァルが姿を現した。囁き声が、ピタリと止まる。 

 リトルガァルは真剣な顔で、何かの儀式のように厳粛に舞台の真ん中まで来ると、正面を向いて立った。五度目の前奏の後、リトルガァルが歌い始める。

 失敗するまでのケンタウリの演奏による時のポランの広場は、もう少し軽快なテンポだったけれど、先生のオカリナの伴奏は、心に染み入るようだ。

 リトルガァルもしっとりと歌い切った。いつも、フィドルに合わせて歌っているのだろう。リトルガァルの澄んだ声は、音を外すこともない。勿論、先生の演奏が詰まることはなかった。

 歌い終わって演奏も止むと、リトルガァルは深々と御辞儀をした。思わず観客からホウッと溜め息が出て、拍手に送られてリトルガァルは袖に引っ込んだ。

 再びオカリナの曲が流れ出すが、今度は知らない曲だった。そして、一晩目の演目が始まった。

 

 ☆ 双子のお星さま

 遥か昔、星たちは今と違って、好き勝手に動いておりました。星は、エェテルなどで出来た生き物です。ある物は鷲や熊の生き物の、ある物は天秤や王冠の形をして、宇宙を縦横無尽に駆け巡ったり、漂っておりました。

 そこに秩序はなく、しょっちゅうぶつかりあって弾け飛んで、宇宙は大変混乱していたのでした。星たちを母体に命を育もうと考えた天の神さまは、星たちをまず治める必要があると気付き、その役目を任す者を選び出しました。

 手弱たおやかな乙女、知恵のある半人半馬、勇敢な狩人。元気一杯な少年も、その一人です。選ばれた者達は、音楽で星々を大人しくさせ、それぞれの星の取る道を管理しました。

 中には星の人の管理を受け付けない星もありました。

 その数は僅かで、天全体を混乱に陥れる程ではありません。そう言う星は、彗星や流星として、時々他の星にぶつかったりするのです。

 星たちを治める者達は、星の人と呼ばれます。星の人達は、星たちを治める大事な役目の傍ら、自らの生活も楽しんでおります。星に生き物が生まれるとその生活を見守り、時には生き物達の中で過ごすこともありました。

 天のあちこちで様々な種類の命が生まれた為、もし再び宇宙の統制が揺るむと、その命もただでは済まなくなります。星の人達の役目は、とても重く意味のあるものになりました。

 子供の星の人も何人かいますが、少年と同じ年頃の子供はおりませんでした。遊び友達のいない少年はだんだん無口になり、以前の朗らかさも失いました。

 少年は、暇さえあれば天の川に映る自分の姿を見て、もう一人自分がいれば、せめて一緒に遊べるのにと思っておりました。

 そこで少年は、天の神さまにお願いして、もう一人の自分を作ってくれるように頼みました。意気消沈した少年の姿は見るに忍びなく、天の神さまはその願いを叶えてやりました。

 天の川から、そっくりな少年が現れました。少年達は、カストゥルとポルックスと名乗りました。

 どちらが最初からいた少年で、どちらが天の川から生まれたのか、本人達にも分かりません。どちらも同じだからです。

 少年達は、以前の元気を取り戻すどころか、以前より勢いが着きました。元気も二人分と言う訳でしょう。

 二人はそれ以来、双子の星の人と呼ばれるようになりました。

 双子は、務めの時以外はあちこちの星に出向いて、騒ぎを起こすようになりました。

 星の人達も随分迷惑を受け、神さまに一人に戻して下さいと願いましたが、一人ぐらいやんちゃな子供がいるのも良かろうと、神さまは鷹揚に構えて、双子を一人に戻すことはしませんでした。

 一人ではなく、二人・・・なのですが。

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