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劇団IHATOV 1

 星の豆電球 瞬く夜 月のラムプにを入れませう

 螢のカンテラ吊って ポランの広場に行きませう

 弦楽器の演奏に合わせて、小さな女の子の歌う声がする。

 僕と先生はポランの広場に来ていた。ポランの広場は、夜になると様々な屋台や見せ物が出ることで有名で、今までにも先生に連れて来て貰ったことはあるが、昼間の今は閑散としたものだ。

 昼の広場で、ポランの広場の歌を歌っているのは誰だろう? 僕と先生は興味を引かれて、声の聞こえた方に向かう。

「風の手が掻き鳴らす クモの糸 ハァプ」

 高音に掛かるところで、楽器が半音上がり損ねた。歌声もそこで止んで、文句に変わった。

「ああ、駄目だってば。また音が外れたじゃない」

 ポランの広場と言っても一つではなく、花牧公園の中にある幾つかの広場がまとめてそう呼ばれている。大きさや形の違う広場には、それぞれサァカス広場や、銀の鈴亭前広場などの通称が付けられていた。

 巨大な公園には、花壇や花時計だけでなく、池や小川や生け垣で作られた迷路まである。

 広くて整えられた公園は、夜になると魔法のように変わる。

 広場を結ぶ糸杉やポプラの遊歩道には、赤や青のランタンが下げられ、広場に入り切らなかった小さな小屋やテントまで並ぶ。動物を象ったトピアリィや、ブロンズや大理石の像も月の光の中では、何か別種の生き物のように見える。

 昼に来たのは初めてで、一軒の店もなければ、公園を散策している人しかいなかった。それが夜になると、何処からともなく現れた人々で一杯になるのだ。

 今日はたまたま早く着いたので、テントや舞台が設置されるところや、稽古の様子を見られないかと思って出掛けてみたのだが、時間が早過ぎたようで何も始まっていなかった。

 そんなところに、あの歌声と演奏が聞こえてきたのだ。

 音は、星の広場からしていた。黒大理石の円形広場の中央にはコンパスが描いてあり、周囲は十二星座が取り囲んでいる。だから星の広場だ。

 僕と先生が広場に行ってみると、二つの人影が見えた。二人は、時計で言うと七時の方向、キャンサァの枠の外に立っていた。

 ただの偶然だろうけれど、それだけで僕は、その二人に好感を持ってしまう。僕は、星の広場に来る時は、蟹の絵だけは踏まないように心掛けていた。

 僕自身が、蟹座の生まれだからと言うだけではない。星座の蟹は、ヘラクレスの十二の偉業の一つ、海蛇を退治する話に出て来る。蟹と海蛇は友達だった。

 友達が退治されないよう、助太刀しようと蟹は勇者に近付く。しかし蟹は、一撃をお見舞いする前に、勇者に気付かれることもなく踏み潰されてしまう。

 そんな蟹を哀れに思って、神さまは蟹を空に上げて星にした。

 優しさや努力は、きっと誰かが見ていてくれると僕は思いたい。星になってまで蟹も、人に踏まれたくないだろう。

 歌っていた女の子は、リルケぐらいの年だった。女の子は不安そうな様子で、

「楽器もなしで、どうやって人を集めればいいの。ゲストのある今日だけでも、何とかしなきゃいけないのに」

 そこに先生が、

「どうしたんですか」と、優しく声を掛けられた。

 もう一人は、のっぽの男の子だ。年は僕と変わらないかも知れない。男の子は、フィドルと弓をだらりと手に下げて持って、俯いている。女の子はとても澄んだ声で、

「私達、イィハトォヴ劇団の者です」と、名乗った。

 女の子は、僕を見た途端駆け寄って来て、手を握らんばかりにした。

「ちょうど良かった。あなたが、フィドルを弾いてくれない。大したお礼は、出来ないんだけど?」

「僕、フィドルなんて弾けないよ。ピアノなら少し弾けるけど」

 僕は目を白黒させて、言う。女の子は目を丸くして、

「猫ってみんな、フィドルが弾けるんじゃないの?」と、言った。

 おかしなことを言う子だと、僕は思う。

「弾けないと思うけど。弾けると思うなら、その辺の猫にフィドルを持たせてみたら?」

 それに、僕も猫だと言うのだろうか。女の子は僕を無視して、先生の質問に答えるように話し出す。

「実は、劇団員のフィドル弾きの猫が、いなくなっちゃったんです。時々いなくなるんだけど、その時はちゃんと演出家が、他のフィドル弾きを手配してくれるから問題はないんです。演出家は、ここに来る直前の町で風邪を引いて寝込んでしまって、公演も取り止めるって言うんです」

 僕と同じ子供なのに、劇団員をしているなんて立派だ。

 女の子は、相談出来る相手をずっと探していたのだろう。先生は、真剣に女の子の話を聞いている。女の子は抱えていた不安を吐き出すように、言葉を継いだ。

「信じられますか? せっかくのポランの広場での興行を逃すなんて。それに、宿代も払えなくなってしまう。劇団員の私達だけで何とかしようと思っていたところに、猫までいなくなって、楽器の演奏から何とかする羽目になったんです。一番楽器も扱えそうな彼に頼んだんだけど、付焼刃では難しくて」

 女の子はそこまで言うと、深い溜め息を吐いた。男の子の方は、ずっと黙って所在無げにしているだけだ。

 僕は滅多に思い出さないし、普段は考えることのない人のことをふと思い出す。

「僕ら兄弟の父さんって人は、フィドルの演奏家で世界中を旅して回ってるんだって」

 僕が三つぐらいの頃までは、殆ど家にいたらしい。才能はあったのに、売れないフィドル弾きだったんだって。

 双子は父さんのことを良く覚えていると言うけれど、僕は父さんのことは少しも覚えていなかった。二つ年下のリルケが、僕をあやしていた父さんを覚えていると言い張ってたけど、きっと誰か他の人を勘違いしているんだろう。

 小さい頃のことは、あまり覚えていないので、はっきりとは言えないけれど。とにかく気付いた時には、赤ん坊のノエルがいた。

 僕にとっては、五人の兄と弟と母さんが家にいる人で、家にいない父さんと言う存在はどうもピンとこなかった。家族と言わないのは、双子を家族の一員と認めるのは嫌だからだ。

 母さんは父さんのことを忘れないように、時々は父さんのことを話したので、小さい頃のように、親子と言うのは母親と子供のことだけを指すとは思っていない。

 僕も父さんがいると言うことだけは、知っている。殆ど家に寄り着かない父親と言うのも問題かも知れないが、母さんは距離が離れても、心の距離さえ近ければいいと言う。

 家風の所為か、フラフラしている父さんの血を引いたからか。一番先にクレイブ兄さんが船乗りになる為に出て行き、それから何年も経って双子が寄宿舎に入った。

 大叔母さんの家に僕かリルケが行く話が持ち上がっていた頃、僕は先生と旅に出た。

 そのすぐ後リルケが大叔母さんのところに行ったので、今でも家にいるのは母さんと一番チビのノエルだけだ。

 ノエルもその内、家を出る日がくるのだろう。その時母さんは一人になるのか。それとも、母さんも何処かに行くのかも知れない。

 女の子は、僕をジッと見つめていたかと思うと、

「あなたのお父さんが、うちの猫じゃないかしら?」と、言い出す。

 僕はムッとして、

「父さんは猫じゃないよ」と、言い返す。

 双子は、父さんと母さんは本当は離婚しているんだとか、ノエルは父さんの子じゃないとか、大人の知識を仕入れてきて、僕をからかったものだ。

 子供を母親の元に残して行く牡猫みたいだけど、流石の双子も父さんを猫と同じだなんて言ったことはない。僕と女の子が言い合いを続ける前に、先生が口を挟んで来た。

「フィドル以外で、間に合わせられませんか? 私はオカリナなら吹けますし、持っていますよ」

 先生が楽譜を持っているのは見たことがあるが、実際に演奏しているのは聞いたことがない。女の子は、

「そうね。フィドルにこだわっている場合じゃないですよね」

 と、言って、お願い出来ますかと、先生に頭を下げた。先生は微笑んで、

「劇団で働けるなんて、滅多にない経験ですからね」と、仰る。

 先生と僕は、自己紹介をする。女の子は恥ずかしそうに立っている男の子を指し示して、

「彼は、ケンタウリ。私は小さい女の子(リトルガァル)

 ケンタウリは、ケンタウルスからきているのだろう。本名だろうか、それとも芸名? 猫と言うのも、呼び名かも知れない。僕は呆れて、

「小さい女の子と言うのは、見れば分かるよ」と、言ってやる。

 僕の父さんを、猫扱いするからだ。女の子は声を立てて笑って、

「名前がリトルガァルなの」と、言う。

 その笑い声があんまり楽しそうだったから、僕もいつまでも彼女に腹を立てていられなくなった。先生はリトルガァルと打ち合わせを始めた。

 僕は、気恥ずかしげに俯いている少年の側に寄って、聞いてみた。

「ゲストって?」

 少年は二度三度咳払いをした後、意外に低い声で話し始めた。

「演目は、〈双子のお星様〉なんだ。ここの劇団は特別で、この劇を掛ける時は、世界中の双子の中から選んで、飛び入りで演じて貰うんだ」

 年は変わらなく見えるけれど背は高いし、声替わりもしているようだ。少年は、低い声に慣れていないかのように、時折咳をする。

「来なかったら?」

 少年はクシャクシャの巻き毛の下から恥ずかしそうに目を上げて、それでも僕に笑い掛けてくれた。

「双子しか呼ばれないから、みんな喜んで必ず来てくれるよ」

 僕が不満げに鼻を鳴らしたものだから、少年は狼狽した様子になった。

 双子と聞くと、僕はすぐに嫌なことを考える。僕は最悪な打ち明け話をするように、爪先立って少年に耳打ちした。

「僕の二番目のアニも双子なんだ。それも、史上最悪のね」

 少年は考え深そうな様子で、ゆっくり頷き返す。

「そうだね。今まで色々な双子を見てきたけど、確かに双子っていいものも悪いものも、二倍になるみたいだね」

 先生は早速リトルガァルと演奏の練習を始め、僕は公園のすぐ横にある銀の鈴亭で宿を取る為に別れた。一人は心細いと言っても、僕一人で何も出来ない訳じゃない。

 双子は、血の繋がった双子しか知らないけれど、いい双子と言うのが思い着かない。

 僕は〈双子のお星様〉と言う劇は知らないが、どんな話なのだろう。僕の知っている双子なら、御芝居を無茶苦茶にするだろう。

 先生は音合わせの後、劇団員と一緒に行動されたのか、宿には現れなかった。

 どんな双子が来るのか心配だったけど、リトルガァルが早めに来たら、劇団員割り引きで買物をさせてくれると言っていたので、出掛けることにした。

 勿論先生のオカリナの演奏は聞くつもりなので、時間前には行くつもりだった。

 夕方の公園内は、昼間と違い騒がしかった。テントや小屋が掛けられ、売り物が並べられている。揚げたり焼いたりする食べ物のいい匂いもしてきていた。

 イィハトォブ劇団が公演を行うのも、昼に行った星の広場なので、僕はそちらに足を向けた。

 空っぽだった広場にはグルリと店が並んでいて、気の早い客達が、早々と店を物色していた。僕が気付くのと同時に、リトルガァルが僕に手を振った。

 もう舞台衣装を付けていて、妖精のようなヒラヒラドレスの彼女と連れ立つのは、恥ずかしい気がした。

 彼女の側まで行った僕は、戦利品を手に現れた二人の少年に驚かされた。思わず僕は、頓狂な声を上げてしまう。

双子ツインズ!!」

 金髪の巻き毛にみどりの目の、人形のような二人の少年は、顔と言い背格好と言い、区別が着かないぐらいにそっくりだ。

 二人は学校の制服のような、白いリネンの襯衣シャツに、膝丈の灰色のズボンを穿いていた。

 黙って二人で立っていれば、これ以上にないって言うほど、品のいい少年達に見える。

 もう少し小さい頃なら、知らない人がキャンディやチョコレイトを上げたくなるようなたぐいの子供と言えば分かるだろうか。しかしそれは、口を利いたり動いたりするまでだ。

 黄色いカップに入った揚げたマカロニ菓子を摘みながら、双子の一人が馬鹿にしたように眉を上げて見せた。

「そうだ双子ジェミニだ」

 僕は、言葉の僅かな違いには構わずに、悲鳴染みた詰問をした。

「何で二人がここにいるの?」

 リトルガァルと双子が立っていたのも、昼と同じような場所だったが、双子は蟹を踏んでいた!

 双子のもう片方が、最初に喋った方を肘で突つき、

「おい、いきなりバレてるぜ」と、言った。

 リトルガァルが、知り合い?と尋ねてくるのにも、僕は憤然として返事を返さなかった。どちらかがヨックなら、どちらかがディルだ。

 母さんだけは双子の区別が着けられるけど、区別なんか着けられなくてもいい。双子と言うだけで十分だ。今はヨックと呼ぶ、まだ丁寧な口調で話す少年が、

「そりゃ呼ばれたからだよ。こんな機会を逃せる訳ないだろう」

 と、物分かりの良さそうな口調で言った。

 双子は時に、優しくも礼儀正しくもなる。だから大抵の人が、僕達悪いことなんてしませんと言うつぶらな双子の瞳に、コロリと騙される。勿論母さんや僕らは騙されないし、双子の入っている学寮の教師もそうだ。

また話が伸びます。七日連続、火曜日まで続きます。

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