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テレヴィ少年 5*挿し絵付き

 女の子は驚いてピタリと口を閉ざし、CMの時間が切れて画面は真っ黒になった。僕も慌てて、アァヴィ達の側に寄って、

「こんなことしていいの。誘拐だよ」

「騒がれたら面倒だろう」

 アァヴィは撫然とした顔で、言う。イリスは、どうせならあの犬を連れて来てくれたら良かったのにと、文句を言っている。

 女の子は、お気に入りの犬のことを言われると嬉しそうに、あの子チャックって言うのよ、と言った。

 五才ぐらいの女の子は、ピンクのフリル付きのパジャマを着ていた。足は裸足だ。アァヴィが、

「こんな時間に、何で起きてるんだよ」

 と、女の子を責める。女の子はしっかりした様子で、

「トイレに起きたの。おねしょしないよう、チャックが起こしてくれるのよ。あの子、とっても頭がいいから」と、言った。

 その後で、あんた達は悪い子なのね、と僕らを見回して言った。僕とイリスは、ずっと年下の女の子にそんなふうに言われて困ってしまうが、アァヴィは落ち着き払った様子で言い返した。

「違うよ。普通のいい子さ。今夜は友達との特別なパァティなんだ。内緒の特別なパァティを邪魔しないなら、君も混ぜて上げるけど?」

 女の子は目を輝かせて頬を赤らめると、叫んだ。

「特別だったのね。それならいいわ」

 僕とイリスは顔を見合わせ、ホッと息を吐く。僕は一安心して、女の子に向かって聞いた。

「君、名前、何て言うの?」

「マァシャよ」

 僕はその名前だけでなく、女の子にも少し見覚えがあったような気がして、

「もしかして、近所に住んでたマァシャかい? ノエルの友達の?」と、聞く。

 女の子は目を見開くと、小鳥のように良く喋り出した。

「ノエルを知ってるの? あの子いい子なんだけど、嘘ばっかり吐くの。お兄さんが、手紙で書いてたことだから本当だって、育てた薔薇の花が鉄になったとか、想像したら小鳥が本物になるとか、そんなことばっかり言うのよ。悪いのはお兄さんで、ノエルは何でも信じ込んじゃうだけなのね、きっと」

 女の子は、自分で言って納得したように頷いている。僕は腹を立てていいのか、笑えばいいのか分からなかった。僕は複雑な気持ちで、

「その兄さんって言うのは僕だよ。ノエルは僕の弟だ。僕は嘘なんか吐いてない。君だってアァヴィに会ったって言って、みんなに信じて貰えると思うかい?」

 女の子は、改めて僕達三人を見上げて、ハッと口を開けた。女の子らしく、マァシャはその口を手で押さえながら、

「きっと誰も信じてくれないわね」と、言った。

 ようやく自分の置かれている状況が、普通と違うことに気付いたようだ。

 マァシャは、こんなことってある、と小さく呟く。僕はその呟きに、僕は良くあるけどねと応じてやる。マァシャは目を丸くしながら、僕に聞いてくる。

「ノエルの言ってたことは、みんな本当だったんだわ。じゃあお兄さんのあなたが、とっても強くて大人にも負けないって言うのも本当なの? そんな怖い人には見えないけど」

 途端にアァヴィとイリスが、計ったように一斉に吹き出した。僕は、顔が赤らむ。何も言えない僕に、イリスが代表して、

「それだけは、間違いなく嘘だね」と、言った。

 アァヴィもイリスも、おかしそうに笑っている。だんだん僕もおかしくなって、笑い出した。それを見ると、マァシャも笑った。僕達は四人で、声を合わせて笑った。まるで、ずっと以前からの友達同士みたいだった。

 僕らは四人で、ライムスカッシュとコォクにピッツァやチキンなどでパァティをした。ピッツァはマルゲリィタと、新作のハンバァグとパインと二種類があった。持って来るのに少し冷めて、チィズは固くなり掛けていたけど、どちらもとてもおいしかった。

 色々お喋りをして夜中のおやつを食べると、一番小さなマァシャは眠くなったようだ。赤ん坊だったノエルみたいに、器用に座ったまま眠り出してしまう。どうしようかと心配していたら、またアァヴィのCMがあって、マァシャの家の居間が映し出された。

 居間のソファでは、マァシャの両親らしい男女が、テレヴィには顔を向けずに何か話をしていた。CMに気付いたのは、ダックスフントのチャックだけだ。頭のいいチャックは、マァシャを待ってテレヴィの前でずっと待っていたようだ。

 しかもチャックは、言われずとも自分の役目を分かっていた。チャックは突然けたたましく吠えながら、居間の外に向かって駆け出した。二人の男女は何か合ったのかと仰天したように立ち上がり、犬の後を追ってソファを離れた。

 その隙に、アァヴィは抱き上げたマァシャを、テレヴィの向こうの居間の床に降ろしてやった。

 後は、どうなっても知らない。

 マァシャがテレヴィの前で寝ているのを見た両親は、きっと驚くことだろう。

 それにしても、チャックは確かに賢い犬だ。犬もそれぞれ、チャックのような犬なら、仲良くなれるかも知れないと僕は思った。イリスは、作って貰うならダックスフントにしようかな、なんて言っていた。

 あの滑稽な姿は、確かに見ていても飽きないと思う。

 マァシャを送り届けた後、僕らも家に戻ることにした。僕がコマァシャルを見ようと付けた番組も、全ての番組が終了してしまったので、空いているチャンネルからなら、どこからでも家に帰れるようになっていた。

 僕とイリスは、アァヴィに送られて階段を上がった。本の小部屋の隣の空きチャンネルで、僕らは自分の部屋を探し合った。誰かが部屋に来て、僕らがいないことに気付いて騒ぎになったり、付けたままのテレヴィが消されていたら大変だけれど、そう言うことはなかったようだ。

 最初に見つかったのは、イリスのいた部屋だった。空っぽの一人掛けのソファは、何だか寂しげに見えた。イリスは、今度は一人で自分の部屋に戻った。椅子に腰掛けて、僕らに手を振った。

 そうしてみると、イリスこそがその部屋の彩りなんだって気がする。

 僕らは、ピプト教授を介して手紙のやり取りをすることと、また大学で会うことを誓い合った。別れるのは惜しいけれど、いつまでも起きている訳にはいかない。

 特別な夜は、終わってしまうからこそ特別なのだ。

 僕とアァヴィはイリスに別れを告げ、チャンネルを変えて、今度は僕のいたホテルの部屋を探し出す。こちらも無事に、テレヴィは付いたままになっていた。

 テレヴィを通せばお互いの顔は見られるからねと言って、アァヴィは僕とさよならした。

 アァヴィは、自分も寝ると言って、別れの言葉はおやすみになった。僕もお寝みと返す。部屋に戻った僕に、アァヴィは手を振ってくれた。僕も手を振り返す。

 アァヴィは外してあった番組終了の看板で、テレヴィの画面を被った。暫くそのまま見ていたが、看板が外されてアァヴィが、再び顔を出すなんてことはなかった。

 僕はやっと納得してテレヴィを消すと、もう一度歯を磨く為に洗面所に入った。

 素早く歯を磨いて、顔をタオルで拭いていると、部屋の方から何か変な音が聞こえてきた。

 すぐには何か分からなかったのも当然で、部屋の電話が鳴っていたのだ。

 僕は間違い電話だろうか、ホテルの受付からの緊急の連絡だろうかと訝りながら、電話には出た。

「はい、もしもし?」

 電話から聞こえて来たのは、さっき別れたイリスの声だった。

――僕だよ。アァヴィのテレヴィを見てくれ。

 イリスは、叫ぶようにそう言った。イリスには、今夜泊まっているホテルの名前は伝えている。いつまで泊まるか分からないことも。番号案内で聞いて受付に頼めば、電話を回して貰えただろう。

 僕は詳しい話は聞かずに、電話を一旦脇に置いてテレヴィを付けた。チャンネルを持って壁掛け電話の側まで戻って、ポチポチとチャンネルを変える。

 イリスも見ているらしいアァヴィのCMが、画面に映し出された。

 アァヴィはもう、ベッドに入っていた。枕元にはいつものように本が置かれ、アァヴィは本に手を載せて眠っている。そのアァヴィと、手を重ねるようにしているのは・・・。

 イリスが、

――あいつ、僕のフラッピィを持って行っちゃったんだ。

 と、電話口で叫んだ。アァヴィのベッドにいるのは、間違いなくイリスの黒いうさぎだった。そう言えば、イリスは自分の部屋に戻った時、ぬいぐるみを持っていなかった。

 みんなでいる間は殆どアァヴィが側に置いていたので、イリスが手ぶらだと言うことに違和感は覚えなかった。イリスも、別れてしまうまで気付かなかったのだろう。

 イリスは、かなり焦っているようだ。やっぱりまだ、ぬいぐるみがないと困るのだろう。僕は、

「要らないって言っちゃったからじゃない?」と、言う。

 イリスは、文句を言う相手がいないものだから、僕に向かって息巻いた。

――あいつにやるなんて言ってない。絶対にフラッピィはとり返してやる。

 動揺していて、ぬいぐるみを大事にしていることを、隠すことも忘れている。

 僕は黙って、テレヴィの画面を見つめた。テレヴィの画面には、青の濃淡だけで描かれたイラストが映し出されている。

 青い髪に白い顔の少年が、濃紺の布団カバァの中から横顔を見せている。灰青色グレイッシュブルゥの本の表紙の上には、オゥルドブルゥのうさぎのぬいぐるみが、寄り掛かるようにして置かれていた。


  挿絵(By みてみん)

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