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テレヴィ少年 3

 イリスのいた部屋はとても殺風景だった。唯一の彩りは、あちこちに置かれた発条バネ捩子ネジ、銅線のはみ出た機械だけ。如何にも、研究一筋の学者の家と言う感じだ。僕はちょっと心配になりながら、

「こんばんは。僕だよ。分かる?」

 と、イリスに声を掛ける。アァヴィは、自分が落とした発条を目の前にかざして、その螺旋に見とれていた。イリスは眠そうな穏やかな顔をして、

「ああ、ラジニ。僕、君と遊ぶ夢をいつも見るよ。今日は変なところから現れたね。今日見たディスクの所為だろうか。本の中から登場人物が出て来るって言うストォリィなんだ」

「夢じゃないよ。多分ね」

 イリスは、ようやく目が覚めてきたようだ。テレヴィの前で、置かれていた通りに並べ直そうとしているアァヴィをマジマジ見ると、目を剥いて僕に、

「彼ってもしかして、アァヴィ?」 と、聞いた。

 イリスは、太腿にぬいぐるみを載せていた。黒いうさぎのぬいぐるみは、首に白いリボンを付けている。アァヴィは膝を伸ばして立ち上がると、

「僕らと一緒に、夜の冒険に出掛けないか。それともベッドに入って夢の続きでも見るかい。スリーピング人形ドール君」

 と、言った。イリスは、君だってテレヴィボォイじゃないかと言い返してから、

「教授達が、徹夜で作業している時は、遅くまでDVDを見てもいいんだけど、途中で寝ちゃったみたいだ。一眠りしたから、もう平気だよ」と、言う。

 僕らは今度はイリスも交えて、テレヴィの中に入った。ホテルのテレヴィより画面が大きいので出入りはし易いけれど、画面の前にまで小物が置いてあるので、どっちもどっちだ。

 先に入ったイリスは、最初の時の僕と同じように、キョロキョロと辺りを見回していた。腕にはしっかりと、ぬいぐるみが抱かれたままだ。そのまま持ってきてしまったらしい。僕は、

「その子、名前は何て言うの?」と、聞いた。

「フラッピィ」と、イリスが答えた後で、

「ラジニは置いて来たの?」

 と、聞いてくる。僕は誇らしいような、ちょっと寂しいような気持ちで、

「僕はもう、ぬいぐるみは持ってないんだ。僕のくまは、双子が意地悪して持ってっちゃったから」と、答える。

 男の子がぬいぐるみを持てるのは、幾つまでなのだろう。女の人は、大人になってもぬいぐるみを集めてもおかしな顔はされないけれど、僕達男の子は違う。僕らぐらいの年だと、まだぬいぐるみが必要だと思う人もいれば、卒業するべきだと思う人もいる。ちょうど話を聞いたらしいアァヴィが、

「双子って?」

 と、口を挟んできた。僕はブスッとしながら、口を開く。

「僕の兄さん達。悪戯ばかりする嫌な奴。僕のドミニクは双子の部屋で、ミニゴォルのバスケットボォル代わりにされてるみたいだ。もうぬいぐるみは要らないけど、そんな扱いをされるのは可愛そうだよね。本当なら、ちゃんとサイドボォドにでも飾って上げるところなのに」

 アァヴィは憤慨していたけれど、イリスは落ち着かない様子だった。アァヴィが、

「意地悪な奴らだな。お仕置きしてやらなきゃ。君の兄さん達が、夜中にテレヴィを見られないように邪魔してやるよ」

 と、息巻く。僕はそれに、

「寄宿舎に入っているから、夜中にテレヴィは見ないよ。ああ、でも舎監の先生の寝室に忍び込んで、深夜放送を覗き見するなんて言ってたっけ」

 と、返した。アァヴィは「よし、その時に覗いていることをバラしてやるぞ」と復讐を誓い、今度はとろけるような声でイリスに向かって言った。

「それにしても、可愛いぬいぐるみだなぁ。名前はあるの? ちょっと持たせてよ」

 イリスは素っ気無い声で、ぬいぐるみの名を教える。アァヴィは寝る時に、ぬいぐるみは持っていない。僕もぬいぐるみを卒業していると知って、恥ずかしくなったようだ。イリスは、

「僕ももう要らないけど、留守番の時には必ず持たされるんだ。教授達は、僕にはまだぬいぐるみが必要だと思ってるから。持ちたかったら持っていいよ」

 と言って、アァヴィにフラッピィを渡した。アァヴィは嬉しそうに「わぁ、やったぁ」と歓声を上げる。アァヴィは、僕に可愛いよね?と同意を求めた。僕も頷いて、フラッピィを撫でさせて貰いながら、久しぶりにドミニクに会いたくなった。

 フラッピィのいるイリスが羨ましくなってしまうが、イリスは自分は子供じゃないんだって顔をしていた。

 僕らは三人で、テレビショッピング用のスタジオの外に出た。イリスは嬉しそうに言う。

「テレヴィの裏側って、ずっと興味があったんだ。テレヴィの箱の中に人がいるなんて、子供でも思わないなんて言うけどさ、微生物なんて1㏄当たりの水にどれだけ存在するか子供でも知ってるんだよ。水滴の水ですら一つの世界を含めるんなら、テレヴィだって一つの宇宙だと思って当然だよね」

 アァヴィも、フラッピィを抱いて御満悦な様子だ。僕は、

「イリスって、そんなこと考えるんだ。頭いいんだね。僕なんて何にも考えてないや。僕よりもずっと、先生の助手に相応しいかも」

 と言って、その事実に少し落ち込んだ。先生は僕よりも、話の出来る少年を、助手にしたいと思っているかも知れない。アァヴィが、

「ラジニの保護者も、先生って呼ばれる人なの?」と、聞いてくる。

「在野の研究者で、実地調査の為に旅をしてるんだ。僕はその荷物持ち」

 イリスが僕を慰めるように、

「何も考えなくても、テレヴィに入ってテレヴィボォイと仲良くなれる、ラジニのそう言う枠に捉われない自由なところを、あの人はきっと気に入ってるんだよ」と、言った。

 そうなんだろうか。

 先生は優しいので、僕以外の助手に変えるつもりは更々ないって言うのが、聞こえるようだけれど。

 アァヴィが突然先に立って進んだかと思うと、廊下のプレェトをポンと叩いた。そこには螢光塗料でデカデカと、

「未成年者観覧厳禁」と、書いてある。

 厳禁と言う響きに、僕とイリスは思わず唾を飲み込み、顔を見合わせる。イリスは声を潜めて、辺りを憚かるように言った。

「僕、ちょっとだけ見てみたい」

 イリスの目は、好奇心に輝いている。僕は心配して、教える。

「僕、双子に見せられたけど、本当に怖くて夜眠れなくなるよ」

 イリスの目から、サッと興味の色が消える。アァヴィはペンライトを出して、その日のタイムテェブルを見た。アァヴィはチェックした後で、

「これからやるのは、怪奇映画じゃないな。卑猥な映画だ」

 イリスはつまらなそうに、

「禁止されるから見たくなるけど、何だこれって感じだよね」と、言う。

 僕とアァヴィは驚いて声を揃えると、

「見たことあるんだ」

 と、大きな声を出す。イリスは多分、真っ赤になったんだと思う。慌てたようにイリスは、

「雑誌だよ。ル、ルパァトの奴が隠し持ってて、その。一回だけだよ。つまんなくてすぐに閉じたもん」

 僕は興味がないので、ふぅんと言う。アァヴィも同じみたいだ。イリスは、

「こう言うところに住んでたら、色々な情報も入ってくるんだろう?」

 と、アァヴィにムキになって聞いた。アァヴィは、真面目な様子で首を横に強く振りながら、

「意外と規制は厳しい。特に僕みたいな子供はね」と、答えた。

 僕は、ルパァトと言うのは、ピプト教授の助手(大学の役職名)と言う人だろうかと思いながら、

「大人だって、駄目だよね」と、言う。

 途端に、みんなして同じことを考えたようだ。

 僕らは、ただのいい子ではないことを示すような、怪しい笑みを浮かべて無言でこれからの行動を決めた。僕らはまず、鍵の掛かっていない資料室に忍び込んだ。

 幼児向けアニメの資料置場で、誰もとる人がいないと思われて、鍵を掛けていなかったのだろう。僕らは、どのディスクにするかで少し揉めた。三人の好みが、別れていたからだ。

 しかし結局、動物の宇宙飛行士が、宇宙空間で様々な事件に巻き込まれる人形劇で落ち着いた。僕の生まれるずっと前のアニメのリメイク版らしいが、アァヴィ以外は、アニメで見た覚えがある者はいなかった。

 ディスクを手に、僕達は未成年者観覧厳禁の扉の前に戻った。アァヴィは部屋の中に誰もいないことを確認してから、ドアを開けた。

 僕等はこれからする悪戯に興奮していた。厳禁と書かれた部屋に入ることに、疚しさは覚えなかった。

 だって、立入禁止とはどこにも書いていないもんね。

 アァヴィとイリスが、時間予約になっていたデッキの予約を解除して、別のディスクに変える間、僕は廊下に人が現れないか見張っていた。結局は誰も現れずに、僕らの悪戯は見咎められることはなかった。

 僕達は、映画の始まる時間を待った。アァヴィがチャンネルを持って、僕達はテレヴィの画面に映らないように気を付けながら、テレヴィの前の人達の反応を眺めることにした。

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