表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/58

テレヴィ少年 1

 出版兄弟しゅっぱんけいてい商会の、テレヴィコマァシャルは凝っている。

 青少年読書推進事業の一巻で、テレヴィアニメやゲェムに夢中になっている子供達に、本への興味を持たせようとテレヴィCMも作っているのだ。

 CM自体はとても単純で、あまりお金が掛かっていないように見えるのは、出版業界が不況の風に晒されている所為だ。

 それでも、目新しく刺激的な他のコマァシャルと比べても、シリィズ化されている一連のCMは、僕ら子供に人気があった。

 そのCMのお陰で、購買数が伸びたと言う話を聞かないのが、出版界の先行きの暗さを示しているとかいないとか。

 僕は本を読む方だけれど、CMで宣伝された本を特別選ぶと言うことはない。宣伝とは関係なく読む人はいると思うので、悲観的になる必要はないんじゃないだろうか。

 大人は読書離れではなく、業績不振を心配しているのだろうけれど・・・。

 お金が絡むことになると、子供の僕には分からない。CMが、資金切れで打ち切りにならなければいいなと思うぐらいだ。

 テレヴィコマァシャルは、アニメの部分と実写の部分に別れていて、実写の方で、今月の三冊と称して名作や新作の紹介がザッとされる。これは啓蒙的な教育番組みたいで、少しも面白くない。

 アニメは、男の子が本を読んでいる静止画像なのだが、男の子の声のナレェションで、選ばれた三冊の内の一冊が朗読される仕組みになっていた。こちらは時間帯によって、アニメの映像とナレェションが変わる。

 例えば午前中は、木陰に足を投げ出して座りながら、膝に本を載せている絵。午後になると、図書室の隅っこのテェブルで大型の本を頬杖着きながら眺めている。夜は、ベッドで腹這いになってと言う具合だった。

 しかもテレヴィの中には、テレヴィの中の季節や毎日があり、雨の日に屋内で本を読むと言う芸の細かさだ。朗読の方も、少しずつペェジが読み進められていくので、全てのバァジョンを見ると、最初の数ペェジ分を聞くことが出来る。

 実写にしろアニメにしろ動画ではないから、お金が掛かっていないように見えるけれど、アニメなんてとても手が込んでいる。イラストレイタァの卵達が練習として、殆ど無償で描いていると言うのが、専らの噂だ。

 出版兄弟商会のCMを見たかと言うのが、子供達の合い言葉のようになっているぐらいだが、大人の間では少しも話題になっていない。大人と子供では、見るところが違うのだ。

 同じ寝室のシィンでも、書棚の本の順番や、小物やクッションの位置などが変わっているのは、若いイラストレイタァ達の、ささやかな遊び心なんだろう。配給会社の人達も、気付いていないに違いない。

 背景の差し替えをするだけだから、そんなに大変ではないとも言うが、素人の僕からすれば簡単には見えない。誰かが――テレヴィの中の少年が、部屋の物を動かしていると言う方が、簡単な気がする。

 勿論テレヴィの男の子は、人間じゃないけれど。

 すぐに新しい物に変わっていくCMの中で、出版兄弟商会のCMだけは、律義に一つの形を守っている。その所為か、良く知ってる近所の子のような気がするのだ。CMに就いての公式情報はないけれど、色々な噂が耳に入ってくる。

 月が変わって新しいバァジョンが始まると、子供は必死でテレヴィを見るし、バァジョン違いの発見に就いての情報交換が忙しくされる。僕のように都市まちから町へと旅をしていて、同年代の子供と接しにくい状態でも、アァヴィのCMは、知らない子と気軽に話すいいきっかけになる。

 そうして仕入れた噂によると、アニメに出て来る少年の名前は、アルベルトと言うらしい。通称が、アァヴィだ。アァヴィは十才前後の、如何にも真面目そうな男の子だ。

 アァヴィはいつも、ジャケツにハイソックスに革靴と言う、大人が好む折り目正しい格好をしている。但し単なる真面目ないい子じゃないと、僕は踏んでいた。

 ズボンから襯衣シャツの裾を出していたり、袖口を上着の外で折り返していたり、上着の襟にピンやバッヂを付けていたりする。ガチガチのいい子でも、かと言って悪い子でもない。アァヴィは僕らみたいな、本当の普通の男の子みたいだ。

 しかもアァヴィは本を読みながら、いつもおいしそうな物を食べている。

 マフィンにチョコバァ、パンプディングにワッフル! 飲み物も紅茶にミルクにココアにサイダァと、バリエイションに飛んでいる。

 アァヴィのCMを見ていると、自分もおやつを食べながら本を読みたくなる。本の中に出てくる食べ物が、とても魅力的に思えるのと同じだ。

 蜂蜜を一鉢空けたら、実際には胸が悪くなるし、毎朝パンケェキだったら絶対飽きると思うけど、本の中に登場する食べ物は、どうしてああもおいしそうに思えるんだろう。

 本の購買数はともかく、自分の好きな本を、傍らに飲み物とお菓子を置いて読む子供が増えたのは、確実だと思う。

 僕はその日暮らしの生活だから、決まった時間にテレヴィが見られる訳ではない。一日二時間とか、見る番組を決められていないのはいいけれど、見る時間も見たい番組も、ホテルに着いた時にはないことが多い。

 時間があって近くにテレヴィがあると、僕はアァヴィのCM見たさにテレヴィを見る。しかしその夜は、僕はテレヴィを付けるのを忘れていた。とっくにベッドに入って一眠りした後に、僕はテレヴィを見忘れていることに気付いた。

 夜の十時を過ぎると、アァヴィも寝てしまう。ベッドに入って、枕元の本に片手を載せたりなんかしながら、普通の子供みたいに眠る。但し夢の中でもアァヴィは、物語のことを考えている。

 僕は見られる時に見ておかないと、見過ごす可能性があると思って、ベッドを抜け出した。先生は、論文の執筆や原稿の依頼がある時は、部屋を二つとる。

 その夜も、先生は続き部屋の隣の部屋で作業していたから、僕が起きたことに気付かれる心配はなかった。

 僕は備え付けの白いルゥムシュウズを履いて、扉の着いた家具調テレヴィの前まで行く。戸を開けてテレヴィの電源を入れ、素早く音を小さくする。僕は、テレヴィの前の床に座り込む。

 すぐに終わるつもりだったので、ナイトガウンも着なかったし、クッションを尻に当てることもしなかった。

 僕はチャンネルを替えて、コマァシャルをしている局を探す。すぐに本の表紙がアップになった映像が現れる。僕は何一つ見逃さないよう居住まいを正して、画面に目を向ける。

 すると映し出されていた本が、ヒョイと横から伸びてきた手にかっ攫われた。代わりにパジャマにナイトガウンを着た少年の上半身が映し出され、さっきまで紹介されていた本を弄びながら、

「夜中の番組なんて、子供が見るものじゃないよ。子供は早く寝るものだ」と、言った。

 音は消していた筈なのに。僕は目を丸くする。しかし、それ以上に驚くことが待っていた。テレヴィの中の少年は、持っていた本を奥に向かって放り投げると、テレヴィの枠を掴んだ。

 そのままテレヴィの中から上半身が出てきて、テレヴィの枠を乗り越えると、僕の隣の床に立った。男の子は、良く見知った顔に悪戯っぽい笑みを浮かべて、

「なんてね。驚いたかい。夜中に起きている子供にはお説教するよう、プログラムされてると思っただろう?」

 僕は座っていたけれど、半ば腰が砕けたようになっていた。僕は少年を見上げながら、その名を呟く。

「アァヴィ」

 テレヴィの中から出現した少年は、僕らのアァヴィ。アルベルトだった。

「自己紹介の必要がないのはいいな。でも、君と会うのは初めてだよね」

 僕は頷いて、

「僕はラジニ」

 と、名乗る。アァヴィは僕に向かって手を差し出すと誘ってきた。

「ラジニ。君が今夜の僕の仲間だ。僕と一緒に遊びに行こう」

 僕は、アァヴィの手をとるのに、一瞬躊躇した。

「でも、夜に外に出るのは特別なことだから。あっ、でも君と一緒なら特別だよね」

 僕は自分で言って納得して、アァヴィの手を掴む。しかしアァヴィは首を振ると、

「外になんて出なさいさ」

 僕は意味が分からず、え?と聞き返す。アァヴィは、いい子なら決してしないような、ニヤリとした笑みを浮かべると、

「中だよ」

 と、言ってテレヴィを顎で示した。僕が目を見開いたのは、当然だろう。

「そんなこと出来るの!」

「僕と一緒ならね」

 アァヴィは言って僕を立たせると、繋いだままの手をテレヴィに向かって伸ばした。僕らの手は、テレヴィの画面にぶつかることなく、画面の中に入ってしまう。

 向こうに抜ける時、静電気のようにちょっと膚がチリチリしたけれど、その他は何ともなかった。

「枠に手を掛けて乗り越えるんだ。向こうの方が床までの距離があるから気を付けて」

 アァヴィの注意を受けながら、僕はテレヴィの中に潜り込む。両手でテレヴィの枠を掴んで身体を支え、足を下に降ろす。足が地面に付くなり、僕はキョロキョロと辺りを見回していた。

 ベェジュ色をした四角い小部屋で、家具は丸テェブルが一つあるきりだ。テェブルの上には三冊の本が、一冊は投げ出したように放り出してある。アァヴィが、さっき放った本だ。

 僕が周りを見ている間に、アァヴィもテレヴィの中に入って来た。僕は、

「これがテレヴィの中?」と、聞く。

 アァヴィはスタスタとテェブルの側に寄ると、本を並べ直しながら、

「本の紹介がつまんないから、部屋もこんなにつまらないんだ。僕の部屋はずっとマシだし、案内してもいいんだけど、それじゃあ僕が面白くないから、別の所に行こう」

 僕は、アァヴィの部屋も是非見てみたかった。僕は兄弟が多かったので、自分だけの部屋や、沢山の本に囲まれた生活に憧れていた。ホテル住まいの僕は、変わらなくて生活臭のあるアァヴィの部屋を見ると、自分の家に帰って来たような安心感を覚える。

 僕は、ナイトガウンとお揃いの赤いルゥムソックスを履いているアァヴィに、改めて見とれた。中のパジャマは、黒のギンガムチェックだ。

 僕は、ホテルに備え付けのタオル地の肘と膝まであるリラックスウェアを着ている。色は、ネイビィブルゥ。

「僕、アァヴィのこと、本当の男の子みたいだと思ってたんだ」

 アァヴィはそれに、

「勿論本当の男の子さ。住んでいるのが、テレヴィの中ってだけだよ」と、答えた。

今回も日曜まで、全五話を毎日投稿していきます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ