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流星通り物語 3

 そろそろ僕らも行きましょうか? えっ、駄目ですよ。自分の分は自分で払います。お使いの分もお小遣いをたっぷり貰ってあるから、平気なんです。そんな。案内のお礼なんていりません。僕が楽しいから、しているだけです。そうですか。済みません。じゃあ、お言葉に甘えさせて貰います。

 ホテルのロビィと映画館の中も案内しますよ。うまくすれば、ホテルで王様の話も聞かせて貰えるだろうし、映画館のロビィには昔の映画ポスタァなどを張った美術館があるんです。 

 映画の原形になった、覗き絡繰りなども見られるんですよ。奢って貰った分、頑張って町をアピィルしなきゃ。最後の本屋では、少し自由時間を取った方がいいですよね。どれぐらいがいいですか?

 じゃあ、三十分と言うことで。早く終わったら、隣のブレダおばさんの店のベンチで座って待っていて下さい。何なら店の中を見ていてもいいですよ。

 僕もお土産をそこで買うんですが、お土産にはブレダおばさんの店の焼き菓子は持ってこいです。他の店にはないようなお菓子も沢山あるだけでなく、お菓子の名前もとても面白いんです。

 リスが忘れたクルミ入りのクッキィとか。玉子を生まなかった雌鶏が、初めて生んだ玉子サブレとか。お菓子の名前の由来が、ブレダおばさんの店のお話なんです。袋の中にお話を書いた紙が入っているんで、買ってからのお楽しみって訳なんです。

 さぁ、秘密のある金星ホテルにようこそ。誰か暇にしている人がいるといいんだけど。ここでは僕も先生も泊まったことがないんです。

 ・・・が、出るからじゃないですよ。たまたまです。

 えっ、そうですよ。店一つにつき物語一つじゃないんです。常連でも知らない話はあるし、それに流星通りでは今も物語が増え続けているんです。

 例えば僕は人間じゃないかも知れないし、あなたの方がそうかも知れない――なんてね。

 流星通りなら、そんなことが起こっても不思議じゃない気がする。それもこの町の魅力の一つですよね。

 あっ、チェリィサイダァ味のビスケットが一袋だけ残ってる。やった。僕はツいてる。先にちょっと買って来ます。一緒に行きますか。このビスケットは人気商品の一つで、殆ど手に入らないんです。

 冷たい月光で冷やし固めたタフィも人気で、僕はまだ食べたことがないんですよね。一体どんなお話なんだろう。朝露が宝石に変えた黒スグリ入りパウンドケェキですか? 食べたことありますよ。

 僕はミルク、先生はオレンジリキュウル入りの紅茶で戴きました。お話は、家でのお楽しみにして下さい。代わりに僕が、ある晩手に入れた星風味、薄荷入りチェリィサイダァ味のビスケットのお話を聞かせて上げましょう。


 不思議なビスケット(ブレダおばさんの店の話)

 ある晩、ブレダさんのところに星がやって来ました。ブレダさんがビスケットの生地を捏ねている周囲を、星は虫のように飛び回りました。匂いにつられたのでしょうか。あんまりにもうるさいので、ブレダさんは星をバチンと叩きました。

 星は粉々になって、ビスケットの生地に掛かりました。台に散った粉を、ブレダさんが舐めてみると、薄荷入りのチェリィサイダァの味がしました。ブレダさんは、星の粉の入った生地で、そのままビスケットを作り焼いてみました。

 次の日、こんな張り紙が、ブレダさんの店の壁に貼られました。

【星入りビスケット。本日限り。味は保証付き。人体への影響は不明】

 星入りビスケットなんて、誰も本気にしなかったのでしょう。人体への影響は不明などと怖いことが書いてありましたが、星入りビスケットも他の製品と同じように売り切れました。食べた人で別に身体を壊した人はいませんが、何故かみんな太陽が少しだけ眩しく見えたようです。

 星入りビスケットは大好評で、もう一度食べたいと言う声が沢山届きました。ブレダさんは研究を重ねて、薄荷入りのチェリィサイダァ味のビスケットを作ることに成功しました。但しビスケットを食べても、太陽が眩しく見えることはありませんでした。本物の星は使っていないのですから、仕方ありません。

 お客さんは何も知らないので、ビスケット(ある晩手に入れた星風味)を、喜んで食べています。ブレダさんは今でも、もう一度星入りのビスケットが作りたいと思っていますが、そううまいこと星はやってきてはくれないようです。


 あっ、ちょうど良く合流出来ましたね。僕は子供用の科学雑誌を一冊買いました。百果堂で奢って下さったお陰です。本当にさっきはありがとうございました。後は七曜堂で先生へのお土産を買うだけです。

 七曜堂は、前は名前も違うパン屋さんでした。

 お惣菜も売るようになって、日々の食卓にと言う意味を込めて、七曜堂と言う名前に変えたんです。七曜堂の一番人気は、好きなパンと惣菜を組み合わせられる、オリジナルサンドです。先生のお夜食用だから、黒パンとチィズのパンなんかがいいかな。

 お店のカウンタァに、毎日日替りのお話を書いた紙が置いてあるんです。今日は木曜日だけど、今週の月曜日から水曜日の分も置いてありますよ。

 あっ、七曜堂のお兄さん。今日は学校が早い日だったんですね。お店の手伝いをする前に、金曜の話をしてくれませんか。土曜の話は、サンドイッチを作る間に、おばさんが話してくれるって。

 じゃあ、日曜のとっておきの話は僕がして上げます。


 一週間(七曜堂の話)

 月曜日の夜明け前のこと。七曜堂の主人は、眠気と戦いながら、焼き立てのパンをオゥブンから取り出した。そこに店のドアを開けて、一人の少女が飛び込んできた。

「まだお店を開けていないのは分かっているけれど、焼き立てのパンをどうか売って下さい。急がないといけないのに、お腹が空いて、配達がままならないの」

 主人は構わないともと言いながら、食パンを二切れ手早く切り出すと、ハムとチィズを挟んで、簡単なサンドウィッチを作ってやった。

「新聞? それとも牛乳かい?」

「いいえ。目覚めを配っているの。あなたにも爽やかな目覚めを」

 少女は、代金とサンドイッチを交換すると、風のようにドアから出て行った。主人がようやく、ドアの鍵が下りたままだったことに気付いた時には、眠気は吹き飛んでいた。爽やかな朝だった。


 火曜日の午後のこと。七曜堂の奥さんは、店の横の路地で、配達用のトレイを積んでいた。

「おばぁちゃん。午後一番に焼けたパンですって。おやつに食べたいな」

 店の表で、可愛い女の子の声がする。女の子のおばぁさんらしい声が、

「どれにしようかね」

 と、返す。女の子は、

「私と同じ色、チョコレェトのコルネがいい」

 と、答えた。奥さんは、トレイを積み上げる手を止めて路地から出ると、中にどうぞと声を掛けた。頭をスカァフで包んだ小柄なおばぁさんの側には、小さな女の子の姿はない。奥さんは、不思議に思って周囲を目探ししながら、

「あら。お孫さんは?」

 と、聞く。おばぁさんは微笑みながら、足元にいた子猫に視線を向けて、

「私とこの子だけですよ」

 チョココルネと同じチョコレイト色をした子猫は、恥ずかしそうに身を翻して、おばぁさんのスカァトの後ろに隠れた。


 水曜日の夕方になると、買物カゴを銜えた犬がお使いに来る。お使い犬は、七曜堂の名物になっていた。夕方の七曜堂は、作り立ての惣菜を買って帰る人で列が出来るが、犬はちゃんと列の後ろに着いて順番を待つ。

 自分の番が来ると、七曜堂の奥さんかおばぁさんにカゴを渡す。他の人間には、カゴには触らせない。カゴの中に入っている、その日の買物のメモと代金を守らねばいけないことを良く分かっているのだ。

 週によって買物の内容は違うが、必ずメモの最後には肉団子一つと書いてある。肉団子は、お駄賃にその場で犬に上げて下さいと、最初のメモにはあった。

 何処の犬か分からないが、主婦や子供にタロちゃんタロちゃんと呼ばれて、人気者になっている。お使い中の犬は、少しだけお愛想にしっぽを振るだけで、子供とじゃれあったり走り回ったりしない。

 惣菜を詰める間に、肉団子一つと水の入ったトレイを、犬の前に置いてやる。犬は水を飲んでお駄賃を食べると、お使いを持ってトコトコと帰って行く。誰の犬かみんな知りたがっていたが、犬は人の通れないような道も通るので、何処に行くかは謎だった。

 それで学校が早く終わった七曜堂の息子が、犬の後を付けてみた。板塀の穴や、犬一匹通れるぐらいの路地など、犬は確固とした足取りで進んで行く。

 ある路地まで来ると、カラスが舞い下りて来て、犬の背中に着地した。

「いつもご苦労さん、ムク。家まで一緒に帰ろうか」

 人の姿はないのに声だけが聞こえ、犬はちぎれんばかりにしっぽを振った。カラスに背中に乗られても嫌がっていない。息子は一瞬、カラスが犬の飼い主なのか、言葉を教え込まれたカラスも、犬と同じ家で飼われているのかと、色々なことを考えた。

 犬の背に乗ったカラスは息子を振り返ると、如何にもカラスらしい馬鹿にした声で鳴いた。


 木曜日の朝の、通りのお得意さんの購入リスト。了承は得ています。

金星ホテルさん(予約) ロォルパン1ダァス・フランスパン大3本

ホオリヤマ家具さん 胚芽パン二つ・マッシュルゥム入りオムレツ一切れ

流星キネマさん 海老カツとシィザァサラダのオリジナルサンドウイッチ

オルレ時計店さん 食パン一切れ・シチュウパン一つ

マシュウの仕立て屋さん ベェグルパン(ベェコン&トマト・ツナサラダ)

ブレダさん 小豆入り抹茶パン・メロンパン・紅茶とレモンのパン各一個

アンティックショップ・オメガさん クロワッサン二つ

百果堂さん 生ハムサラダとスラスイオニオンのオゥプンサンド一つ

ル・ラタンさん 芋蒸しパン二つクルミパン一つ

ドォルハウスさん カリィパン一つとヨォグルトサラダ1パック

スタァブックさん 胚芽パンサンド二つ(玉子・ツナ)


 金曜日の夜は、七曜堂の息子がパンの仕込みをする。学校を卒業したら、七曜堂を継ぐのだ。幼い頃からパン屋の手伝いをしていたので、息子の腕は今でも玄人裸足だが、父親である主人は、学校を出て数年は他のパン屋で働かせたいと思っている。息子のパンは、やはり七曜堂の主人にはまだまだ適わないが、変わったアイデアパンを作るので、物珍しさから土曜日のパンを楽しみにしている人も多かった。

 好評だったパンは、主人が更に手を入れて、七曜堂の毎日のメニュウに加える。そうやって、小豆入り抹茶パンや、紅茶とレモンのパンもメニュウの中に加えられたのだ。

 金曜の夜の仕込みは息子一人でするので、このことは七曜堂の主人は知らない。二、三週間に一度、金曜の夜に、金星ホテルの支配人が自らこっそり注文をしに来る。記録にも残さず黙っていて欲しいと言うのだ。

 注文は毎回同じで、ガァリックバタァを塗ったフランスパンに、オニオンとオリィブを刻んだツナと、生ハムとチコリィに茹で玉子にマスタァドを付けた二種類のカナッペだった。

 なぜ隠したいのか、誰が食べるのかも支配人は教えてくれない。支配人が浮気相手と食べるのか、それともお忍びで泊まりに来た有名人かも知れないと、息子は思っている。


 土曜日の昼のこと。七曜堂は、校外学習の後に立ち寄った、ジュニアスクゥルの低学年の生徒達で占領された。教員も付いていて、子供達に騒がないこと、汚したり壊したりしないよう気を付けることと厳しく注意しているが、まだ幼い子供達は焼き立てのパンの香ばしい甘い香りに興奮して、はしゃいでいた。

 七曜堂の奥さんは微笑ましく思って、子供達の様子を眺めていた。

 その内子供の中に、金色のフサフサしたしっぽが生えているのことに気付いた。良く見ると、頭の上から三角の耳が突き出ている子供もいた。引率の教員は子供に近付いて、頭やお尻を押さえた。手が離れた後には、しっぽも耳も消えていた。

 七曜堂の奥さんは、目を丸くする。子供達はパンに夢中になっていて、しっぽが生えていたことにも、消えたことにも気付いていない。

 若い教員は真剣な顔をしてカウンタァに近付き奥さんに、

「今見たことは、内緒にして下さい。お金は本物ですから」

 と、囁いた。奥さんは微笑むと、

「いつでもいらして下さい」と、答えた。


 日曜日の夜中まで掛かって、七曜堂の主人はオゥブンの手入れをする。他の掃除はもう息子に任せていたが、一週間に一度のオゥブンの掃除だけは、誰にもさせなかった。

 オゥブンには、パン屋の魂とも言える、オゥブンの精が住んでいる。七曜堂のオゥブンの精は、無口な小人だ。主人の脛程の背丈で、がっしりとした身体をしている。

 主人がオゥブンの手入れをする時にだけ現れて、手抜きをしないか見張っている。主人は、一週間分の感謝と明日からの活力に、コップ一杯の牛乳を小人に御馳走する。主人も無口なので、二人の間には殆ど会話はない。それが、今夜に限って小人が自ら言葉を発してきた。

「お前の息子、だいぶマシになった」

 主人は、息子が幼い頃、自分のパンを焼いてみたくて、勝手にパン生地をオゥブンに入れたことを思い出していた。その週の日曜日、小人はパン生地を幾つも突き返してきて、黒焦げになってオゥブンを汚すから、もう二度とさせるなと愛想なく言ったのだった。

 小人の一言に、主人は息子の成長も見る思いがした。息子に店を継がせる時には、オゥブンの小人に引き合わさなければいけないだろう。主人は、その日も遠くないなと思った。

 七曜堂のお兄さんには、今の話は内緒ですよ。ええ、金曜の話は金星ホテルのもう一つの話と繋がっているんです。でも、それも内緒ですからね。僕みたいに、口を滑らせちゃ駄目ですよ。これからは僕も気を付けなくちゃ。

 水曜の犬ですか? 僕も見たことがありますよ。ムクムクの薄茶の雑種犬です。僕は犬が苦手だから、後を付けようと思ったことはないけど、行儀良く列に並んでいる姿は可愛いなって思います。

 さぁ、もう残りのお店も二つだけです。

 古道具屋さんって、何処の町のお店でも、物語がありそうですよね。勿論、この店にも沢山のお話があります。変わった形の鏡が一杯あるでしょう。僕が面白くて鏡を覗き込んでいたら、オメガのご主人がこんな話をしてくれましたよ。


 鏡の中の子(アンティックショップ・オメガの話)

 小さな男の子は、鏡の中の男の子が、自分とそっくり同じ動きをするのが楽しくてたまりません。男の子は姿見の前で、手を振ったり首を傾げたり、肩越しに振り返ったり、いつまでも飽きることなく遊んでいました。

 それを見た男の子のお父さんが、そんなことばかりしていたら、鏡の中の男の子が怒って鏡の中からいなくなってしまうよと教えました。男の子は、お父さんの言葉を気にせずに、相変わらず鏡の中の子供に自分と同じことをさせて遊んでいましたが、突然鏡の中の男の子が上げていた両手をパッと降ろすと、

「やーめた。もう疲れちゃったもん」

 と、言いました。鏡の中の男の子は背を向けると、そのまま何処かに駆け去っていなくなってしまいました。鏡の中にはもう、誰の姿も映っていません。男の子は泣きながらお父さんの許に行き、訴えました。

「鏡の中の男の子がいなくなっちゃった」

「真似っこばかりさせられて、嫌気が差したんだよ。でも、一度目だから戻って来てくれるだろう。ほら、見てごらん」

 お父さんがそう言って男の子を姿見の前に連れていくと、鏡の中にはちゃあんと男の子が映っていました。お父さんは、男の子の頭を撫でながら、

「もう二度と鏡の中の子を煩わせるんじゃないよ。今度は戻って来てくれないかも知れないからね」

 と、言いました。男の子は、涙の残る顔で鏡の中の子にごめんと謝ってから、小さく手を振って鏡の前を離れました。鏡の中の男の子も、小さく手を振り返しました。まるで、今度だけだよと言っているかのようでした。

 それから男の子は、鏡の前で長い間いることはなくなったそうです。


 この話を聞いた時、ずっとずっと小さな頃に、それと似たようなことが僕の身にもあったような気がしてならなくなりました。本当にそんなことが、あったのかも知れません。

 おやっ、オルレのおじさん? もう時計が出来ていたんですか。挾まっていた星屑は、どうしたんです? 暗くても見えるように、針に貼りつけて下さったんですか。

 わぁ、これは便利です。先生も喜ばれます。でもこんなにして貰ったら、最初に払った修理代だけじゃ足りないでしょう。いいんですか? 済みません。おまけをしてくれたと先生にも伝えておきます。はい。今日は町を案内して上げていたんです。僕はとっても楽しかったです。

 そう言って貰えると嬉しいですね。十二の時計の話は、僕がしました。

 えっ、ドォルハウスの話をして下さるんですか。ドォルハウスのお爺さんは、七曜堂の主人とは違った意味で無口な人で、僕もお喋り好きなオメガの主人に話を聞かせて貰ったぐらいなんです。じゃあ最後のお話は、オルレさんにお願いしますね。


 ドォルハウスの客(人形店ドォルハウスの話)

 人形作家の作った人形や、年を経た人形には命が宿る。人形屋を長年やっているドォルハウスの主人が言うのだから、それは間違いない。生きた人形が出て来る話と言うのは、大抵が怪談と相場は決まっているが、不気味で怖い話ばかりではない。それを証拠に、ドォルハウスでは以前こんなことがあった。

 夜も遅くに、子供が一人だけで店に入って来た。フゥドを目深に被ったレインコォトに、雨靴を履いていた。ドォルハウスの主人は、人間より人形が好きでこの仕事を選んだぐらいだ。普通の大人であれば、子供が夜遅くに一人で出歩いていることを咎めたり、声を掛けて詮索しただろうが、主人は何も言わなかった。

 子供はぎこちない動きで、一体のぬいぐるみに近付くと、迷うことなく猫の人形を胸に抱き締めた。

「見つけた。ラント。これでやっと全員揃う」

 子供はあどけないが、やんちゃそうな男の子の声で、そう呟いた。その子供が何者であれ、猫の人形と引き合っているのが、人形好きな主人にはすぐに分かった。レインコォトの男の子は人形を抱き締めたまま、出入口のドアの方に駆け出した。主人は、椅子から腰を浮かせて、叫ぶ。

「おい、坊や。泥棒はいけない」

 頼りない足付きでヨタヨタと駆けていた子供は、バランスを崩すと激しく床に転倒した。途端に、フゥドやポケットの中から、何かが転がり出てきた。フゥドから出て来た物が、床にペタリと座り込みながら、

「何が泥棒だよ」

 と、主人を睨んでくる。声は、さっき聞こえたやんちゃっぽい男の子の声だった。主人は、流石に驚いて目を丸くする。フゥドから転がり出て来たのは、人形の犬だった。レインコォトからモゾモゾと上半身を引き出し、長靴を履いたクマのぬいぐるみが現れる。

 フゥドだけ跳ね退けて、レインコォトの中に埋もれているのは、ウサギだった。ポケットから飛び出したのは、リスの人形だ。クマの上にウサギが、更にその上に犬が肩車されていたらしい。まるで、ブレェメンの音楽隊だ。

「お前達は」

 倒れた時に床に放り出された猫の人形が立ち上がると、

「みんな同じ人形師のお爺さんに作られた人形だよ。僕の家族なんだ」

 と、喋った。一番小さなリスの人形が、チョロチョロと猫の側に寄ると、猫の腕の中に飛び込んだ。猫の人形は、リスを抱き止めてやりながら言う。

「元々僕らは、みんな一緒に暮らしてたんだ。お爺さんは、僕らだけは自分が死んでも売らないって決めてた。僕らは、生きているから。それなのに人形師のお爺さんが死んだ後、僕らが生きていることは知らない彼の息子が、僕らを売っ払っちゃったんだ」

 クマのぬいぐるみが、ウサギのぬいぐるみの方を見ながら、恥ずかしそうなのんびりした声で、

「僕とウィルは一緒に売られたから、みんなを取り返そうって決めて、ようやく今晩ラントを見つけられたんです。どうか、僕らの仲間を返して下さい。でも、僕たちはお金は持っていないんです」

 と、言った。店主はきっぱりと、

「ここで売るのは人形だ。生き物は売り物にはしない。その猫はもう売り物じゃない。何処でも好きな所に行くといい」

 人形たちはホッとして、とても嬉しそうな様子になった。店主は、人形にだけ向ける優しい表情を浮かべて見せる。

「これまでそうだったからと言って、この先もずっと人形同士だけで寄り集まったりせずに、誰かに買われて大事にして貰う人生だってあると思うんだかな」

 クマのぬいぐるみは首を振った。

「僕らの持ち主は、人形師のお爺さんです。お爺さんの魂は、今も工房にいますから、これからもみんなで暮らすんです」

 それ以上は、店主には何も言えなかった。店主はぬいぐるみたちの為にドアを開けてやり、店の外まで送ってやった。

 犬はウサギに肩車され、リスは猫の腕に抱かれ、クマは畳んだレインコォトを持って、まるで遠足にでも行くような様子で、人気の絶えた通りに出て行った。

 街灯の明かりの下を通り、ぬいぐるみたちが闇の中に消えて行くのを、店主は黙って見送ったのだった。


 街灯に明かりが、入りましたね。もうすぐ夜だ。この街灯の下を通って、ぬいぐるみたちは家に帰って行ったんでしょうね。ぬいぐるみたちと人形師のお爺さんの魂が、幸せに暮らせているといいのですが。きっと、みんな仲良く暮らしていますよね。

 これで、一通り全部の店の話を聞けたって言っていいかな。

 通りに四軒四軒、広場に四軒で全部で十二だと思うでしょう? 通り全体の不思議として、十三個目の店があると言う話があるんです。お店の二階だったり、店と店の間の路地の横道とかに店が現れると言うんです。反対に、お店の数が減ることもあるそうですよ。

 聞いても聞いても、不思議な話の尽きない町でしょう?

 言った通り、昼間は雨が降りませんでしたね。夜はどうかな?

 はい。僕は遅くならない内に、先生の許に帰ることにします。オルレさん。お話と時計の修理、有難うございました。僕はここまでしかお供出来ませんけれど、ル・ラタンでのお食事を楽しんで下さいね。流星通りにまた来たいと思って貰えたら、いいのですが?

 また来たいですか。それは良かった。

 でしたらまたこの町で、僕とも会えるかも知れませんよ。僕は、立派に町の広報大使の役目を果たせましたか? じゃあ最後は、町の宣伝文句で締め括らなくちゃね。

 お買い物は流星通りで。小さなお子様からお年寄りまで、ご家族揃ってのお越しを、お待ちしております。

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