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流星通り物語 2*挿し絵付き

 店の売上でも持ち逃げされたり、無断で店を閉めて予約客に迷惑を掛けたことで、客の信頼を失うなど、悪いことばかりが予想される。あるじが店に入って行くと、掃除中のボォイがパッと顔を輝かせた。

「今日は早いですね。もう風邪は殆ど良くなったんですか?」

 厨房では、包丁を使っている音が聞こえている。コック助手には、サラダや前菜などの用意は任せていたが、まさか他の料理も作って出していたのだろうかと、主は新たな心配をした。主は、

「この二日間どうだった?」と、聞く。

 ボォイは嬉しそうな顔で答える。

「シチュウと前菜とサラダとパンだけのディナァも、予約のお客さん達は怒るどころか、コック長が風邪だと聞くと、早く良くなって下さいと皆さん心配して仰ってくれるぐらいです」

 もし主が少しでも身体が動いたなら、せめてシチュウの仕込みだけして、後は店の者に任せた筈だが、その手筈すら出来る状態ではなかった。主は厨房に入ってみると、レモンを切っていた助手が顔を上げる。

「今日は少しお早いですね。もうだいぶいいってことですね。でも今晩までは、休んだ方がいいですよ」

 シチュウ鍋が、火に掛けられている。主は、助手の言葉に返事を返さず鍋に近付くと、蓋を取って味をみた。主は険しい顔で、

「これを作ったのは誰だ」

 と、聞く。助手やコック達には、ここまで教えていない。いつの間にか、ここまで味を盗まれてしまっていたのかと、主は驚いた。助手は目を丸くして、

「コック長ですよ。大丈夫ですか。せめてシチュウだけは仕込んでおくと言って出て来たりするから、余計に熱が上がってるんじゃありませんか。喉の調子は良くなっているようですけど」

 と言って、心配そうな顔になる。今度は、主が目を丸くする番だ。

「私がこれを仕込んだのか?」

「はい。煮込むのは僕の役目で、最後に味を調ととのえるのに、今ぐらいの時間に見に来てくれるんです」

 助手が裏口のドアに目を向けた時、ドアノブが回ってドアが開いた。ドアから現れた者を見た途端、主も助手も目を剥いた。

「コック長が二人!」

 ドアから入って来たのも、ル・ラタンの主だった。もう一人の主人は、微笑みながら主に頭を下げて、

「今はこんな格好をしていますが、僕は昔お世話になった猫のフゥです。自分の店を持つ為に挨拶もなく、あなたの前から姿を消したりして済みません」

 もう一人の主人の声は、猫がゴロゴロと喉を鳴らしているような奇妙な声だった。主は、以前可愛がっていた猫のことを、懐かしいような寂しいような気持ちで思い出す。

「お前が、私の代わりを務めてくれていたのか」

 主に変身した猫は、

「はい。まず同じ味を再現出来るようになった後に、猫向けの味に変えて行きました。私の店は軌道に乗ったばかりで、店を放っていく訳にはいかないのですが、ご主人が大変だと仲間から聞いて、少しでも恩返しをしたいと、シチュウだけ作りに来たんです」

「ご主人が起き上がれるようになったのは、仲間から聞いていましたが、以前のこともあるので、ご挨拶に上がらせて貰いました。仕上げはご主人がお願いします。猫を代表して僕から、いつも僕らに御飯をくれたお礼を言います。ありがとう」

 猫は頭を下げると、素早く裏口から飛び出して行った。主は体力の落ちた身体を必死で動かして裏口に駆け寄ると、

「お礼を言うのはこっちの方だ」

 と、叫んだ。店の裏の路地の行き止まりの壁に、一匹の雉猫が乗っていた。確かに見覚えのある猫は、チラリと主を振り向いて、塀の向こうに消えて行った。

 今度うちの店にも来て下さいと言う声を、確かに主は聞いたのだ。


 あっ、コックさんが呼んでる。話してくれて、ありがとうございました。お仕事頑張って下さいね。

 えっ、最後にお兄さんが僕に耳打ちしたことですか? コォス料理を楽しめるぐらい大人になれよだって。

 お話は半分だけで、残りを知っているのはコック長さんだけなんです。夜には、コック長が自ら取り分けてくれるんですよ。僕も一度、先生に連れて貰ってディナァを食べたんですが、やっぱり昼間とは違いますよね。

 僕は緊張してそれどころじゃなくって、店主の話を聞けなかったんです。

 えっ、夕飯をここで食べて行くんですか? いいな。その時には是非、猫のお店がどうだったか、コック長に聞いてみて下さいね。僕は、この店に似合うぐらい大人になるのはずっと先だから、先生が一人で行った時に聞いて教えて貰うつもりです。

 さぁ、ここが流星広場です。僕の一番のお目当ての店は、ここです。ここで毎回何かを頼むんです。

 フルゥツパァラァ・百果堂は、元は高級果物の専門店でした。新鮮な果物を使ったパァラァ&カフェって言うのはいいですよね。

 切ったばかりのレモンを浮かべた紅茶のようなシンプルな物でも、味の違いがはっきり出ますから。勿論僕ら子供にも大人気です。アイスクリィムにソフトクリィム、ケェキにパフェ。ピンクや黄色の薔薇の花や、シフォンにフルゥツソウスを掛けたようなクレェプ。

 勿論絞り立てのジュウスも忘れてはいけません。果実酒も置いてあるけれど、子供の僕は見るだけです。ジュウスと違って透明度が高くて、まるでインクのようですよね。

 僕はここで買いますけど、どうしますか?

 じゃあここで休憩にしましょう。ソフトクリィムなどを舐めながら、ウィンドウショッピングを楽しむのもいいけれど、椅子に座ってお皿に載せて貰うのもまた違った楽しみがあるんですよね。

 お勧めですか? ユズやライムのホットティなんて、いいんじゃないですか。夕方だったら先生は、果実酒を飲みます。僕はやっぱり、生のフルゥツジュスがいいけど。

 そうだな。今日は、葡萄ジュウスにしよう。デラウェアと白葡萄のミックスで、2:3の比率でしてみて下さい。葡萄って、硝子で出来ているようにツルツルしていますよね。翡翠やアメジストを刻んだ彫刻みたい。

 そうですよ。自分で好きな果物も、分量も選べるんです。ジュニアハイスクゥルの生徒達は、学校帰りにジュウスバァに立ち寄って、誰が一番斬新でおいしいオリジナルジュウスが作れるか、競い合ったりしているんです。慣れた人なら、全く別の種類の果物を合わせたりするけど、僕はまだまだ初心者です。

 試してみますか? 南国の珍しい果物もありますよ。トゲだらけのイガ栗のような物とか、見た目はとっても個性的で、流石に組み合わせて試そうって人はいませんね。

 でも、うちの双子のアニなら、絶対やってみると思いますよ。とんでもないことが大好きだから。

 そうですか。無難に一種類だけにしておきますか。あと僕は、三種のミニクレェプを。キウイソォス、アイスはリンゴ。ジャムは、そうだな。キゥイもリンゴも酸味があってさっぱりしているから、ジャムは甘い桃にしておこう。ジャムやソォスも、お店での手作りで、とってもおいしいんです。

 はい、それで全部です。あっ、待って。もう一つあった。お話もお願いします。


 フルゥツフェアリィ(フルゥツパァラァ・百果堂の話)

 この世界には、妖精が存在しています。どうしてそんなことが言えるのかと言うと、百果堂には、確かに妖精がいるからです。百果堂にいる妖精は、果物の精でした。果物の精は、果物の中に住んでいます。普通、果実がもがれて出荷される間に別の家に移るので、果実の精がそのまま家や店に来てしまうと言うことはありません。

 しかし何処にでもうっかり者はいて、店まで来てしまった妖精がいます。百果堂にいるのは、そんな妖精です。妖精は、光に虫のような羽が生えた姿をしています。妖精は、果樹園に帰らずにそのまま百果堂に居着きました。それ以来、二人三人と増えて、今では何人もの妖精が百果堂にいることになりました。

 妖精達は百果堂で、果物やジャム果実酒の世話をして過ごしています。お店の果物が新鮮でおいしく、ジャムや果実酒の出来がいいのも妖精達が、丁寧に世話をしているお陰なんです。


 それに妖精が住んでいた果物が、甘くなるんですよね。いつか妖精が住んでいた果物の見分け方が分かったら、是非教えて下さいね。

 うん。白葡萄もデラウェアもさっぱりしているから、とってもおいしい。赤スグリの実を入れてみてもいいかも知れない。それともザクロとか。今度試してみよう。

 あれっ、掃除夫のおじさんじゃないですか。おじさんは、隣の幽霊ホテルと本屋と映画館の清掃の仕事を引き受けているんです。今は休憩中ですか?

 えっ、僕今幽霊ホテルって言いましたか? ち、違います。本当は金星ホテルって言うんです。でも金星ホテルには、こんな話があるんですよね。


 幽霊ホテル(金星ホテルの話)

 金星ホテルには以前、幽霊が住んでいた。ホテルの名誉の為に言っておけば、ホテル内での自殺者の霊だの、ホテルが建つ前の曰く付きの立地の所為などと言うものではない。

 ホテルに出る幽霊は裕福な老人で、生前は仕事の為に月に一度数日程泊まりに来ていた。老人は家で病死したのだが、気に入っていた金星ホテルに現れて、そのまま居着いてしまったのだ。ホテルとしては小人や妖精ならともかく、幽霊は困る。

 老人の幽霊は別に悪いことはせず、生前泊まっていたホテルの部屋で寛いだり、ホテルの廊下を散歩したりする。幽霊のいる部屋は貸せないし、幽霊が歩き回っているなんて、外聞も悪い。

 老人と出会った泊まり客は、あまりにも老人が落ち着き払っているので、幽霊だと気付いていないが、いつかはバレてしまうだろう。ホテルの支配人が困っていたところに、ある時ホテルの掃除婦が幼い息子を連れて来た。幽霊に出会い、話を聞いた男の子の感想は、

「ホテルにずっと住むのって変だね。だってホテルって、旅行で泊まりに来るところでしょ?」

 だった。その後、老人の幽霊はずっと居着くことはなくなり、数週間に一度だけ現れるようになった。支配人は幽霊も客として扱い、七曜堂で作らせた特製カナッペを注文する。

 そのカナッペは、生前老人が必ずと言っていい程頼んでいた物なのだ。七曜堂の主人なら分かるが、注文をする時にはいつも息子が仕込みをしているので、その類似に気付かれることはないのだった。


 今の話は、誰にも内緒ですよ。勿論七曜堂の人達にも内緒です。だって幽霊が泊まりに来るなんて知られたら、せっかく流星通りが繁盛しているのに、客足がホテルだけ減ったりしたら大変だもの。

 金星ホテルの話は、星の好きな王様と言うのが別にあるんです。その話もとても面白いですよ。それは、別の時にとっておいたらどうですか。今度来た時の為に。

 だって、流星通りは一度来ただけじゃ全てを堪能出来ないもの。この百果堂に、三百六十五日通っても、全ての果物の種類は制覇出来ないんですよ。

 それより、おじさんが持っているのは、スタァブックの本ですか? 百果堂は、斜め前の本屋と提携していて、ゆっくり座りながら内容を確かめて、欲しい本を選ぶことが出来るんです。

 えっ、三冊とも気に入って、もうお金を払っちゃったんですか。でもまだお仕事中でしょう? 邪魔になりませんか。

 ああ、百果堂で預かって貰うんですね。この町のいいところは、こう言うところなんです。大型店やスゥパァじゃ、こうはいきませんよね。流星キネマで映画を見る前に、七曜堂で惣菜を注文したら、映画が終わる時間に合わせて惣菜を揚げてくれて、熱々を家に持って帰れるようにしてくれるし。

 本屋にも映画館にもチャイルドルゥムがあって、大人は大人でゆっくり本を選べて、子供は子供で子供用の短編アニメ映画や、絵本を読めて自由に過ごせて、どちらにとってもありがたいことですよね。

 えっ、本屋と映画館の話をしてくれますか? 僕、どっちの店の話も三つずつ知ってますけど、流星キネマの話はネズミの話にして欲しいな。

 僕はあれが一番面白いと思うから。えっ、スタァブックにも秘密の話があるんですか。多分知らないと思う。僕も是非聞かせて下さい。


 ブック・シィクレット(スタァブックの話)

 これは何処の本屋にもあることなのかも知れないと、スタァブックの店長は思っている。店長は、伝票整理の途中で、店の中で眠ってしまったことがある。その時夜中、本を朗読する声で目が覚めた。最初は妖精かと思ったが、どうやらそうではないらしい。本自らが、書かれている内容を朗読しているのだった。

 一冊読み終わった後、本たちが話す様子を聞いていると、買い手が現れずに本屋にいる本たちは、長い夜を他の本の朗読を聞いて過ごしているらしい。それは別段悪いことではないが、問題はここからだ。本たちは、自分の中に書かれた物語の内容で、足りないと思ったところを補ったり変えたりしているのだ。互いの内容の一部を、交換したりもしていた。

 あなたは本を読み直した時に、以前と違うと感じた経験はないだろうか。もっと深い内容だったとか、こんなエピソードがあったとか。

 自分で思ったことを本に書いてあると思い込んだり、別の話と勘違いしているだけだと、今までは気にしていなかったかも知れない。店長もそんなふうに思っていたが、本たちがしていることを知って以来、考え方を少し変えた。

 読書中に本が、自分が変えた内容を、読者に吹き込んでいる可能性もあるではないか。そうなると物語の作り手は、作者なのか本なのか分からなくなってしまう。

 これを聞くと、本は自分の思いを正しく伝える伝達手段には成り得ないと感じて、筆を折る作家もいるだろう。本のしていることは、作家には内緒にして上げた方がいいかも知れない。


 キネマ☆スタァ(流星キネマの話)

 流星キネマには、ネズミが住み着いている。リィルを噛じるでもなく、客が床に落としたポップコォンを食べて暮らしている。ネズミたちは皆映画好きで、映画館をこよなく大切にしている。ポップコォンを拾って食べるのも、美化活動の一環だ。映画館の狭い場所や隅を奇麗にしたり、落とし物を届け出たり、ネズミたちは十分役に立っていた。

 映画館にネズミがいることは、映写技師だけが知っていた。客の中には、映画館にネズミがいることを喜ばない人もいるから。映写技師とネズミは友達で、古い映画や映画スタァの話を楽しむ。ネズミたちは、映画を見るだけで満足していたが、ある時一匹のネズミが自分は映画スタァになると言って、映画館を出て行ってしまった。

 それから半年以上が過ぎ、ある新作映画が掛かった時、あのネズミがスクリィンの中に出ていることに流星キネマのネズミたちが気付いた。机や椅子の下、カァテンの側などで、主人公の動きを真似たコントを見せていたのだ。

 撮影スタッフは、そんな所にネズミがいて、妙な動きをしていることなど誰も気付かなかったのか、そのまま映画は封切られていた。映画を見ていた観客にも、気付いた人はいなかった。

 ネズミたちだけがそれに気付き、ネズミと友達だった流星キネマの映写技師も、ネズミに教えて貰ったお陰で分かったぐらいだった。その後、彼のネズミは何本もの映画に出演?し、ネズミたちに広く知られるようになった。

 最初の望み通り、ネズミたちの映画スタァになったのだ。流星キネマのネズミたちは、自分らの住み家から、映画スタァが生まれたことを心から誇りに思っている。


 スタァブックのその話、初めて聞きました。面白いけど、何だかちょっと不気味でもありますよね。同じ物でも、ぬいぐるみとかって感情もありそうだけど、本って感情や善悪なんてなさそうに見えませんか。頭の中に吹き込む言葉が、作家が書いた物よりも正しくて、面白いとも限らないでしょう?

 僕、これから本を読む時は、本が口出ししないように言ってから読むことにします。

 それでつまらなかったら、本ならどんな話にするか聞いてみるんです。それなら勝手に、書いていないことを覚え込まされる心配はないでしょう?

 そろそろ、お仕事に戻りますか? せっかくの休憩中にお邪魔して済みませんでした。まだ知らない話を聞かせて下さって、ありがとう。

 今夜からその本を読むのに、本に余計なお節介をされないように気を付けて下さいね。それじゃあ、さよなら。


挿絵(By みてみん)

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