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鉱石亭

 先生は、樫材のテェブルについて、足付きの珈琲茶碗から、珈琲を優雅に啜っておられる。

 鉱石亭は、先生お気に入りのカフェだ。

 

 座標軸(3・5)(2・7)の、辺りに行く時は、必ずその鉱石亭に寄る。鉱石亭では先生は、いつもマンデリンとモカの特製ブレンドを注文する。

 僕はクリィムたっぷりのウィンナコォヒィとともに、その日のマスタァお勧めのケェキを戴くことにしている。

 今日は、ミルクレェプだった。薄く焼いたクレェプを何層にも積み上げて、その間に数種類のジャムや、フルウツソウス、ナッツクリィムが挟んである。

 初めてこの店のケェキを見た時は、これが食べ物なのかと疑ったぐらいだ。まるで芸術作品のように美しく、僕はフォウクを入れるのを躊躇った。

 先生は、ミルクレェプに興味を引かれたようだった。先生は、それ程甘い物をお召し上がりにならない。思った通り、先生の興味は別なところにあった。

「ラジニ君。このミルクレェプを使って、君がこの前言っていた、アドリアスの地層の説明ができるかやってみましょう」

 僕が止める間もなく、先生はフォウクを掴むと、ケェキを半分に切った。

「ここが、地上部。第四紀の層に化石が集中しているのは、この頃、洪水が起きた所為だとは言いましたね」

 先生にとって、ナッツクリィムに浮いたヘェゼルナッツは、もうファロサウルスの頭骨に過ぎなくなっている。

 何層にも重ねられたクレェプは堆積層となり、ソウスやジャムに紛れた果物は、ルビィや紫水晶の結晶となる。

 先生は、細かな注釈を加えながら、堆積層を一枚ずつ剥がしルビィの地脈や、化石達を日の元に晒していった。

「アドリアスの地層は、圧力をかけられた為に、地殻変動によるものですが、沈んだのです。地殻変動の理由は、幻影力学の最近の研究では、3000ヘクトル座標点のぶれによるものだと、考えられていますね」

 僕は、先生の助手ではあったが、先生が得意とされる幻影力学は、僕には専門外もいいところだった。先生は、幻影力学の分野では、名の知れた学者だ。僕は、せいぜい先生の荷物持ちでしかない。

 先生は、僕が理解したかどうかは関係なく、自分の説明に満足したようだった。しかしその時には、マスタァお勧めのケーキは、見るも無残な姿になっている。

 僕は、がっかりした気持ちを隠せずに、

「先生。それは、アドリアスの地層ではなく、僕が頼んだケェキです」 と、言った。

 先生は、アドリアスの地層から、ただのひしゃげたケェキになったミルクレェプを見ると、とても困ったような顔をされた。先生は学問のこととなると、すぐに見境がつかなくなる。

 それ以外の時は、先生ほど紳士的で、理知的な人はいない。先生は僕に、申し訳ないと頭を下げられた。僕は慌てて手を振って、構いませんと答える。

「そこが、先生らしいと言えば先生らしいんです」

 味には変わりがないと僕は言ったが、それでも残念なことに変わりはなかった。お詫びがしたいと仰って先生は、新たにジュレを頼んでくれる。

 運ばれてきた深いグラスには、青い海のようなジュレが注がれていた。パインフルウツを細く切ったものが、青いジュレの中に混ざっている。上には金粉が、まぶしてあった。

 金と青のコントラストが、ラピスラズリの原石を思わせる。

「まるで青玉ですね」

 先生は、ジュレの青さを指してそう仰った。

 先生が、サファイアの基幹がどうのと言う話をすると、また厄介なことになりそうだったので、僕はグラスを抱え込んで、息せききってスプンですくっては口に入れた。

 先生は、訳が分からず、驚いた顔をしていた。マスタァは、僕らのやりとりをずっと見ていたから、もちろん全部分かっていた。マスタァは僕らに背を向けて、笑い顔が見えないような配慮を見せる。

 先生は、必死に食べている僕を好ましそうな目で見つめながら、優雅な仕草で珈琲を啜られた。

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