絵との再会
「そこのエントリーシートに記入して。」
数分前よりお互い落ち着いて対応できるようにはなったが、私は完全にこの菅原太一に嫌われたに違いない。
「ねぇ、さっきは確かに私の言い方が悪かったわ。でも、採用不採用は好き嫌いじゃなくてちゃんと私の人間性で判断してよね。」
私はエントリーシートにペンを走らせた。
「...変わってる。」
「名前は親がつけたんだから、仕方ないじゃない。それとも私の両親をばかにしてるわけ?」
「違うよ名前ではなくて、君自身。」
また嫌味かい?!でも、さっきの続きをするには気力がない。素直に聞いておこう。
「どこが?」
「普通の思考回路なら、勤め先の既存の人間に嫌われた時点で、仕事によほどの魅力がない限りそこで採用してもらいたいなんて思わないよ。」
「なるほど。」
往生際が悪いとでも言いたいのね。
「ここのアシスタントに魅力があるとも思えない。何を考えている?」
「そんなの簡単じゃない。ここで働きたいと思ったからそうしてる。それだけ。」
「...やっぱり変わってる。」
その時、扉をノックする音が部屋に響く。
「太一今大丈夫か?」
男性の声。ここの講師?
「あぁ、いいよ。」
菅原は扉に視線を向けた。私はエントリーシートの記入を急いだ。
「入るぜ。」
ガチャ
入ってきたのは、菅原と同じ年くらいの男性。こちらは茶髪にピアスと少し派手な風貌。切れ目がすこし恐い。
「どうしかしたか。」
「あり?お客さんがいる。入ってよかったのか?」
「問題ないよ。で、用事は何?大成。」
「今日の授業で視聴覚室と体育館の空間を入れ替えるんだけど、都合悪くないか確認しにきたんだけど。」
菅原はにやっと笑った。笑えるのかこの男?!私は勝手に冷徹男にしていたようだわ。
「いいよ。できる生徒がいるの?」
「やれそうな奴が二名ほど。」
「好きにやれよ。」
嬉しそうな菅原。
「了解。」
「で?そのお客さんは?もしかすっと…」
「まだ決定じゃないよ。これから決める。」
「ん?!ここにいるってことは決まりじゃんか。」
眉間にしわを寄せた菅原を見て、彼はふーんと言う顔をして、部屋を出て行った。
部屋は静かになった。菅原は自分のデスクであろう場所に腰をかけ、パソコンを打ち始めた。
ふと、辺りを見渡す。白が基調の部屋だが、観葉植物と煉瓦が多い。よく見ると、水路が設けてある。ナウシカ?先ほどのエントリーホールとはデザインが違う。
が、油絵が飾ってあるのは一緒だ。10枚以上あるだろうか。珍しいのは地球の油絵。
「斬新だわ。」
「え、何?」
「何でもない。」
慌てて、次の絵から目を離し、エントリーシートへ向けようとした瞬間。
え?!!!!
ガタン!私は思わず立ち上がった。
どうして、あの絵がここに?!
あの、私の原点と言ってもいいあの絵がここにある?!
レプリカ?レプリカがあるほど有名な人が描いたの?
「何?!」
ただごとではないような私の雰囲気を感じ取ったのか、驚いた顔で私を見る。
「あ、あの絵は…」
私が例の絵を指さす。
「あの深海の絵がどうかした?」
「どうしてここにあるの?!」
菅原は目を細める。
「自分で書いた絵をオフィスに飾ってもいいだろ。」
「あなたがが描いた?!!!!」
頭が真っ白になる。この絵を、この男が...私の唯一純粋な部分が音を立てて崩れた。
「あー、絶望。」
「さっきから何が言いたいんだよ。」
私は半泣きになった。
「待てよ、私は何も言ってないからな!泣かれても困るよ!」
私の様子に慌てる菅原。
「大丈夫よ、あなたのせいじゃないから。でも、あなたのせいよ。うぅ。」
「あー、言ってることが支離滅裂。説明してよ。」
説明できるほど、私の思考はもう正常保っていない。泣くしかない。
トントン
扉をノックする音。しかし有無言わさず、扉が開く。
「太一!アシスタントを採らないかもってどういうことよ!!」
元気な声を発して入ってきたのは私と同世代ぐらいの女子。
「え、何?何で泣いてるの?太一何したのよ!」
私を見るなり、私の肩に手を回してきた。
「何もしてないよ。勝手に泣きだしたんだよ。いま事情を聞いていたところ。あぁ、ややこしいときにややこしい奴が入って来た。」
その女子は私から手を離して、今度は菅原のデスクをドンと叩く。
「ややこしいって何?」
やばい、私のせいで喧嘩が勃発しそうだ!葉子さん!!はいない。
「ご、ごめんなさい。私が悪いの。説明するから。」