創魔学園
5月下旬。夏をイメージした配色や絵柄で飾られるお店。もちろん、棚に並ぶ商品も夏物がメイン。
夏にしろ、冬にしろ季節の変わり目は新鮮な気持ちになるもの。
私はデザイナー。
なんて言うとかっこ良く聞こえちゃうけど、仕事内容は百均グッズの絵柄を発案者が考え出したものを具体的に描きだすだけ。
自分の意向なんて聞いてももらえない。
あーあ、つまらない。
これが最近の私の口癖。こんなネガティブな気持ちで仕事をしちゃいけないことは分かっちゃいるけど、でもそう思ってしまうことを止めるなんて無理な話だよね。
昔、昔。お父さんに連れて行ってもらった美術館。そこで私は運命の出会いをする。
美術館の休憩室に掲げられていた一枚の絵画。
サンゴ礁が輝く青い海。
―――自分も海の中に潜る。華麗な魚たちのダンスに魅せられ、不思議な岩・魚・きらきら輝く貝を発見。ドキドキとワクワクが交互に私の心を抑揚させた―――
そう、あの絵は間違いなく魔法が使われていた。
この世界、才能があり訓練した者は魔法が使える。
魔法使いはどこへ行っても重宝される。生きていくうえで苦労することはないだろう。
あの絵には魔法がかかっていた。色彩魔法だ。
あの日から画家を夢見て生きてきた。あの絵は私の中で色褪せることはない。
画家志望で美術大学まで出たけど私の技術では画家を仕事として生計を立てることはできない。今の派遣デザイナーは少し技術があれば誰でもできる。最初は腰掛けのつもりだったけど、飛び出す勇気も才能もない私は現状に留まっている。
それでも画家の夢は捨てられない。矛盾だらけの私は仕事もプライベートもいい加減だ。
腕時計をちら見する。薄茶のベルトにリボンの形をしたパステルカラーの青とピンクの飾り、フォークの形をした秒針。
私がデザインしたの。と言いたとこだけど、残念ながら以前ショッピングモールで衝動買いしてしまった品。
そのお気に入りの腕時計は17時15分を指している。よし!
「お疲れ様でした。」
出勤時の「おはようございます。」より気持ち張りのある声で退社する。
気持ちはコントロールできる部分とそうでない部分がある。微妙な心境の変化が自分でも無意識に表面にでちゃうのは誰も一緒のこと。
「さて、今日はあのCaféに行こーっと。」
あのCaféとは先週の金曜日にお昼を食べたCafé。
外観は全国チェーン店のスターンバックに似ていて、いたってシンプル。
店内は中庭が3階まで吹き抜けになっていて、なんじゃもんじゃの木が立っている。
優しくどこか懐かしいメロディ。午前中までの仕事の忙しさを忘れてしまう。
アイスカフェラテとレモンハーブチキンのランチセットを注文。
テーブル、椅子は白とベージュが基調。
椅子の座り心地の良さにも驚いた。ゆっくり読書でも楽しみたいほど。
スタッフは教育が行き届いているのか、自然なのに気持ち良く感じるサービス。
あんな雰囲気のいいお店はそうそうない。
今日は仕事帰りだし、ゆっくりお店を満喫できるかな。
お気に入りの本「サマータイム」を持参した。あの空間で読書をすることを想像するだけで心が弾む。
Norwegian Woodが頭の中で勝手に流れる。思わず軽く
ステップを踏んでしまう。
「えー!そんな!!」
なんてこと。このCafé、17時閉店なの!!
今日どころか、明日も明後日もこの先ずっと仕事帰りには寄れないなんて...
「ショック...」
入口の扉は透明なガラスに金のドアノブが付いている。その横に白のウェルカムボードがあり、そこにはしっかり9時~17時と記されている。
扉の前で唖然とする私。現実をなかなか受け入れられない。
店内が覗えそうな場所を探して窓にへばりつく。往生際の悪さは父でも母ゆずりでもない。「いったい誰に似たのか。」昔からよく母に言われたっけ。
店内は電気もついてなければ、人影もない。
念の為、入口に戻りもう一度ウェルカムボードを見る。
(9時~17時)
「はぁ。」諦めて、帰ろうとウェルカムボードから目を外す。そのとき、
「あれ?」
魔女の帽子の形をした張り紙がボードの右上にコバルトブルーのピンで留めてある。
何で今まで気付かなかったんだろう。
(創魔学園、アシスタント急募!詳細はXXX-XXXXまでお電話ください。)
「うそ。」
創魔学園といえば、魔法訓練校。自分には縁のない学校だと思ってたから場所すら知らない。
「ちょっと待って、このお店創魔学園とつながってるってこと?」
「That's right.Are you interest in it?」
「なっ、え、えいご?!」
慌てて振り返ると、後ろには明かに日本人の男性が立っていた。
「誰?」
「人に何かを尋ねるときはまず自分のことを名乗ってからってのが常識では?」
(誰よこいつ。いきなり英語で話かけといて、しかも説教って。)
「そっちが先に話かけてきたんじゃない?」
条件反射でついおこり口調になってしまう。
「っと、しかも素直じゃない。それじゃあモテないだろう。」
「大きなお世話よ。これでも間に合ってますから。」
雄一とはもう一か月会ってないけど...
「長期間会ってない相手とまだ繋がっていると思っているのは自分だけかもね。」
何で分かるの!?
「先に話しかけてきたのそっちでしょ?あなたこそ失礼よ!」
「私はここの美術講師です。」
「そうだったの。それは失礼しました。」
今まで、驚きと怒りで相手をよく見ていなかった。黒の短髪。白と水色のドット柄のネクタイに細身の紺色のスーツ。25・6歳くらいに見える。
...ん?
「あれ?ここのって...このCaféの?」
講師ってどういう...
「もしかして、ここっていうのは、この建物が創魔学園であなたがここの講師ってこと?」
「そいうこと。」
「あなた魔法使えるの?!」
「教えるくらいだから。一応。」
こんな失礼な奴が魔法使いだなんて。神様、こんなの不公平だわ!
「この前来た時はここはCaféだったのに。」
「夜は魔法訓練校として使われてるんだ。」
全然知らなかった。
「ねぇ、その帽子の貼り紙に興味があるの?」
「ぜーんぜん...」
「そう、じゃあそこどいてくれないかな。中に入りたいから。」
あれ?ちょっと待って、さっきこいつ何の講師って言った?
「いえ、そうじゃなくて、ぜ、ぜーんぜんある。そう、すごく興味があるの!魔法使えなくてもアシスタントできるの?」
「ああ。」
これはチャンス!
「あの、私を雇ってください!」
「私の一存で決める訳にいかないから、そこに電話してよ。」
「分かりました。」
ビリっ
「うわ!何するんだよ。」
私はその張り紙をボードからむしり取った。
「だって他に応募者がいたら確率が低くなるんだもん。」
「自己中...君みたいな人と一緒に働くのはごめんだな。」
しまった。つい、いつもの癖が。
「魔法を使えるあなたには分からないでしょうけど、凡人はまともにやってたら望なんて何も叶わない。できる手は使わないと。」
張り紙を握る手に力が入る。おそらく顔も険しくなっているだろう。
これでも自分も社会の一員だと思ってしゃかりきに頑張った時期もあった。でも一生懸命やっても人には限界があることを嫌ってほど経験してきた。
凡人は頑張ってもエリートにはなれっこないんだから...
「まるで自分に言い聞かせてるみたいだ。」
またも見抜かれた。何なのこいつ。
「でもさ、それって本気を出すことからただ逃げてるだけじゃないのかな。結局、自分に自信が持てない人のいい訳だね。」
「魔法が使えるエリートのあなたには分からないわ。」
「そうかな。魔法も努力しないと使えないし、魔法が使えるからって自分に自信が持てる訳でもない。君と何も変わらないよ。」
「大きく違う。だって私にはあの絵は描けない。」
男はみけんいしわをよせる。
「あの絵?」
どうしよう、今日会ったばかりの人に私の昔話をしたところで...
黙り込んだ私を見かねたのか、質問を変えてきた。
「君、画家なんだ。」
「そうじゃないけど。」
私は下を向く。男が一歩私に近づく。
「美術魔法に興味がある。」
「うん。」
下をむいたままうなずいた。
「今度は素直でいいんじゃん。」
「えっ?」男の顔を見る。
「名前は?」
男は質問したくせに私に背を向け扉の鍵を開けようとしている。
しかしすぐこっちに向き直った。
「おっと、先に言うのが常識だった。私は菅原太一。」
「私は橘里。派遣でデザイナーやってるんです。」
「里?変な名前。」
...人のこと非常識扱いしてくるけどこいつも相当無礼だわ。でも、立場的に今は言い返さない方が得策かな。
キィ 菅原太一と名乗る男の手が扉を押す。
あれ?さっきのあの一瞬で鍵開けたの?それとも、もともと鍵かかってなかった?それとも?
太一が営業スマイルをする。
「ようこそ創魔学園へ。橘里さん。」