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第四章 少年魔術師と『二大魔術師組織間戦争』(8)




 カナエは出ていくユウたちをただ見つめていた。


「……出発しないのかい?」


 修司の問いを聞いて、カナエは頷く。


「いいや。私も後を追って出発するよ。ただ、やらないといけないことがあるのも確かだからね。先にそれを実行しておかねばならない」

「それはいったい、何だというのかな? もしかして、コンパイルキューブの強化かな? だとすれば、もうすでに完了しているよ。なぜなら僕は天才だからねえ!」

「……だったら早く出しなさい。実戦投入するわ」

「ちょっと待ってほしいねえ。まだ調整がすんでいない。このまま実戦投入しても何ら問題じゃないけれど、僕としてはまだ……」

「そんなことを言っている場合ではないのですよ」


 カナエの言葉――正確に言えば、彼女のその威圧感――に圧されてしまい、思わずたじろいでしまう修司。


「で、でもねえ……。やはり科学者たるもの、完璧な状態で出しておきたいものなのだよ……。ボス、カナエ様がそうしたい気持ちも分からなくはないけれどねえ……。ひひひ、でも、そういうのならば、仕方ないか。責任は取らないよ? なぜならソフトウェアのヴァージョンで言うところの0.99相当だからねえ!」


 そして修司はポケットにすでに入っていた白い立方体を取り出して、それをカナエに差し出した。大きさは通常のコンパイルキューブよりも一回り大きい程度であったが、手のひらに収まるサイズとなっている。


「これが、新しいコンパイルキューブ?」

「新しい、というほどでもないけれど。正確に言えば、コンパイルキューブから生み出される力をより魔術に特化した、とでも言えばいいかな? 今までのコンパイルキューブからでは引き出す限界があったけれど、それを少し高めた……と言えば、言葉がきっと通じるはずさあ!」

「限界を高めた……? ということは、今までより強力な魔術を使うことが出来る、ということ?」

「ザッツ・ラアイト! その通りさ! まさにその通りなのだよ。今までパワー不足で生み出せなかった超技術の魔術だってこれなら簡単に生み出すことが出来る! ただ、これはあくまでも試作段階に過ぎない。威力試験もまだ充分に行えていないことも事実だ。だから、どれくらい出るかははっきりとは言えない。けれど、スリルというのも大事だよねえ!」


 カナエは修司の言葉を聞いて小さく溜息を吐いた。修司は科学者ゆえ、科学の話になるといつもこうなってしまう。興奮して、ほかの人がたとえ聞いていなくとも科学技術のことを延々と話し続けるのだ。それさえなければ優秀な科学者なのだが。

 やはり科学者には変人が多い。その理論を納得する要因となったのが――彼であるともいえる。


「まあ、いいわ。私はこれをもって出撃します。凌、あなたも出撃していただけますね?」

「はい。仰せのままに」


 凌はカナエの言葉を聞いて頷き、首を垂れる。

 それを見届けてカナエは急ぎ足でユウたちの後を追った。

 凌もそれから一歩遅れる形で彼女の後を追おうとした――そのときだった。


「いひひ、凌クン」


 修司が彼女に声をかけてきた。

 普段、修司が凌に声をかけてくることはない。しいて言うなら、コンパイルキューブの不調があったときに直してもらう程度、だろうか。スノーホワイトはホワイトエビルやヘテロダインに比べて規模が小さいにも関わらず、全員が仲の良い、俗に言う『アットホームな職場』というものではなかった。


「……どうしましたか。私は見てのとおり、急いでいるのですが」

「解るよ。だからこそ、君に渡しておかねばならないものがあるのだよ」

「……まさか私にも強化版のコンパイルキューブを?」

「いいや、それはない。しいて言うなら、それを抑え込むシステムだ」


 そう言って修司はあるものを彼女に見せた。

 それは小さな鍵だった。南京錠につけるような、そんな小さな鍵だ。


「いいか。もしボスに持たせたコンパイルキューブが異常を起こすようなら、コンパイルキューブにある鍵穴にそれを差し込み、時計回りに回すんだよ。それで、安全装置が働く。問題なく働けば、暴走をする前に止まるはずだからね」

「……暴走する可能性があるんですか?」

「可能性は考えておかないとねえ、ひひひ。いや、笑っている場合ではないのだけれど。ほんとうならば、いつもの僕ならば、きちんと『準備』を整えてから渡すものなんだよねえ。けれど、今回は残念ながらそんな時間が無かった。時間をうまくスリム化できなかった僕のせいといえば僕のせいになるのだけれど、でも、救済措置だけは何とか間に合ったというわけさ」

「成る程。それじゃこれをもっていけば……」

「少なくとも悲劇を防ぐことが出来るだろう。ただし、本人の心意気にもよるけれどねえ」

「本人の……心意気?」

「まあ、そんなことを言っている暇なんて無いね。取り敢えず、急いで追いかけたほうがいいのではないかい?」


 それを聞いて、彼女は我に返った。

 踵を返し、急いで走っていく。

 扉を開けて、外に出ようとする彼女に――修司はさらに言った。


「努々忘れないでおいてくれよ。あのコンパイルキューブは強い。それゆえに、リスクも多いということを。まだコンパイルキューブはブラックボックスが非常に多い、人間が扱うのはまだ早すぎる機械だということをねえ!」


 修司の言葉を聞いて一瞬立ち止まる凌。

 そして、その言葉に頷いて、彼女は部屋の外へ飛び出した。


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