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第三章 少年魔術師と『幽霊少女、四谷さん』(12)


「……それじゃ、ユウさんはこれに反対ということですか?」

「まぁ、そういうことになるね。少なくとも賛成はしない。その後の展開が目に見えているし」


 ユウの言葉を聞いて春歌は考える。でも、そうだとしても、何か策は無いのだろうか? 別に組織を一つにしてもいいのではないか――それが春歌の考えだった。

 だが、そんな魔術の素人が考えたような策が通用するならユウが悩む必要など無い。


「まあ、先ずは情報収集だ」


 そう言ってユウは椅子から立ち上がる。


「情報収集?」


 見上げる形となった春歌が、ユウに訊ねる。

 ユウは、いかにも悪役(ヴィランズ)のような笑みを浮かべて言った。


「ほかの魔術師組織からも情報を集める。共有する、と言ったほうが正しいかな? いずれにしても、今回のアレイスターが実施した方法は通常の方法とは異なるもので、赦されないものだよ。先ずはその処分をどうするか、決める必要がある」






 羽田野ナナはモーニングの小倉トーストを口に頬張りながら考え事をしていた。


「都市伝説の魔術師……」


 反芻するのは、ナナが四谷さんから言われた単語だった。

 そもそも理解できないのは、承知している。

 問題は、それをなぜナナに言ったのか、ということだ。それについては見解も無ければ理解も生まれない。まったくもって理解できないことなのである。

 仮に。

 仮にナナが四谷さんの言葉の意味を理解できたとして、彼女に何が出来るだろうか?

 それはナナ自身もわからないことだった。


「どうした、お嬢ちゃん。そんな辛気臭い顔をして」

「え……そんな辛気臭い顔していました?」


 マスターにそんなことを言われて、きょとんと目を丸くするナナ。

 マスターとは長年の付き合いだ。一応言っておくと、別に嫌らしい意味でそう言っている訳ではなく、ただ単に昔からナナがここの常連になっているだけの話なのだが。


「マスターと言われて長い間この店から木崎という街を見てきた。だから解るんだよ、人間の内面ってものが。大体手に取るように見える。まるで魔術のように」

「へ、へぇ……。それは凄いですね」


 少しだけ遠退ける形で頷いたナナ。

 因みに一般人が一目で魔術師と見分けることは到底不可能であると言われている。大体が魔術師の側から教えてもらうか、魔力を読み取る何らかの力を持っているか――まぁ、その場合それを一般人と定義して良いのかどうか危ういが――のいずれかだ。


「まあ、そんな肩の力を入れる必要も無い。……と言っても大人にも解らない子供の事情があるしな。ただ、応援してあげることしか出来ないよ」


 そう言ってマスターは彼女が食べている小倉トーストに粒あんの塊を載っけた。

 驚いてマスターの方を見る彼女に、マスターは、


「いいってことよ。とても美味しそうに食べるものだからな。おまけとして受け取ってくれよ」

「……ありがと」


 そう言って小倉トーストを頬張ったナナ。

 彼女のスマートフォンが着信音を鳴らしたのは、ちょうどその時だった。


「……まともに食事を食べる時間すら与えてくれないのかしら?」


 そうぶつくさ言いながら、彼女はスマートフォンを操作し、メールアプリを開いた。

 メールの送り主はアレイスターのボスだった。

 それを見て思わず彼女は立ち上がる。なぜならアレイスターのボス……即ちこれから彼女が就職する場所となる、そのリーダーが彼女に直接連絡を取っている。それが彼女にとってとても嬉しいことだった。

 メールの本文を見はじめるナナ。その目線は真剣だ。任務かもしれないし、集合かもしれない。いずれにせよ、その命令に従わなければ意味がない。


「……何ですって?」


 ナナはその言葉に絶句した。

 そこに書かれていたのは……アレイスターとヘテロダインの全面抗争が行われるということ、そして、そのために参加を要請する旨が書かれていた。

 彼女は確信した。この後何が起きて、何が始まるのかを。この抗争に参加できることで、自分がどうなっていくのかを。

 小倉トーストを早々に食べ終え、ナナはカウンターにぴったりの代金を置き、立ち上がる。


「ご馳走様」

「用事が見つかったのかい?」

「ええ」


 マスターに笑顔を見せて、彼女は店を後にした。

 マスターはナナを、手を振って見送った。



 ◇◇◇



「……アレイスターに所属している全魔術師ならびに所属予定の魔術師に連絡、終了致しました」

「ご苦労様。あとはどれほど集まるか……だね。まあ、七割以上集まれば上々かな。そうすれば少なくともヘテロダインの魔術師を数で上回ることが出来る。そうすれば、あとは簡単だよ。一人ひとりの力は、少なくとも上回っているからね。向こうに勝ち目は無いよ」

「……お言葉ですが、アリスさま」


 彼女のことをそう呼ぶのは一人しか居ない。副長を務める神前時雨だった。

 時雨は溜息を吐きながら、持っていたボールペンを指で回す。


「……どうしたの、時雨? まさか、あなたが怖じ気づいたとでも?」

「そういうわけではありませんが……今の状況、これを見てまだ理解出来ないのですよ。この抗争、する意味があるのか……ということについて。少なくともこの抗争の果てに見えるものは、魔術師という勢力そのものの衰退しか見えません。それをして我々が何を得するのか……それについて理解出来ないのです」

「何を言っている」


 アリスはぽつり、と呟いた。

 まるで彼女がそれを言うことを予測していたかのように。


「我々、魔術師という勢力そのものを気にしているのではない。今回の抗争は魔術師そのものまで立ち入るものにはなるまいよ。あくまでも、アレイスターとヘテロダインの抗争で完結する」

「ですが……」

「君が心配する気持ちも解る。だが、だがね、問題は無いのだよ。私には凡てが見えている。この先に見えるのは、我々の勝利……ただ一つだ。だから、気にすることは無い。ただ戦って、勝てばいい。それだけでいいのだよ」


 その言葉に、時雨は何も言い返せなかった。

 アリスがそこまで言い切ってしまえば、何も返せない。返す言葉が見当たらない、と言えばいいだろうか。いずれにしても、その圧倒的な力――それに逆らうことは出来なかった。

 そして。

 時雨は無言でアリスの部屋を後にした。







 歴史が動き始めている。

 魔術師組織、二つの組織が全面抗争を行うこと、そしてその先に起きたことは――魔術師の歴史に残る大きな事象となることは、まだ誰も知らない。


第三章 終わり


第四章に続く。

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