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第二章 少年魔術師と『地下六階の少年』(10)

「大丈夫。彼は助かるよ……と言いたいところだがね。あいにく私は医者だ。そう簡単に『助かる』なんて言葉を口にしちゃいけないのだよ」


 医者の名前は湯川果。――彼が知っている情報通りならば、彼女は柊木香月の親戚だったはずである。

 彼女にとっても、助かるとはっきり発言出来ないのはつらいことなのだろう。

 そして、それは。

 隼人にとっても変わらなかった。


「こんなに若く希望のある少年が……通り魔に重症を負ってしまうとは……! 許せない……!」

「ねえ、刑事さん。一つ言いたいのだけれど……、本当に香月クンは通り魔にやられたのでしょうか?」

「……と、聞いていますが?」

「実は『魔術師に攻撃されたもの』だとしたら、どうしますか?」

「!」


 だが、想定内だった。

 しかし彼にとって、それは最悪の予想と言えるが。


「どうやらあなたは、それについて考慮しなかったようですね?」


 果の言葉に、隼人は口を噤んだ。

 残念ながら、果の指摘は誤りだった。隼人だって警察の端くれ、それくらいの危険予知くらい容易だった。

 だが、まさかほんとうに起きるとは、思いもしなかった。

 果の話はなおも続く。


「もしかしたら、彼はあなたにとんでもない思い過ごしをしたのかも知れませんね。彼に一度会ったのでしょう?」

「ああ。あの時は、今回の事件に協力するよう持ちかけてきた」

「あなたの回答は?」

「断ったよ。僕だって暇な身ではない。国家権力に身を置いている存在だ。ただでさえ、魔術師の存在意義が危うくなりつつあるというのに、危険な賭けに出たくなかった」

「つまりあなたは『正義』よりも自分の身を優先した、ということね?」

「仕方がないだろう。僕だって人間だ。立場が惜しいとおもうこともあるよ」

「それが、こんな窓際であっても?」


 まともに話す気がなくなってきたのか? 隼人はそう思い始めた。まるで何かの時間稼ぎをするために話を進めているような……。


「まあ、どちらにせよ、すぐに彼の意識が戻るわけではない。だから今は帰りなさい」

「ここで待って、意識の回復を待つのは……」

「医者の言うことを聞けない、というのかね?」


 それ以上彼は何も言えなかった。これ以上彼女とはなしても議論が平行線を辿る一方だ――そう考えた彼は、素直に立ち去ることした。



 ◇◇◇



 ユウはヘテロダインのアジトに戻ってきていた。

 本来は情報収集をするため――だったのだが、思った以上に情報が集まらず、結局部下に任せて彼女はここに待機するに至ったのである。


(敵は私たちが所属していた時の組織に比べて、はるかに力をつけている……。レベル的には、ヘテロダインの構成員が全員香月クンくらいにならないと、おそらくは……)


 ユウは考え事をするとき、いつも一人だ。余計なことを頭にインプットしたくないから、そのようにしたのだという。


「どうした。考え事をしていて」


 ふと声が聞こえたので、ユウは上を向いた。

 そこに立っていたのは、夢月だった。夢月は2人分のコーヒーを持って、彼女の前に立っていた。


「香月のことを考えてくれているのは、親として嬉しいことだ。だが、それで深く悩みすぎては何も生まれない。どうだ? 先ずはコーヒーでも飲んで小休止でもしないか」


 それを聞いて、一瞬躊躇ったが、有り難くコーヒーを頂戴した。




 コーヒーを飲みながら、向かい合った席でユウと夢月は何をしていたのか。

 ……そう言うと非常に如何わしい話になりかねないので、二人の弁護のために言うと、特に何かあったとかそういうわけではなく、二人見つめ合っているだけだった。


「……ねえ、夢月」

「どうした、急に畏まって。お前らしくもない」


 話を切り出したのはユウだった。

 そして夢月はその言葉について冗談っぽく返した。

 思えば、いつも彼はそうだった。現役時代、夢月とともに任務に参加するときも、決して恐れることはなかった。絶望しなかった、とでも言えばいいだろうか。ともかく、彼は強い魔術師だった。

 それが――ユウが彼を尊敬するほどに、強い魔術師だった。


「あなた……久しぶりに戻ってきて、息子が魔術師になっていてどう思った?」


 唐突に言ったことだったからか、きょとんとする夢月。


「どうした。突然そんなことを言いだして」

「別に。ただ気になっただけ。教えてほしいなあ、と思って」

「教えてほしい、か……。最初は驚いたよ。まさかアイツが魔術師になるなんて思わなかった。それ以上に夢実もなっているとは思わなかったよ。やはり、血は争えないな、ってね」

「……怒らないの?」

「何に?」

「だって、香月クンを魔術師にしたのは……」

「お前だろう? それくらい知っていたよ」


 その言葉を聞いて、ユウは目を丸くする。

 夢月の話は続く。


「ならば、何故……」

「あいつが選んだ道だ。そう簡単に俺が言うことでは無いよ。あいつが選んだ道をどうこう言うべきではないし」


 彼の発言は、ユウが考えていたこととは大いに違っていた。

 彼に叱咤されると思ったからだ。

 しかし、夢月は彼女を優しく宥めた。


「……それじゃ香月クンと夢実ちゃんに魔術師を辞めるように言っているというのは?」

「うん? 俺がそんなことを言った、と香月が言ったのか?」

「言った、というか風のうわさで聞いただけよ。実際に本人たちからそれを聞いたわけでは無い」

「あいつらに魔術師を辞めてほしい、なんて俺は一言も言っていない。魔術師以前に、人間として生きていく上での知識はきちんとつけておけ。それが出来ないのならば、魔術師として大成することもない、と……そう言っただけだ。きっとそれをはき違えただけだよ。いや、この場合は聞き間違えただけ、とでも言えばいいか?」

「……そう。ならいいのだけれど」


 それだけが気がかりだった。

 それだけを――彼女は気にしていた。


「何だ? そんな細かいことを気にしていたのか?」

「細かい……。まあ、あなたにとってみれば細かいことでしょうね。まあ、それは今解決したから良いこととしましょう。それで? あとはどうしましょうか」

「どうする、って?」


 夢月は残っていたコーヒーを飲み干した。


「決まっているじゃないか。ここまでは『遊戯』だ。戯言と言ってもいい。問題はここから」

「方針を、決めるということか」


 夢月の言葉にユウは頷いた。


「ええ。当然よ。先ずは都市伝説を集めて何をしようとしているのか、それを突き止める。そしてその根源を破壊する。ついでに香月クンから魔術師のチカラを奪った忌まわしき奴をぶちのめす。……だが、残念ながらそのためには力が必要。あなたとあなたの奥さん、それに香月クンの妹の力が」

「香月の敵を取るために、私たちが参戦しないとでも?」

「そう言ってくれて、本当に助かる」


 それを聞いて夢月は鼻で笑った。

 夢月とユウが初めて出会ったとき――あの時、彼女は夢月に『助けて』と言った。救いを求めていた。

 だが、今は違う。お互いに力を身に付け、ともに戦おうと言っているのである。


「あのころから比べれば……大分成長したよ、ユウ」

「……昔話をするのは、今すべきことではないだろう?」


 そして、ユウは笑った。

 自らに発破をかけるように。

 自らに鞭を打つように。


「今のアレイスターがどうなっているか知らないが、ここから先は『遊戯』でも『遊び』でも『仕事』でも何でもない。――ただの戦争だ」


第二章 完

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