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第二章 少年魔術師と『地下六階の少年』(1)



 香月とアイリスは街を走っていた。

 もう空が白み始めたが、彼にとってそんなことどうでもよかった。

 そんなことよりも、アイリスの処遇に対する怒りが募っていた。


「ねえ、香月クン。別にそんなに怒らなくてもいいのに……」

「ダメだ、アイリス。君は優しすぎるよ。それを付け込まれたんだ。それは決してあってはならない。今から僕は、それを正しに行くんだ」

「正しに行く?」

「正確に言えば粛正、かな。ちょっとこの言い回しをすると僕が悪役ポジションに見えてしまうけれど」


 粛正。

 それはニュアンスとして間違って居ることなのかもしれない。

 しかしながらそれは僥倖。

 まったくもって正しいとは言えない事実であった。


「……私は何も悪くない。ただ、あの組織が間違っているかと言われると否定も出来ない。けれど!」


 アイリスの話は続く。


「あなたにそんなこと、して欲しくない!」


 思わず彼女は、彼と繋いでいた手を離した。

 香月は突然の行動に驚くが、話を続ける。


「いったいどういうことだ? 君は苦しめられていたんじゃないのか?」

「苦しめられていた。それは確かにそう。けれど、そうだとしても無意味に人を殺す程、私は頼ろうとは思わない」

「……それじゃ、一人でも何とかなるというのか? 先ほどの状況がいいと、言うのか?」

「私以外が悲しまない、それが最高の手段」

「最高の手段……それが最高なわけがあるか! そんなことが……」

「ありがとう。柊木香月クン」


 アイリスは踵を返す。

 香月はそれを追いかけることが――出来なかった。


「あとは私が全部やるよ。もともと私の責任で起きたこと。だから、私がどうにかしなくてはならない。それはあなただって解っているでしょう? いいや、解ってほしいのですよ。私がどうなってもいい。ただ、あなたのことを巻き込みたくないから……」


 そう言って、アイリスはそのまま歩き出した。

 香月は追いかけることができなかった。







 その日は朝から雨だった。

 憂鬱な日だったが、香月の父親――夢月にとってそんなことはどうだってよかった。アイリスのこと、組織のこと、凡てひっくるめて拳骨一発で済ませた。

 夢月曰く、「お前も将来のことを考えろ」とのことだった。

 雨の日なんて登校すら疎ましく思えるが、そんなことを彼が言ったとしても無駄だろう。中学校までは義務教育。親は子供に義務教育を受けさせる義務がある。それを守らねば、国民の義務に違反してしまう。

 だから、夢月はいろいろあったが、香月を中学校へ向かわせることにした。


「香月クン、おはよっ!」


 後ろから声をかけられた香月が振り返ると、そこに立っていたのは――。


「お、おはよう。春歌」


 彼の友人であり良き理解者、城山春歌だ。彼女はかつて彼に救われた。そして彼にあこがれて『魔術師』としての道を歩んだ。

 今では数少ない、彼の魔術師としての友人でもある。


「……どうしたの。顔色が悪いようだけれど?」

「え。そうか? いいや、別に。何でも無いよ」


 彼も不味いと思って、すぐに表情を取り繕う。

 彼女にはその事実がばれてはならない――そう思ったからだ。


「香月クン、何か隠していない?」

「……だから、何でそんな結論に至るんだよ」

「何となくそんな予感がしたんだけど……違うよね。香月クンならなんでもできるんだし。誰かの力になってくれるし、ほんとうにすごい人だよ。香月クンは」

「……別に。そんなすごい人間じゃない……」

「え?」

「僕は、逃げ出した人間だ。仕方ないと思って、見過ごした人間だ。誰かの力になったかもしれない。けれど、それは違う。結果として誰かの力になっただけに過ぎない。結局、僕はそれだけの人間だった……ということだ」

「違うよ」


 しかし。

 香月の言葉を、彼女は即座に否定した。


「香月クンがどうしてそこまで自分を卑下しているのかは解らない。だから、香月クンの思いはもしかしたら間違っているかもしれない。けれど、これだけは言える。香月クンは、人のために何かをしてあげることの出来る人なんだって。胸を張って生きていいんだよ。だってあなたは――私のことを救ったのだから」

「……」


 香月は何も言えなかった。否、何も言わなかった。

 彼女がそう言ってくれる――それだけで嬉しかった。

 でも、彼ひとりでは何も出来ない。

 春歌の話は続く。


「……だから、今度は私があなたを助ける番」

「えっ?」

「私があなたの……香月クンの困っていることを、少しでも解消してあげる順番。恩返しはしないとね? 鶴の恩返しみたいに、昔話でも言われているくらいだし」


 彼女はそう言うと、小さく笑みを浮かべた。



 ◇◇◇



 昼。

 香月と春歌、夢実は屋上で食事をとっていた。春歌は自家製弁当、香月は夢実が作った愛情たっぷりの弁当である。夢実も自分の作った弁当を食べている形になるが、香月のそれと比べると力の入れ様が違う。


「……つまり、アイリスって女の子が、自分が虐待を受けていた魔術師組織を一人で壊滅させようとしているってこと?」


 春歌は理解が早かった。いや、寧ろこれくらい理解が早いほうが彼にとっても楽なのだが、あまりにも早すぎたので少々驚いている。

 香月は弁当のおかずであるミートボール――これももちろん夢実の手作りである――を頬張って、頷く。


「確かにその通りだ。理解が早くて助かるよ」

「物事が思ったより単純だったからね。それくらいならまとめるのも難しくないよ。簡単にまとめられるから」

「……それじゃ、話を戻すよ。問題はここから。僕は彼女を助けてあげたい。そして、最終的にその『組織』が行おうとしている計画も止めるべきだと考えている。それによって木崎市がどれ程の被害を受けるか解らないからね」

「それはそうですね」

「だから僕としては……君たちに強力を願いたい。そう考えている」


 突然のことに、夢実と春歌は何も言えなかった。

 当たり前だ。今から戦う敵は戦力も実力も未知数。その集団に三人で挑む――はっきり言って自殺行為と言っても過言では無い。それをどうにかしようと考える香月は――どうしようもない馬鹿と考えられても、致し方ないことなのだ。


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