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偽りの愛で結ばれる二人

 ある日の夜、ヤミーは一人の男を連れて洞窟にやってきた。男はなぜかタブレットを睨みつけている。

「これが……デュランよ」

 ヤミーはうつむきがちに彼を指さす。

「それではデュランさん、奥へどうぞ。ヤミーさんはそこでお待ちください」

 タブレットは男――デュランだけを洞窟の奥へと誘う。

 洞窟の奥、作業机に置かれた椅子をデュランに差し出し、自らは机に寄りかかる。

「お前が、ヤミーが好きになったって奴か?」

 デュランは血相を変えてタブレットに掴みかかる。

「違いますよ。私には妻だっています」

 そう言って彼は一人の女性の写真をデュランに差し出した。

「俺のヤミーには敵わないな。ヤミーは世界一美しい」

「……私にとっては妻が一番です。だから安心してください」

 タブレットが写真を見つめながら言うと、納得したのかデュランはタブレットから手を離し、椅子に腰掛けた。

 タブレットが見せた写真は妻のものではない。ある男が惚れ薬を使って手に入れた女性の写真だ。それを彼が持っている理由は――。

「それで俺に何のようだ?」

 昔を思い出していたタブレットを、機嫌の悪そうなデュランの声が現実へ引き戻す。

「最近デュランさんとヤミーさんの関係がうまく言っていないようですので、協力したいと思ったんですよ」

「協力?」

「はい。そのために必要なものがあるのですが……」

「ヤミーの愛を取り戻すためなら、なんだってする!」

「……わかりました。それでは」

 タブレットは必要なものを教えると、彼は何のためらいもなく手を差し出した。



「ヤミーさん、調子はいかがですか?」

 一時間ほど経過したあと、タブレットはヤミーの元に戻りそっと声をかけた。

「いつまで待たせるの? ちゃんとしてくれるでしょうね?」

「ええ。もちろん、問題がないようにしますよ」

「大体人を待たせといてお茶もないなんて」

「ええ、そのことを思い出してお茶を渡しに来たんです」

 タブレットはお盆に載せた紅茶をヤミーの前に置く。ほんのりと甘い香りが辺りに漂う。それに心を落ち着ける効果があったのか、ヤミーはふうと息を吐く。

「でも、どうやって解決してくれるわけ?」

「今からご説明しますので、お茶でも飲みながらリラックスしてください」

 タブレットはどこか寂しげに微笑むと、自分用に入れたコーヒーに口をつけた。

「本日は甘さ控えめにしてありますので、その辺もご心配なく」

紅茶を飲んでもらうため、タブレットはそっと付け加える。

「今、彼はどうしてるの?」

 ヤミーはその水面を見る。

 タブレットは彼女の様子をひっそりと観察しながら、「それらしいことを話し、落ち着いてもらっています」と答える。

「そう」

 ヤミーはカップに手を伸ばす。

「ヤミーさん、以前あなたは彼を一生愛するといった。なのにそれは嘘だったんですね」

「またその話?」

 伸ばしかけた手で、苛立ちに任せて机を叩く。カップが揺れ、タブレットはこぼれないようにヤミーの紅茶を手に取る。そしてまた彼女の前に戻す。

「私はなんとなくわかっていましたよ。あなたも永遠の愛を誓うとか言いながらそんなことはないだろうと」

「そのたびに薬の効果をどうにかしてくれってうるさく言われます」

 コーヒーのほろ苦さが口に広がる。本当はもう少し甘いのが好みだが、我慢するしかなかった。砂糖がちょうど切れていたからだ。

「だったら作らなければいいじゃない。依頼を引き受けといてごちゃごちゃ言わないで頂戴」

「惚れ薬を使ってうまくいく、それはありえないことなんでしょうか」

「さっきから何が言いたいのよ」

「気にしないでください。ただの独り言です。それより紅茶も冷めてしまいますし、お飲みください」

 ヤミーは不審げにしていたが、やがてカップを手に取った。それを口元に近づける。唇にカップが触れる。ゴクリ、と飲み込む音がする。

 ヤミーが紅茶を飲んだのを確認すると、彼は静かに微笑んだ。

「まだ彼と別れたいと思いますか?」

 すると先ほどまで彼と別れたいオーラを纏っていた彼女は頑なに首を横に降り始めた。

「そんなわけないじゃない。私は彼のことが大好きよ。さっきまでの自分、どうしちゃったのかしら……」

 落ち着かない様子でキョロキョロと周囲を見回すヤミーの前に、タブレットはデュランを連れてくる。

「ヤミー……」

「デュラン、ごめんなさい変なこと言って。私、あなたと別れたくないわ」

「俺もだ。俺もずっと、お前のそばにいたい」

 二人は抱き合った。デュランがヤミーの腰に回した腕の手に巻かれた細い包帯からは軽く血がにじんでいる。

「一生、お互いを愛し続けてくださいね」

 タブレットは二人を外に出し、自らは洞窟の奥に戻った。

「これであの二人は一生愛し合ってくれますよね……きっと幸せに」

 机に置かれたままの女性の写真をそっと手に取り、何の気なしに眺める。

「……惚れ薬で父さんを愛して、母さんは幸せでしたか?」

 写真の中で微笑む女性は、彼の母親だ。

 昔に聞いた父親と母親の秘密。それは母を愛した父が惚れ薬を母に飲ませたこと。最初こそうまくいき自分も生まれたが、やがて他の女性に心を奪われた父親は自分と母を捨てて行方をくらました。「あの人なしでは生きていけないわ」と母は毎日涙を流し、自分の目の前でナイフを胸に突き刺した。

 惚れ薬のこと、両親の関係の秘密を話してくれたのは、父に惚れ薬を提供した魔法使いだった。その日からタブレットは魔法使いを恨みつつ、彼の元で成長した。

 タブレットは苦いコーヒーを飲み干し、薬の材料を確認する。彼は今後も惚れ薬を作り続けるのだろう。惚れ薬の効果を消して欲しいと言われたら、もう一つ惚れ薬を作るだけでいいのだから、問題はない。

「父に惚れ薬を飲ませてくれる人がいればよかったのに。……世間では心を惑わす惚れ薬は悪いもの。なら惚れ薬によって生まれた私は」

 赤い薬草、青い薬草、淡いピンクの液体。黒い実。色も形も異なる材料が並んでいる。

「……惚れ薬は恋愛のきっかけの一つにすぎないって、思わせてくれる人はいないんでしょうか」

 材料が充分にあることを確認すると、彼自身も住まいとしている小屋に帰ろうと外に出た。今日は月がでていない。頼りないランタンの灯りを頼りに、彼は帰路につく。

 


読んで下さりありがとうございます。

最後の方は蛇足かもしれないとはおもったのですが、彼が惚れ薬を作る理由を明らかにしたくて書いてしまいました。

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