惚れ薬の効果を消してください
夜、タブレットはぼんやりと洞窟の入口の近くに座り、空を見上げていた。今日は満月。ヤミーの惚れ薬を渡してから五回ほど満月を見た気がする。空には雲も多く、満月を隠すタイミングをはかっているようにも見える。
「こんにちは……」
「お客様、どうしました?」
お客様――ヤミーが頭を抱えてやってきた。タブレットはため息をつき、彼女を洞窟の中へと招き入れる。
「惚れ薬の効果はいかがでしたか?」
「私にべた惚れ」
「よかったですね」
「……よくないわよ」
「どうしてです?」
「私、彼と別れたいのよ」
「彼のことが好きだったのでは?」
「好きだったわよ。だけどなんていうのかしらね、彼に飽きたの。それにいざ付き合うと悪いところばかり見えちゃって」
タブレットは相手の顔色を窺う。前回は恋の苦しみのためか辛そうな表情をしていた。今日の彼女も苦しそうな顔をしているが、疲労の色も浮かんでいる。綺麗だった髪の毛はぼさぼさで、衣服も身体のラインを隠すかのようにダボッとしたものだ。化粧もしていなく、肌の手入れを怠っているのかカサカサなのが男のタブレットにも理解できた。
「ねえ、どうやったら彼と別れることができる?」
「……」
タブレットは答えず、疲労に効果があるフルーツで作ったジャムを入れた紅茶をヤミーに差し出した。彼女はそれを一口飲むと、顔をしかめる。
「……甘すぎ」
「疲れているようですから。彼と別れることができないのでしょう?」
「ええ。別れを告げても、絶対に別れたくないって聞かないの。他に好きな人がいるといったら、その人を殺すとか言い出して」
「あなたを失いたくないからですね」
タブレットはジャムの入っていない普通の紅茶を飲み干す。
「以前、言いましたよね。惚れ薬を飲ませたら彼は一生あなたを愛する、と」
「聞いたけど……」
「あなたは一生彼を愛し続けると言った。違いますか?」
「そんなの昔の話じゃない!」
ヤミーは苛立った表情を見せ、ぎろりとタブレットを睨みつける。机を力強く叩く。カップの中の紅茶が揺れ、中身がこぼれる。
「ねえ。惚れ薬の効果をどうにかしてよ!」
「消すことはできません」
「そんな。じゃあ一生彼につきまとわれるっていうの!?」
「あなたの望んだことではないですか。あなたが一生彼を愛し続けると言ったから、それを信じて惚れ薬を作ったんです」
タブレットは面倒くさそうに答えると、それが癪に障ったのだろうか、ヤミーは机を蹴った。
「暴れないでください。……どうにかしましょう」
「本当に?」
ヤミーは冷たい目をタブレットに向ける。前回の彼女からは想像もできない気の強さ。
「ええ。ですから――」
今度彼とともに洞窟に来てください、タブレットは冷静に答えた。ヤミーは嫌がっていたが、
「現状をどうにかしたいのでしょう?」
タブレットの言葉に首を縦に振り、彼とともにここへくる約束をした。