第一話 最底辺クラスの観察者
「――以上で入学式を終了します。新入生は各自クラス掲示板を確認してください」
体育館のざわめきが一斉に広がった。
ここは国立能力戦略学園――通称NASアカデミー。
日本政府が設立した、能力者だけを集めたエリート育成機関。
そして同時に――
日本で最も残酷な学校でもある。
理由は単純だ。
この学園ではすべてが数値化される。
実力。
知性。
チームワーク。
人格。
すべてがポイントという数字で管理される。
ポイントが高い者は上へ。
低い者は下へ。
最下層は――
追放。
「……」
黒崎悠真は掲示板を見上げていた。
そこに書かれているのはクラス分け。
ファーストクラス
セカンドクラス
サードクラス
フォースクラス
そして――
フィフスクラス
その最下段に、彼の名前があった。
黒崎 悠真
「うわ……マジかよ」
隣で男子が声を漏らす。
「フィフスクラスってさ……要するにゴミ箱だろ?」
「落ちこぼれの収容所って聞いた」
「最初の試験で消えるクラスだよな」
笑い声。
悠真は表情を変えない。
(予想通りだ)
むしろ――
この位置が一番都合がいい。
人は下を見ない。
見下すだけだ。
観察するには最適な場所だった。
「おい、お前もフィフスか?」
声をかけてきたのは、短髪の男子だった。
「神谷亮。よろしく」
「黒崎」
「はぁ……最悪だな。俺の能力、結構優秀だと思ったんだけど」
「能力は?」
「確率微調整」
「……なるほど」
悠真は頷く。
(小さいが強い能力だ)
確率を少しだけ動かす。
つまり――
勝率を操作できる。
ただし強すぎる確率操作は 必ず代償があるはずだ。
この学園の能力にはすべて
条件と副作用が存在する。
「お前は?」
神谷が聞く。
悠真は少しだけ考えた。
そして答える。
「観察」
「……は?」
「人をよく見る能力だ」
「それ能力なのかよ……」
神谷が苦笑した。
悠真は何も言わない。
嘘ではない。
ただし、
すべてを言っていないだけだ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
教室。
フィフスクラスは全部で30人。
空気は最悪だった。
「終わったな」
「入学初日で人生終了とか笑えねぇ」
「どうせ追放される」
机に突っ伏す者。
スマホをいじる者。
まとまりはない。
(予想以上にひどい)
悠真は教室を見回す。
観察。
視線。
呼吸。
情報が流れ込む。
(このクラスの戦力は低い)
しかし――
ゼロではない。
その時。
教室のドアが開いた。
「静かに」
入ってきたのは教師。
「私はこのクラスの担任、榊だ」
彼は淡々と告げる。
「さっそくだが、最初の試験を行う」
教室がざわつく。
「対戦相手は――」
ホワイトボードに表示された文字。
ファーストクラス
一瞬。
教室が凍った。
「は?」
「冗談だろ」
「ファーストクラスだぞ?」
榊は表情を変えない。
「ルールは簡単だ」
スクリーンに盤面が映る。
それは都市の地図だった。
「これは仮想都市シミュレーション」
「各クラスはエージェントとして都市を支配する」
「情報戦、交渉、裏切り、心理戦」
「すべて自由」
「最終的にポイントを最も多く得たクラスが勝利」
神谷が小声で言う。
「無理ゲーだろ……」
ファーストクラス。
この学園の頂点。
国家レベルの能力者が集まる場所。
対して――
フィフスクラス。
ゴミ箱。
普通に考えれば勝率は
0%
だが。
悠真は目を閉じた。
(さて)
思考が加速する。
能力。
思考シミュレーション
相手の行動パターンを予測し
未来を複数計算する。
ただし。
長時間使用すると――
意識を失う。
(まずファーストの戦略)
仮説1
正面から制圧。
仮説2
心理圧迫。
仮説3
内部崩壊を誘う。
(最も確率が高いのは――)
内部崩壊。
彼らはこう考える。
「フィフスクラスは弱い」
ならば 戦う必要すらない。
勝手に崩れる。
それが最も効率的。
(ならば)
逆に使う。
悠真は机の上にメモを書く。
神谷に渡した。
「これをやれ」
「……え?」
「確率を操作できるんだろ」
「小さい確率でいい」
神谷が読む。
「え、ちょっと待て」
「これ本気?」
「いいから」
神谷は迷った。
だが――
やった。
その瞬間。
都市シミュレーションが開始される。
ファーストクラスは予想通り動いた。
交渉。
情報操作。
心理戦。
フィフスクラスは混乱する。
怒鳴り声。
責任転嫁。
崩壊。
だが――
悠真はそれを誘導していた。
小さな噂。
偽情報。
誤解。
それが連鎖する。
そして。 ファーストクラスの一人が言った。
「おかしい」
「フィフスの動き……」
「バラバラに見えて――」
「……罠?」
その時にはもう遅い。
都市のポイントが更新される。
勝者
フィフスクラス。
教室が静まり返った。
「……は?」
神谷が呟く。
「勝った?」
誰も理解していない。
なぜ勝ったのか。
悠真は窓の外を見る。
(予定通り)
ファーストは自滅した。
心理戦の連鎖。
確率の微調整。
そして――
予測。
その時。
背後から声がした。
「ねえ」
悠真が振り向く。
そこに立っていたのは
白い髪の少女。
セカンドクラスの制服。
白峰雪乃。
彼女は微笑んだ。
「あなた」
「フィフスクラスよね?」
「そうだけど」
「面白いわね」
彼女の目は鋭い。
「さっきの試験」
「全部あなたが動かしたでしょう?」
神谷が固まる。
悠真は表情を変えない。
「買いかぶりだ」
雪乃は一歩近づく。
「いいえ」
「あなたの目」
「観察している人の目よ」
沈黙。
そして彼女は小さく囁いた。
「思考系能力」
「それもかなり高度」
悠真の心臓が一瞬だけ止まる。
雪乃は笑った。
「安心して」
「誰にも言わない」
「ただ――」
彼女は楽しそうに言う。
「あなたみたいな人が」
「どうして最底辺クラスにいるのか」
「すごく興味があるの」
悠真は答えない。
その代わり。
彼女を観察する。
呼吸。
視線。
声。
(能力者)
しかも 危険なタイプ。
雪乃は最後に言った。
「黒崎悠真」
「あなた――」
「普通じゃないわね」
彼女は教室を出ていった。
静かな廊下。
悠真は天井を見上げる。
(やれやれ)
予定より早い。
見つかった。
だが。
問題はない。
むしろ――
面白くなってきた。
この学園は 実力主義。
そして。
ここはまだ序章だ。




