異世界転生、したら宇宙が低グラだった件
「まただ……またこのデータだ」
俺、カイト・アオバは、今日も地球連邦宇宙局の片隅で頭を抱えていた。
目の前には、連邦の威信をかけた超高精度宇宙望遠鏡の最新データ。銀河系外縁部の星々は、どう考えてもおかしな速度で回転している。既存の重力理論なら、とっくに遠心力で四散しているはずだ。
「くそ……足りない質量はどこだ。ダークマターはどこにある?」
周囲のベテラン研究員たちも、今日も同じ言葉を吐き続けている。
目に見えない未知の物質、ダークマターが銀河を重力で束ねている。それが、この三百年で「常識」になった説明だ。予算は無限、人材は最高峰。それでも答えは出ない。
だが俺は、この常識を心底くだらないと思っていた。
だって、どう見ても――これ、ゲームのバグだろ。
(いやさ、世界ってオープンワールドRPGじゃん?)
俺は前世の記憶を持つ、いわゆる異世界転生者だ。
前世では引きこもりゲーマーとして、数え切れないほどのゲームを遊び尽くした。だから分かる。このダークマター問題の正体は、運営が効率を優先した結果の「低グラフィック処理」だ。
考えてみろ。
ゲームでも、遠景は適当なポリゴンで済ませるだろ。オクルージョンカリングだの、LODだの。近づくまで細かい計算はしない。負荷軽減の基本だ。
この宇宙も同じだ。
人類がまだ辿り着けない銀河の彼方なんて、運営から見れば「誰も行かない背景」。だから重力計算も概算で済ませている。その手抜きが、俺たちには「足りない質量」として見えているだけだ。
「……主任。この説、提唱したいんですが」
俺は意を決して、主任研究員に切り出した。
「ダークマターは、観測外領域の計算省略です。人類が接近すれば、正確な演算に切り替わり、法則が確定するはずです」
主任は苦笑した。
「発想は面白いが、非科学的すぎる。我々は宇宙の普遍法則を探している。ゲームじゃない」
(だから、ゲームなんだっての)
心の中で毒づく。
専門家ほど、過去の成功体験に縛られ、それを絶対の真理だと思い込む。量子論と相対論すら統合できていない時点で、スケールによって法則が変わる可能性を疑うのが普通だろ。
それでも俺は諦めなかった。
前世で培ったバグ探しと裏技発見の勘がある。狙うべきは「境界」だ。どこまでが手抜きエリアなのか。膨大なデータを洗い、重力定数が微妙に揺らぐ地点、宇宙線の軌道が乱れる箇所を絞り込んでいった。
数年後。
俺の予測地点は、ついに連邦に承認された。学会からはオカルト扱いされ、予算の無駄だと叩かれたが、確信は揺るがなかった。
「カイト主任、艦隊が目標地点に到達しました」
連邦最大級の超光速探査艦。そのCICめいた一室で、俺はモニターを凝視していた。
ここは、俺が予測した低グラエリアの最深部。見た目は何も変わらない。だが――。
「重力センサー異常。周囲の重力定数が、わずかに、しかし確実に上昇しています」
続いて、艦載の物理演算システムが、見慣れない数式を吐き出した。
従来の重力方程式に、観測者との距離と局所エネルギー密度が組み込まれている。
その数式を、俺は知っていた。
前世で遊んだ宇宙シミュレーションゲームの、デバッグモードに表示されていた隠し演算ルーチンと酷似していたのだ。
「……これだ」
新しい式で銀河の回転を再計算すると、ダークマターは一切不要だった。観測結果と完全に一致する。
「主任、謎の質量は検出されません。我々の理論が……不完全だっただけです」
世界は震撼した。
人類が何世紀も追い求めたダークマターの正体は、宇宙の神秘でも何でもなかった。ただの最適化処理の副作用だったのだ。
俺が暴いたのは真理ではない。
この世界の裏側、世界を動かす最適化アルゴリズムだった。
「さて、次はどこだ」
CICにあるモニタ越しに、まだ誰も見ていない宇宙を見上げる。
低グラエリアは、まだ無限に残っている。そのたびに法則は更新され、新しい数式が姿を現すだろう。
「このゲーム、最高に面白いじゃねえか」
俺は笑った。
人類はようやく、世界の本当のルールに触れるための最初のパスワードを手に入れたのだから。




