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十一時の図書館。

掲載日:2025/11/17

十一時の図書館。

ふと、いつものように足を運んだだけだったのに、

そこに華麗な君がいた。それだけのことだ。

それだけのことなのに、私はどうしようもなく心を奪われてしまった。


私はこのかた、誰かを深く愛した覚えなどない。

だが二月、私の独りよがりな恋は静かに終わった。

その方は、僭越ながら“愛人”と呼ばせていただくが、

奇しくも、今日見た君はその愛人にどこか似ていた。

私の性癖が、まことに下劣ながら、そこに匂い立った。


春の終わりかけの、あの寂しい空気のように、

胸の奥で修羅がうめき、私はそれをごまかすように生きていた。

だからこそ、名も知らぬ人に胸をつかまれたこの感覚が、

いまだ信じがたいのだ。


それでも、こうして反芻するように、あの人のことを思い返してしまう。

名前も、顔の輪郭さえ覚えていない相手に、

なぜ私はこれほど惑わされるのか。


同じ空間にいたいがために、

聞いたこともない著者の小説を手に取るなど、

私らしくもない行いだった。

題名は『ロマンス』。

一匹狼の主人が優しい婦人とめぐり会い、結ばれる話だという。

私にはまるで理解できなかった。

描写に自分を重ねるのが普通というが、私には到底むずかしい。


私は、生まれてこのかた誰の温もりをも知らぬ、寒い者である。

そんな私に恋愛小説への感情移入を求めるなど、無理難題というものだ。


物語に没頭して、ふと顔を上げると、

そこにはいつもの日常があり、赤子のような私がいた。

そして、窓際に可憐な君を見つけた。


ブラインド越しに、秋の終わりを告げる紅葉の光が差しこむ。

君はカウンター席に身を寄せ、帳面を広げていた。

その紙の端には、茜の光が静かににじんでいた。


やがて君は立ち上がり、どこかへ消えてしまった。

思わず手を伸ばしかけたが、

名も知らぬ女子に名を尋ねる勇気など、私には端から持ち合わせていない。

だからこそ、私の卑しいストーカー気質が際立つのだろう。


結局これは、名も知らぬ女子に恋をしてしまった“もの”の、

身の丈に合わぬ、捻くれた片思いの記録である。

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