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落ちこぼれ公爵の守り獣  作者: 秋月


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9,石と噂は呆れる現実

 振りかぶり、それが勢いよく放たれる。

 目を細めてそれを見遣り、「えいっ」と投げられたそれを受け取った。


 なにもせず素手で受けるならば痛みもあるけれど、掌に風をまとわせて受け止める直前に勢いを殺せば痛みはない。

 ……ふむ。前世のように魔法はしっかり使えるようだ。


 この国、大陸において魔力というものがあるのだというのは把握済みだった。

 けれどそれは、わたしが知るものとは使い方が違うようだったからどうかと思ったけれど、どうやら問題はないらしい。


 考えつつ、受け取った石ころを手で玩ぶ。

 わたしの後ろでリアンが「お、おおっ奥様のお手が…!」と愕然とした様子だけれど、生憎の状況なのでそれは無視しておく。


 いつの間にやら周りは野次馬だらけ。どうやら見世物になっているようだ。……まあいいか。

 わたしは晒しものにされる動物ではないけれど、わたしだけがそうなるつもりはない。


 玩ぶ石ころを掌に、子どもを見た。


「教育のされていない子どもだ。わたしの都合がなければこの石を投げ返して問答無用で殴ってるところだよ」

「なんて奴だ。子ども相手に」

「そうだ。心ってもんがないのか!」


 野次を飛ばす外野は所詮は外野だ。この耳にその声はひどく煩い。

 そしてこれが、この王都の獣人に対する情なのだ。


 だからわたしは、煩い外野に一瞥を向けた。


「おまえたちには教育心がない」

「なんだと!?」

「獣なんかよりずっとちゃんとした教育を俺たちはやってるに決まってんだろ! 知性ってもんを知らねえんだろ!」


 ゲラゲラとした笑いは実に不快だ。

 だから――野次馬を見遣った。静かに冷ややかに。それだけですぐに周囲は恐れたように静まる。


 冷たさと、緊張。その中でわたしはにこりと笑みをみせた。


「知性? なるほど。子どもに知識をあたえることはその後の伸びになる。それを阻害させるようなことはするべきではない」

「そっ、そうに決まって――」

「他人に向かって石を投げろという教育。わたしにはさっぱり理解できないが、まるで弱者が強者に対して怯え腰で尻尾を丸めて精一杯威嚇するような、実に健気なものだ。これに知性がある? ははっ。動物的本能の間違いだ」


 実に弱者らしい。自分で戦わない者らしい。

 理不尽だと吼えるだけの者に情けをかける理由がどこにあるのか。


 野次馬たちも肩を震わせ、身を縮めている。――彼らにわたしはどう見えているのかな。そんなこと、分かっていても配慮するつもりはない。

 にこやかな笑みは崩さず、野次馬を見回す。


「それもそうだ。獣人に対等に対抗できる人間などほんのごく一部でおまえたちには一切その素養もない。それなりに精一杯に対抗しないと」

「「「……」」」

「だが、やり方は考えなければいけない。武器を用いて戦えば当然武器が返ってくる。言うまでもないがこれに反論は認められない。武器を使うとはそういうことだ。戦争だってそうだろう?」

「そ、そんな子どもに――」

「うん? 言っただろう? 武器を使うとはそういうことだと。子どもだからって武器を使えば許される? 相手を傷つけても許される? 殺しても許される?」


 軽く、掌に収まる石ころを玩ぶ。目の前で、これをわたしに放った子どもが今、どういう反応をしようが、どうでもいい。

 だって、そうだろう?


「武器を使うなら使われる。傷つけるなら傷つけられる。殺すなら殺される。――やったらやられる。そういう覚悟があって、やれることだ。だからこれも、返されたって泣き言は通用しない」

「そんなっ……!」


 野次馬の中から一人の女性が駆けこんできた。すでに腰を抜かしている子どもを抱きしめ、必死に守ろうとしている。

 恐怖に染まった表情と揺れる瞳がわたしを必死に見る。


「お、お願いします許してやってください! 悪気があったわけじゃ――」

「どこまで面の皮が厚いんだ? 悪気がなんだろうが関係ない」

「そ、そんなっ……!」

「子どものしたことくらい大目にみてやったらどうだ!」

「そうだ! やっぱり獣人なんてただのけだものじゃねえか!」


 わたしの後ろでリアンが右往左往しているのが気配で分かる。非常に動きづらい位置に置いてしまったのは少々申し訳ないが、事前に言っておいたとおりに距離を取っていることは褒めてやりたい。


 外野の叫びを耳半分に聞いていたとき、ふと、視界に入った空。

 見つめる先はこの場からほんの数十メートルというところ。見てから、目を前へ戻した。


「面の皮が厚く被害者面の好きな王都民」


 冷淡に言うと外野の声も静まる。人間にも本能というものがある。

 身体能力を除いて、人間と獣人の違いを挙げるとするならば――その本能の強さだろう。


「おまえたちは、獣人のなにを知っている」


 しん…と静まる周囲。顔を見合わせる目と目。


「人間でも獣でもない半端者だろうが!」

「戦を好む戦闘好きらしいじゃねえか! 執拗に相手を斬り刻むんだろ!?」

「獣の本能で人間を食うとも言うじゃねえか!」

「守護獣もいねえのに化け物みたいだってな。碌な奴らじゃねえって話だ!」

「なるほど。――つまりどいつもこいつも所詮は誰かに聞いた“らしい”だらけの、結局実際はなにも知らないってだけか」


 聞いた言葉を冷静に分析すれば、さらに「そんなもんだろうが!」と叫ぶ声もある。だけど中には、言葉を詰まらせ、気まずそうに視線を逸らす者もいる。


 こうらしい、という噂話を悪いとは言わない。それもまた娯楽だ。

 だが、その“らしい”を“そうである”と決めつけるのは愚かだ。不確定を確定にさせるには、誰かの言葉と証言ではなく己の目と耳と裏付けが必要なのだから。


(獣人について“らしい”だらけで当人たちもここにはいない。で、わたしに石を投げると)


 もう呆れるしかない。隠すことなくため息が漏れ、わたしは野次馬どもを見遣った。


「呆れた。――その上、子どもが他者に対して石を投げても、それを叱るよりも先に庇うことにも呆れた。面の皮の厚さにも呆れた」

「「「……」」」

「随分と、守られて当然の場に甘んじて生きているんだな。楽だろうそれは。苦労は騎士に任せておけば外野としてなんでも言える。――ハッ。それなら子どもへの教育心のなさも納得だ」


 なにもせずにいれば守ってもらえるなんて、なんて勝手な思い込みか。

 世の中には、守る価値があり、守られる価値のないものがあり、守られるには為すべき事があり、踏ん反り返っていれば守られるなんて楽はない。


 前世でわたしはそれなりに自由に生きていた。代わり、自分の身は自分で守れるようにしたし、戦に参加するときには踏ん反り返る者を戦場に放り出したりもした。


(口だけはいらない。必要なのは目と行動だ)


 今、この王都民の頭と目も、いらないものばかりだ。

 はあっとため息をついたとき、耳がその足音を拾った。


(来た――)


 ちらりと視線を向ける、ずらずらと並ぶ顔の中で見える黒い色。――今のわたしには他のくすんだ色とは違ってはっきり見える、黒。


「――何事だ」


 ぴんっと糸が張るように周りの空気が張りつめる。そうさせる声に野次馬たちの目もそちらを向いた。






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