番外編 奥様が寂しくないように 後編
今日の空はすっきりとした青色。白くてふわふわな雲を見てると、奥様の綺麗でもふもふした尻尾を思い出す。
(いつか触りたいな……。はっ! いやいや奥様にそんなこと思うなんて失礼すぎる!)
ぶんぶんと首を横に振る。私はあくまでただのメイドなんだから。
今日もえっさえっさとお仕事をする。
お屋敷に来たばかりの頃から二年くらいはギスギスしていた空気。仕事をたくさん押し付けてくる先輩もいた。
でも今はそんなことは全くない。お屋敷の皆が笑顔で、人は少なくなったけどお屋敷の皆で協力してお仕事ができてる。
なにより奥様が寂しそうな顔をすることがなくなって、旦那様とよく笑うようになった。旦那様はよく頭を抱えるようになった。
私もそんな奥様のお傍でお仕事できる機会が増えた。それがとっても嬉しい。
『リアン。旦那様より、あなたを昇格させることが通達されました。今後はメイド仕事に加え、奥様の身辺のお助けにもなるようにとのことです』
『は、はいっ! 頑張ります!』
下働きからメイドに昇格できた。
お屋敷は全体的に人数が少なくて仕事を回すのが大変だからという理由で奥様は「侍女はいらない。必要なときだけでいい」っておっしゃってくださった。だからまだ専属の侍女は決まっていない。……いつか、私がなりたい。頑張って目指そう。
私は、奥様が求めたときにお助けするメイドだ。家族に報告するとすっごく驚かれた。
今のお屋敷は区画を分けて掃除や洗濯をしている。辺境領にいた旦那様やセバスさんの知り合いも加わって、一斉馘首が行われたときよりは増えたけれど、それでもまだまだ大変だ。
その仕事に区切りがついて、えさえさと奥様のお部屋に向かう。ご用事があればなんでも承る!
そう思って奥様の部屋に入ると、奥様は窓の外をじっと見つめていたらしい目を向けてくれる。
「ああ、リアン。ご苦労さま」
「いえ。奥様。どうされたんですか?」
「んー……」
奥様はいつも労ってくれる。それを聞くと嬉しくて、もっと頑張ろうって思える。
頬が緩む私を見て優しく目を細めた奥様は、その目をさっきまで見ていた窓の向こうに向けた。
そこは、奥様が独りでぼつんと木の椅子に座っていた場所。
あのときより木の枝は広がって、葉の合間から射す陽光は減っている。……なんだかちょっと暗い場所になっちゃった。
(奥様も前の事を思い出したりするのかな……。いいこと…じゃないよね……?)
見ていても寂しそうだったのに。奥様はどんな気持ちだったんだろう。
前の使用人の中には奥様の物を盗んでいた人がいた。悪く言う人もいた。だから旦那様はそんな人をクビにした。……奥様はそういう人たちのこと、たぶん気づいてたんじゃないのかな……?
「奥様……。あの……」
「庭師は高齢だったな」
「えっと……はい。だから樹は外の人に頼んで整えてもらうしかないけど、旦那様は『別にいい』っておっしゃってるそうで」
「ふむ。仕方ない。――リアン。庭師と、それから風属性の力を使える騎士、火属性と水属性を使える使用人を外に集めてくれ」
「承知しました」
火属性なら私も使える! お役に立てる!
急いで、ちょっとだけわくわくどきどきもしながら、すぐにセバスさんにも伝えて、騎士の皆さんにも声をかけて、庭師も呼んで、外へ急いで向かう。
奥様は先に外にいて、部屋から見ていた、整えられた庭園から少し離れた樹々が並ぶ場所にいた。集まった私たちを見て奥様は堂々としたお美しい姿勢で集めた理由を告げた。
「敷地内の景観を整える」
驚く私たちに奥様が言ったのはとっても簡単なことだった。
「庭師の彼の指示で邪魔な枝を風の力で斬る。当然、無様で枝が落ちたというような切り口ではよろしくない。斬った枝は集めて、厨房や風呂に使えるように切りそろえて使えないものは火の力で焼く。水は念のため火が燃え移らないように待機」
高齢の庭師の体力的な問題も、外から人を入れる問題も、奥様は全部お屋敷にある力で解決させた。
騎士の皆さんは最初戸惑っていたけれど、太めの枝を斬ろうとしても綺麗に斬れなくて「そうじゃない。全体に力を乗せるのではなく枝との接触部分に――」とか「一度に貫かず、上下から切り込みを入れて――」とか、奥様といろいろ協議しながらやり進めて、だんだん集中するようになった。終わりに近いころには――
「き……きっ、つい……」
「こ……ぜぇ……これって…こんな……ぜぇ……たいりょく……」
「ははっ。いい鍛錬になっただろう?」
地面に倒れ込むんじゃないかってくらいに気力も体力もなくなっていた。その傍で騎士さんたちの守護獣も疲労困憊って様子で地面に倒れてる。……主は指示を出すだけでも守護獣の疲労と繋がってるみたい。私、普段そこまで守護獣の力を使わないから初めて知った。
奥様は手助けしたり自分でもすぱすぱ斬ってたけど全然平気そう。「奥様実はとんでもねえ人」って騎士の皆さんも慄いてる。奥様すごい。
「――……なにをしてるんだ?」
「ああ。おかえり」
「ただいま」
旦那様のおかえりだ。騎士さんたちはなんとか立ち上がろうとするけど「いや、いい。休め」って旦那様はお優しく休ませる。でもその表情はなんだか困惑してるようで、じろりと奥様を見る。
そんな視線に奥様は世間話をするように答えた。
「庭の整備だよ。敷地内全体を整えようと思って」
「……それで、なぜこいつらが倒れている?」
「風の力で枝を斬ってもらったから」
「……別段そこまでしなくても――」
「一種の訓練だ。敵をすぱすぱっと」
「庭の整備を恐ろしい想定の訓練にするな!」
旦那様が奥様に吼えている。ここ最近よく見るお二人の姿だ。旦那様は怒ってるように見えるけど、奥様は平気そうで笑っているし、旦那様も最終的には頭に手をあてて項垂れてなにも言わなくなる。いつものお決まり。
(ふふっ。お二人とも仲良くなったなあ)
目の前の光景が嬉しい。
周りの皆も同じことを思っているのか、お二人を見て笑ったり優しい顔をしている。
項垂れる旦那様の肩の上で、白くて可愛い守護獣が「うきゅうきゅー!」って短い手を精一杯上げてる。
「君は加減ができないから駄目。敷地が更地になる」
「うぎゅ!?」
人間なら「ひどい!」って言うようなショックを受けた顔をして、しょぼんって守護獣が項垂れた。……主とそっくりだ。
旦那様と守護獣を放って、奥様が私たちを見る。
「さあ。これを燃やして今日は終わりにしよう」
「「「はい!」」」
火の力を使える者が集まって、それぞれの守護獣の力を借りる。私も守護獣のキツネザルに頼んで、斬り落とした枝を燃やす。
旦那様もそれを見届けると、皆でお屋敷へ戻ることにした。
旦那様は皆を労ってくれる。そういうところは奥様と同じで、だけど、旦那様がそうされるようになったのは一斉馘首の後からだとふと思い至る。
(旦那様もすごく責任を感じていらしたから……。それに、やっぱり見知った人には自然と声をかけちゃうのかな)
奥様も旦那様も変わった。その変化は悪いことじゃなくて、嬉しいこと。
旦那様はちょっと変わって奥様も変わった。同じようだけど、相談事ができる相手がいたかどうかは多分違う。
「あの、奥様」
「ん?」
「どうして私をお傍においてくださったんですか? 奥様が初めて町に出られたときに私が同行したから、それからも同行させてくれたのですか? いろいろな調べ物も私がご一緒させてもらって……」
私は奥様の記憶になんてないだろう下っ端の下働きだった。言葉を交わしたことだってないし、奥様が倒れてから目が覚めて、そこが初めて。町へ一緒に行ったのだってセバスさんに言われたから。
奥様は、使用人は信用できないって、多分分かってた。
なのに私を一緒に連れていってくれた。
(私は信用してもらえてたのかな……?)
でもどうして? 話したこともないのに。
ふと覚えた疑問を奥様に問うと、奥様はなんてことないように平然と教えてくれた。
「目が覚めた私に君がかけた第一声は、お身体は大丈夫ですか?だった。後から来た三人は、呼んでくれれば部屋に行った、そんな格好で出歩くな、だった」
「……?」
「だから、君ならと思って同行させたし手も借りた。これがあの三人だったら執事君に即チェンジを要求したな」
「!」
当然のようにそう言って、奥様は私の頭にぽんっと手を置いた。
金色の綺麗な瞳が私を見て、優しくなる。だけどやっぱり自信満々なのは消えない、不思議な目。
「リアン。いつもありがとう」
「! こ、こちらこそありがとうございますっ……! これからももっと頑張ります!」
「うん。頼む」
前よりもずっと仕事が楽しくて、頑張ろうって思えるようになった。そう思えるようになったのはきっと、旦那様と奥様のおかげ。
今日の公爵邸も、皆の笑顔と奥様の笑い声と旦那様の吼えが聞こえる、そんな平穏であたたかな空気に満ちている。
ご挨拶申し上げます。作者の秋月です。
第一部及び番外編、これにて。次回からは第二部に入ります。
……が、少々下書き及び構想が追いつかず……。少しだけ時間をください。
構想が固まり、下書きが少しずつ溜まれば、また連載していきたいと思います。なるべく早く連載できるように頑張ります!
次回は、主に社交面の話になりそうです。
『シルティ』にたつ悪評とそれに関係するとある女性。それに今のシルティがどう向き合うのか。
第二部もお楽しみいただけるよう、頑張ります。
では、気長に、楽しみに、お待ちいただけますと幸いです。




