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落ちこぼれ公爵の守り獣  作者: 秋月
番外編1

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番外編 奥様が寂しくないように 前編

 ♢♢




 お屋敷での雑用仕事をこなしてあっちへこっちへ行ったり来たりしていると、ある決まった場所にその姿を見かける。


 お屋敷の庭から少し離れた、立ち並ぶ樹々の下にできる影の中。

 風で木々の葉が揺れれば、その下にいるその方がまとう全身を覆う外套もふわりと揺れる。外套の天辺はツンッと下から何かが突き上げるように立ち上がっていて、背もたれのない木の椅子の後ろはこれも外套がもこりと膨れている。


(奥様……。今日もあんな所に……)


 何かをするでもない。ただじっと、樹々の重なる枝を見つめているような、そんな姿。


 奥様がこのお屋敷へ来てしばらくしてから、ああいう光景を見るようになった。

 ただじっと上を見上げて。お屋敷の外とはいえ外套ですっぽり隠れて。あるときは朝食後から、あるときは日が暮れるまで、ただじっとああしている姿を見かけることがある。


 だから、なのかな……。


(なんだか、寂しくて泣いてるみたい)


 奥様は、いつも独りぼっちだ。




 ♢




「ちょっとリアン。さっさとこっち来て掃除しなさい」

「はいっ」


 先輩に厳しい声音で言われて、私はすぐにそっちへ向かう。「まったく…」って上から聞こえる声にびくりとして、でも、これ以上叱られることはないみたいでほっとする。


「今度は階段の掃除だよ。それが終われば窓拭き。洗濯物も取り入れて」

「はいっ」


 仕事がいっぱいだ……。でも、頑張らないと。

 先輩がどこかへ行く代わり、私はせっせと言われた仕事にとりかかる。まずは階段のお掃除。


 ロザロス公爵邸。私がここで働き始めたのは一月くらい前から。

 実家は家族でやってるパン屋さん。お客さんとお喋りするか商品を渡すくらいしか子どもの私に仕事はなかった。だけどそんなとき――…


『例の王弟殿下の息子が使用人を探してるんだと』

『へえ。働く奴はいるのかねえ』


 ――ってお客さんの言葉を聞いて、私は閃いた。


(私でもできるかな!)


 家族を説得してここにやってきた。初めて来たときはすっごく緊張して「働きにきました!」って門兵さんに言っちゃってきょとんとした顔をされた。今でも忘れられない。

 そんな門兵さんがセバスさんに話をしてくれて、私はここで働くことになった。


 お仕事はすっごく大変。家のパン屋さんよりずっと大変。ずっと動き回るから止まることがない。

 働いてる人たちは私よりずっと年上の人ばかりで、私みたいな子どもは少ない。


 旦那様はお忙しいみたいで、私はあんまり会うことがない。

 だけど代わりに――……


 視界で何かが動いた気がしてそっちを見た。


(あ……!)


 慌てて手を止めて、端に下がって頭を下げる。……こういうことはセバスさんに教えてもらった。

 頭を下げる私の前を通り過ぎていく足音。下を向いているまま視線だけ動かすと、裾の長い外套とその裾からちょっとだけもふもふの毛が見えた。


 その人が通り過ぎてから頭を上げる。


(奥様。今日も……)


 私が働きだしてすぐ、お屋敷に奥様が迎えられた。

 お迎えはお屋敷の皆さんとしたけれど、なんだかあれから少しお屋敷の空気が悪いように感じられてしまう。


 奥様は隣の国からやってきたお姫様。獣人っていう動物の特徴を持っている、ロドルス国には見ない人。

 獣人のことはわたしもあまり知らない。お隣の国の種族で、戦をすることもある。ちょっと前にもそうだった。その話題をするときに獣人のことを話す町の大人たちだけはよく見ていた。


『血に飢える野蛮人さ。切り刻むのが好きなんだってな』

『こっちにも海の向こうにも喧嘩売るしかしてねえってな』

『気持ち悪くて仕方ねえ。人間でも獣でもねえ。人間になれない獣もどきって奴だろ』


 そう言って、笑ってる人も見たことがある。


 私は獣人を見たことがない。奥様を見て初めて知った。

 そもそも獣人ってどんな人たちなのかっていうのも分からない。


(奥様、全然そんなふうに見えないけど……。そ、それにお姫様だし、私なんて眩しくて近づけない……!)


 下働きの私が声をかけるなんてできないし、そもそも奥様のお傍に仕事に行くこともない。


 お屋敷へ来たばかりのころは、奥様もお屋敷の中を歩いていたりするのを見たことがある。

 一度だけ、奥様がメイドに声をかけているのを見た。だけどどうしてかメイドはそそくさと立ち去って、奥様はぽつんと取り残されていた。

 奥様ってお姫様だから話すのも緊張するんだろうなあって思ってたけど、全然そんな理由じゃなかったって、後で知った。


『奥様……ってか、あの獣人に声かけられちゃった』

『まいっちゃうわよ。我が物顔で出歩かないでほしいわ。毛が散って掃除の邪魔』

『あははっ! 確かに』

『給金がよくないとあんな獣相手の仕事なんてしないわよ』

『屋敷の外に他言も駄目だしね。旦那様だってあれが妻だなんて恥ずかしいんじゃない?』


 胸が痛くなる会話が耳に入って、すぐにそこから離れた。


 それからしばらくして、奥様は部屋の外に出るときにはお屋敷内でも耳も尻尾も外套で隠すようになった。


 お屋敷の中じゃいろんな話が出回る。

 お屋敷で働いてる私たちは奥様がここに来ることになった経緯はよく知らない。ファルダ国がお詫びに差し出したんだとか。奥様を迎えることに誰も手を上げないから陛下が旦那様に命令したんだとか。

 だけど情報紙をしっかり読んでるっていう使用人の一人は「旦那様が戦で倒した敵将っていうのが奥様の父親だよ」って言っていた。


(旦那様と奥様は会いたくないのかなあ)


 お二人がお話してるところなんて見たことない。お互いに嫌いだなんてことなら、なんだかちょっと悲しい。


「ここの片付け任せたよ」

「えっ。あ、はい……」


 私と同じように階段の掃除をしていたメイドさんたちが、道具をそのままにして「終わったあ」って言いながら離れていく。

 ……仕方ない。私が一番下っ端だもん。


 掃除を終えてえっさえっさと道具を片付ける。まだまだ仕事はいっぱいある。

 そうして動きまわって一旦外に出たとき、樹々の下で過ごす奥様を見つけた。なにしてるのかなって思って見てたけど、別になにをするでもないみたいで、ただじっとしてる。


(獣人ってそんなに嫌われるものなのかな……?)


 使用人の中にはそんな人もいるし、そうじゃないみたいな人もいる。

 でも、だれも奥様に声をかけない。


(わ、私なんて旦那様にも奥様にも声をかけていい立場じゃないし……。そ、それにお姫様とお話なんて絶対緊張しちゃう!)


 えっさえっさとすぐに足を動かす。最後にもう一度だけ奥様を見た。


(奥様が、寂しくないようになるといいな……)




 ♢




 奥様は奥様なのに、なにも言わずに、いつもただじっと、寂しそうにしていた。

 私は奥様より先輩たちのほうが苦手だった。なにを言われるかなにを押し付けられるか分からないから。


 奥様が倒れたって聞いたとき、びっくりして、すごく心配になった。

 もちろん私なんかがお見舞いなんてできないし、ただ心配するだけしかできなかったけど。


(旦那様にお願いして奥様のお見舞いしようかな……。でも私なんてただの下働きだし……)


 うーんうーんって悩んでもやもやしてた――そんなときだった。


「少々失礼しても?」

「……?」


 振り返ったそこにいた、窓からの光を浴びる綺麗な銀色の髪を持つ、堂々と姿を隠さない人。


 私が知ってるのはお屋敷内でも外套で身を隠す姿で、そのお姿を見るのはこのお屋敷に来たばかりのとき以来に感じて。どこか肩身を狭そうに、諦めていたように、寂しそうに見えた、離れて見つめた樹の下の姿。


 ――なのに、今。

 全然違う、まとう空気も堂々としている姿も。


 奥様は先輩たちにも臆さずに、微笑んで言い返していた。

 そんな姿を初めて見た。先輩たちもびっくりしてた。私もびっくりした。


 驚いて。――でも、心がぎゅっと苦しい気がして。

 ……どうしてだろう。言葉が出てこなかった。




♢♢






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