過去話 第九師団師団長 その5
第九師団の第二試合の相手は、バートハート殿率いる第二師団。
非常に手強い相手だ。第四師団は初戦であったからこそこちらに油断していた。その隙を衝けたことも大きい。
しかし、第二師団にそんな隙はない。守護獣の力も強力な上、力の使い方も連携も上手い。
第二師団の出場騎士たちの守護獣の属性は第一試合で判明している。対戦相手への対処をそれぞれに叩き込んだ。
そして始まった試合。リグテールは勝利し、トニスは敗北、ガードナーは勝利し、ダルゾが負けた。だれもがよく戦ってくれた。これを踏まえての鍛錬を今後するとして、最終戦、俺が出る。
「師団長」
舞台へ上がる俺に、第九師団の面々は揃ってまっすぐ俺を見る。
励ますでもなく、鼓舞するでもなく。ただじっと。
「俺ら、分かってます。師団長がどういう決着つけるのか。ガードナー副師団長に聞きました」
「……」
「でも、それでもいいです。そんで絶対、いつか、師団長がそんなことしなくても俺らが勝っていけるようになります!」
「そうです! 見てる師団長も負けられないって思って勝ちをとりにいくような、そんな試合できるようになります!」
「初戦で勝てました。それで充分です。――だから」
「「「思うようにしてください!」」」
にっと浮かぶ笑みたちがある。
怒るでもなく、不満をみせるでもなく、ただ俺に全てを任せる、満足気な笑み。
「……」
……言葉が、出なくなった。
俺のせいで勝ち続けられないのに。それでもおまえたちはそれでいいと言うのか。そんな俺を、そんな眩しい笑みで送りだすのか。
(勝っていける日、か……)
今すぐでなくても、そうできるときがくるだろうか。
そんな未来を、おまえたちが手繰り寄せてくれるのか……。それは――……。
部下たちのまっすぐな目にどうしてか口端が上がって、俺は体ごと向き直る。
「その決意に報いる試合をする。見て、盗め」
「「「はい!」」」
身を翻して舞台へ上がる。
周りの喧騒もざわめきも、ひどく遠くに聞こえるようだ。
ただ言えるのは――御前試合開幕前よりもずっと、木剣を持つ手に力が入るということ。
第二師団ジェラル・バートハート師団長。隣国ルタンダル国との国境を守るバートハート侯爵家の生まれで、そのため武の腕も優れていると聞く。
そんな人は俺をじっと見つめて口端を上げた。
「第九師団は腕を上げたな。君のおかげかな」
「彼らの努力です。私は少し指導を与えたにすぎません」
「そうか。彼らの特性と君の経験、上手く合わせた素晴らしい指導だ」
「ありがとうございます」
互いに木剣を構える。
審判役が交互に視線を向け、バッと腕を上げた。
「開始!」
騎士団全体の名簿にはそれぞれが持つ守護獣の属性も記されている。師団長か副師団長クラスでないと気軽に閲覧できない物だが、俺はある程度目は通してある。
御前試合に出場する騎士は試合前の紹介で判明するようになっているが、参加する騎士には事前通達がされるし、それを本人が他者に言ってしまえば知られるものになる。師団内でも全員を集めて発表したりもするので、極秘情報というわけではない。
守護獣の属性から有利不利は生まれる。しかし、だからといってそれを避けていては実戦では戦えない。
とはいえ、漏らさないようにとしている師団があれば、相手の守護獣の属性はそのときにならねば分からない。全騎士の名前と守護獣の属性を覚えていれば話は別なのだろうが、さすがに俺もそこまではできない。
しかし、名簿の閲覧で、師団長や副師団長クラスの守護獣の属性は頭に叩き込んだ。
バートハート殿の守護獣は、火の属性を持つ虎。火の属性を持つ守護獣の中でも強力な分類に入る。
だからこそ、開始合図早々に俺は飛び出した。
すぐさま顕現した虎が火を噴く。しかし俺は足を止めることなく走り続けて躱し、確実に距離を詰める。
一定距離を詰めれば後は動き次第だ。
そもそもに、守護獣に対してダメージを与えられるのは守護獣だけ。人間がいくら守護獣に攻撃したとしてもまるで靄を斬るかのように、ダメージを与えることはできない。
これが火属性でないのなら、俺は虎の動きを一瞬封じるためにわざと斬りかかることを考えただろう。しかし、火属性にそれはしない。
勢いを殺さず距離を詰め、虎が火を吐けない位置――バートハート殿を盾にするように位置をとる。
火を噴くといっても必ず切れがある。その隙に一気に距離を詰めてバートハート殿に斬りかかり木剣をぶつける。
そうすれば、主を焼かないように火の攻撃は止む。
後は単純だ。虎に背を向けないように動けばいい。
木剣の弾き合う音が響き、合間に地面を擦る音が聞こえる。
バートハート殿と虎。二つのうちどちらも視界から外さない。俺の攻撃法が解ったのか、バートハート殿は打ち合いながら楽しそうに口端を上げた。
「なるほど。確かに有効な攻撃だ」
「お褒めにあずかり光栄です」
「そう謙遜するな。守護獣には守護獣をぶつけるのが定石だが、一度に一人と一体を相手に、しかもそれほど冷静に対処するなど、誰にでもできることではないだろう……!」
ガンッと弾かれても後退することはない。繰りだされた突きを木剣で流し、再び打ち合う。
打ち合いながら舌を巻いた。
(さすがだな。同じく国境を守ってきた身として、バートハート殿の実力が如何ほどであるかよく解る。しかも強力な力を持つ守護獣が一緒となると、そう容易くはいかないな……)
相手に油断した第四師団とは違う。バートハート殿はどの師団相手でも気を緩めず全力で相手になるだろう。
それも経験故なのだろう。少しだけ親近感を抱く。
(――右。次は左。下)
戦闘時にはこの耳が非常に役立つ。いつからだっただろうか、これほど音がよく聞こえるようになったのは。
風を切る音。鋭く強いそれは、バートハート殿がどれほど強力で迷いない剣を振るっているかが分かるものだ。
風が運んでくる熱が肌を撫でる。瞬時に俺はその場を退いた。
バートハート殿も読んでいたかのように動く。俺たちの間を炎が駆け抜けた。
(主が近くとも迷いのない攻撃。バートハート殿にも直撃しかねないそれを行えるということは、バートハート殿とかなりの訓練を積んでいるな)
辺境でもそういう騎士はいた。
しかし守護獣はもともと主を守る存在だ。それが主まで巻き込みかねない攻撃をすることは、守護獣自身が躊躇う。
それができるということは、相当な訓練を積んでいる、よほどの信頼関係がある、もしくは、よほどに強い命令を出せる者であるということだ。
新たに知ったバートハート殿と守護獣の関係を考慮しつつ、再び接近戦へと持ちこむ。同時に、一人と一体を視界から外さない。
木剣を打ち合う音だけが相当な時間続いている気がするが、実際は短時間かもしれない。
木剣の風音も。肌まで届く火の熱も。僅かでも遅れればこちらがやられる。
どのような状況でも実戦と思って行動しろ。それが重要であることは当然理解している。
しかし、一年前のあの戦の、あの緊張感と強烈に死を意識した心臓の冷え。あれは試合では覚えられない。
あのときとは違い今は頭に冷静さが残っており、あれがどれほど特異な戦闘だったのかがよく分かる。
視界の端に入る虎。その鋭い爪が見えて、俺は反射的に退いた。
爪の先から細い火が地面に沿って放たれる。火の筋は俺の足場を奪い、筋の間になんとか着地した俺を、バートハート殿の突きが襲う。
体勢が崩れ、背を逸らして弾く。そのまま足を振り上げるように攻撃する。
身体を回転させて着地したが、防ぐよりも先にバートハート殿の剣先が俺の前に突き出された。
「勝負あり。勝者、第二師団ジェラル・バートハート殿!」
瞬間、観客席から歓声が沸き起こった。
試合が終わって周りの声が耳に届くようになり、いきなりの音に少々たちくらむ。
そんな俺に手が差し出される。見上げればバートハート殿が満足気な微笑みで俺を見つめていた。
その手をかりて立ち上がる。
「さすがだ。ギルベール殿。守護獣がいなくては俺も厳しかった」
「バートハート殿もさすがです。それほど守護獣と連携できる者はなかなかいないでしょう」
握手を交わす。互いにどこか満足な試合ができた気がして、自然と口端が上がった。
歓声を受けながら互いに背を向け師団の元へ戻る。
俺が向かう先、第九師団の面々は負けたというのに勝ったような歓声とはしゃぎようだ。
「師団長すげー!」
「第二師団長とあそこまで剣で勝負する上守護獣まで完璧に対応するとか俺ら絶対真似できねえ!」
「純粋にとんでもねえ実力!」
だれもが満足そうな表情だ。それならそれでよかった。
目の前の表情はどこか足取りを軽くさせるようで、俺は第九師団の元へ戻った。
御前試合は、決勝戦に辛くも勝利した第一師団の優勝となった。
決勝戦は騎士団長直属隊との試合だった。第四戦で決着がつかず、最終戦は第一師団長対騎士団長という、試合とは思えぬ勝負になり、非常に会場も盛り上がった。
それをじっと真剣に見ていた第九師団は――、
「やべえ化け物級」
「し、師団長もすごかったけどあれも恐い……」
「あ、あれを倒して優勝……。いや頑張るから!」
気圧されつつも今後の精進をさらに誓っていた。いいことだ。
さらにこの御前試合の後、勤める支部が異なる第二師団から「合同訓練をしないか?」と声をかけてもらうことも増え、バートハート殿とはよき関係を築くことができている。
第二師団は当初こそ戸惑い混じりで、第九師団を格下か嫌悪するように見る者もいた。が――……
「んだとゴラァ! 弱っちい守護獣のくせして生意気なんだよ!」
「だとゴラァ! ちょっと守護獣強いからって威張ってんじゃねえぞ!」
「おまえたち試合しろ。バートハート殿。よろしいですか?」
「ああ。問題ない。大いにぶつかりあいなさい」
衝突させるところはさせ、やりすぎは止めるという方法をとると、仲はよくも悪くもなっていった。それはそれでいいだろうというのが俺とバートハート殿の共通認識だ。
第二師団との合同訓練では、御前試合での対決に触発されたのか剣術のみというルールで俺に挑んでくる騎士もおり、すべて返り討ちにしている。バートハート殿も乗ってくるのだが、剣術のみでも勝敗は半々というところだ。容易に勝てる人ではない。
守護獣の力の訓練に関しては俺もバートハート殿に助言をもらう。なにせ俺には分からない。
時折、合同訓練のいい機会として師団長が交代して師団の指導をするという、得手不得手を補うこともやってみたりしている。第二師団は団員の数が多く――第九師団が少なすぎるのだが――全員を一度に見てやれないのがもどかしい。
♢
そうして過ごすこと、師団長に就任して三年。
第九師団は少し数が増え、第二師団や他師団との合同訓練の機会も増え、個人の実力も上がっている。
仕事中は仕事に専念できる。落ちこぼれの俺に向けられるものはいつになっても変わらないが気にはしていない。
シルティ姫が屋敷にいる生活もセバスから報告を聞くだけで済み、親睦を深めることはないしするつもりもない。時折注意をしたり、姿をちらりと見ることがあるが、その程度で済んでいる。
――この生活がずっと続くのだと、そう思っていた。
「師団長大丈夫ですか!? あんな所に守護獣置いてけぼりにしたら泣いちゃうんじゃ……!」
「離れる訓練だ。問題ない。離れられるようにならないとだな――……」
「いやでも今にも泣きそう!? お、俺の守護獣! 師団長の守護獣が寂しがらないように!」
「俺も!」
「俺のもいけ!」
鍛錬場の端、俺が視界に入る位置で大人しく鍛錬が終わるのを待つ、白く小さな俺の守護獣。……やっぱりヤだよとでも言いそうな泣きそうな顔を見て、団員たちがすぐさま助け舟を出す。
おかげで、俺の守護獣の周りには団員たちの守護獣がわらわらと集まっている。……「泣かないで」とでも必死に慰めているようだ。俺の守護獣も泣きそうな顔でうんうんと頷いている。頑張るという気持ちはあるらしい。
(……これはこれで前途多難だな。団員たちにも甘やかさないよう言っておいたほうがいいだろうか……? 帰ってから彼女に聞いてみるか)
――こんなことを思う日が来るなんて。
ふと湧き起こったそんな感傷に、どうしてか無意識に表情が和らいだ気がした。




